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第21話 変わり始めた印象⑥


 それから打合せが終わり、その会社を二人で後にする。


「お疲れ」


「お疲れ様です」


 歩きながら理玖くんが声をかけてくる。


「あ~、二人だけの時はいいぞ。いつもの話し方で」


「えっ、いいの?」


「正直お前に敬語使われんのむず痒いんだよ。お前といる時まで堅苦しい感じダルいし」


「理玖くんがいいなら」


「おぉ」


 こういうとこ理玖くんらしくて、ちょっと嬉しくなる。


 最初再会した時は、あんな他人行儀で、あたしと関わりたくないって感じだったから、あたしとの関係も今はあんまり受け入れたくないのかなってちょっと思ったりもしてたし。


 だけど、やっぱりあたしの中では理玖くんとはこういう関係でこういう話し方のがしっくり来る。


「てか、なんで理玖くん、あたしの指導係やってくれたの?」


「何、急に」


「さっきの新井さんに、前の新人の人のこと聞いた。そこから理玖くん新人担当しなかったんじゃないの?」


「あぁ~聞いたんだ」


「うん」


 理玖くんにとってその話は、もしかしたらあんまり思い出したくないようなことなのかもしれないけど……。


 だけど、やっぱりあたしはそれでも引き受けてくれた理玖くんの本心を知りたい。


「そうだな。正直あの時は、もう懲り懲りだって思ってた」


「でも、理玖くんのせいじゃないでしょ?」


「いや、結局そういうプライベートな感情も指導出来なかったら指導係の意味なんてないし」


「でもそれは」


 勝手に理玖くんを好きになったその女性に問題があるだけなのに。


 理玖くんのこの言葉や新井さんの話を聞いて、きっと理玖くんはちゃんと仕事とプライベートは切り離して、指導係としてちゃんと接してただろうなってことは、あたしももうわかるから。


「だけどお前はそういう心配ないだろ?」


「あぁ~うん。理玖くんにはそういう感情は絶対持つことはないけど」


「オレ王子様でもねぇしな(笑)」


「うん、そんなクズな王子あたしの好みではない」


「お前それいっつも言うよな」


「理玖くんだってすぐチョロいって言うじゃん」


「だってホントにチョロいだろうがよ」


「ホラ、理玖くんもすぐそう言うじゃん」


「ハハッ。確かに」


 なるほど。そうだよね。


 あたしとは一切そういう心配はないし、あたしが理玖くん好きになってプライベートと仕事の感情ごちゃまぜにするとか、そんなん絶対ありえないし。


 最初はこんなすぐ言い合いになる関係で、理玖くんと一緒に仕事するとか大丈夫なのか心配だったけど、理玖くんにとっては、ある意味こんな関係の方が楽ってことなのかもしれない。


 特別な感情を持たれるわけでもなく、ちゃんと仕事に集中出来る相手。


 実際あたしはまだ新人だし経験もないからそういう意味で迷惑かけることはあるとしても、仕事の域を超えて気持ちが暴走するとか、そういう心配は絶対ないから。


 理玖くんにとっては、ちゃんと仕事を出来る環境っていうのが、一番大切だったりするってことなのかもな。


「あっ、でも、ちょっとだけ見直した」


「何が?」


「理玖くん、その人のために自分からその人の担当降りたんでしょ?」


「あぁ~まぁな」


「なのに、どうしてあたしは自分から言ってくれたの?」


 だけど、仕事に集中出来る環境なら、今まで通り新人の指導係なんてならずに、自分一人で仕事する方がよっぽど効率いいし面倒じゃないはずなのに。


 やっぱりあたしとしては、なんで引き受けてくれたのかが気になってしまう。


「まぁお前チョロいし、すぐ勢いでなんでもやろうとするし、他の人に迷惑かけるくらいなら、オレがやりゃいいかなって思っただけ」


「ちょっ、またそれ言う~!」


「オレならお前の扱い方よくわかってるしな」


「扱い方って! まぁ実際そうだけど」


 確かに、ある意味理玖くんは颯兄よりもあたしの扱い方をわかってるかもしれない。


 颯兄はあたしの機嫌いいとこしか知らなくて、逆にちょっと辛い時があったりりしたら、そういうのはなぜか理玖くんがいち早く気付いたりして声をかけてくれてたから。


 颯兄には嫌われたくなくて大好きなお兄ちゃんのままでいてほしかったから、いい妹でずっとありたかった。


 だから、そういう時、あたしをどうすればいいかとかわかってくれてるのは、結局理玖くんだったことを思い出した。


「でもまぁ、お前が人一倍努力するヤツだとか負けず嫌いで諦めないとこだとかもよく知ってるから」


 そうなのかもな。


 理玖くんは、あたしの悪いとこもそういうとこも全部知っていて。


 颯兄に褒められることはもちろん嬉しかったけど、案外理玖くんに認めてもらったりした時も、颯兄と違う嬉しさを感じたりしていた。


「まぁある意味理玖くんは、あたしのことなんでも知ってるからね」


「そうだな~。初恋の男の子も初めて振られた男も全部知ってるしな(笑)」


「はぁ~!? それは別に覚えてなくてもいいからー!」


 颯兄とは仲良くて、あたしがなんでも話してるせいもあってか、うちの家にしょっちゅう入り浸ってた理玖くんに、あたしのそういう瞬間もなぜかたまたま知られたりしていて。


 だから、理玖くんの中でもあたしはチョロい子なんだと思われてるんだよね。


 それと同時にあたしもたまたまリビングで理玖くんと颯兄が女の子のこと話してるのを耳にして、小さいながらこの人モテモテなんだって思ってて、そこからいつの間にかクズのイメージになっていったんだよな……。


「でも、今日一緒に同行させてもらえてよかった」


 今日一緒にあの会社に行けたことで、理玖くんのいいとこちょっと思い出せたから。


 知らない理玖くんのいいとこ知れたのは、思わぬ収穫。


「まぁ何事も経験だからな。後々お前が独り立ちして営業する時も、いろんなパターンを知ってる方が絶対役に立つ。だけど、何一つ同じモノはないから、その会社その会社で、何を求めて、どこまでのことが出来るか、こっちでどこまで手を貸せるかとか、ちゃんと判断していかなきゃならない」


「うん」


「うちの会社は、営業だからといってその窓口だけに限らず、その後にずっと繋げていく仕事に関わっていくことが一つのスタイルにもなってる。だから、最初にそのきっかけを作って満足するだけじゃなくて、そこからまたどうやってその会社とうちの会社をより良く深く濃く繋げていけるかが重要になっていく。ある意味うちの営業はその橋渡しでもあるし、ずっとその先に続いていくその都度の窓口を自分たちが最後まで責任持って関わっていくってことだから、どんな形でも経験していく方が絶対自分の力になる」


「うん」


 なんか全然知らない理玖くんがそこにいて。


 こうやって真面目に仕事の話をしている時は、あたしの知らない理玖くんで、そしてエースと言われるのは、やっぱり理玖くんのこの意識の上で成り立っているんだなと改めてわかる。





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