「それで自分は離れるってことですか?」
「そうみたいね。きっと違う人が担当になれば、その子はもっとちゃんと能力を活かせるはずだからって」
「高宮さんって、そんな誰かを思える優しさ持ってたりする人なんですね……」
「えぇ。彼は基本誰かのために動く人よ」
新井さんはハッキリとあたしを見ながらそう答えた。
それがきっと今の仕事をしている理玖くんの人柄なんだとわかる。
「そうなんですね……」
「だからうちも長年あなたの会社の魅力だけじゃなく、高宮さんの人柄を信頼してずっと仕事させてもらってるの」
「なんか意外で、ちょっとビックリしました」
「もしかして、見た目のイメージでそう思ってた?」
「まぁ、そうですね」
「高宮さんにとっては、あの外見が武器でもあるし弱点でもある。だけど、うちが高宮さんとずっとお仕事させてもらってる一番の理由は、彼が自分を犠牲にしてでも、うちの会社のためを考えて動いてくれる人だからよ」
「高宮さんが……」
そんなイメージ全然なかった。
理玖くんは昔から都合が悪くとすぐいなくなったり、誤魔化すようなことを言ったり調子いい態度をとったりする。
あたしには、小さい頃から理玖くんはそんなイメージがあったから、正直今新井さんが言っている理玖くん像と一致しない。
あたしからしたら、どちらかというと颯兄は真面目、理玖くんはいい加減っていうくらいそんなイメージがついてたから。
「彼はこちらが望む以上のモノを常に考えて実現しようとしてくれる。そして、それを本当に有言実行出来る人」
「そこまで出来ちゃう人ってことですか?」
「そこまで頑張る人なのよ。だけど、決してそれは簡単なことじゃない。見えないところで、ただ彼が頭をひねって、行動に移して、すべて自分の意思で引き受けてくれるからよ」
「知らなかったです。そんな人なんて全然……」
「見えないところで頑張る人だから、きっとそれだけ自分一人で抱えてるはずよ」
「そうですよね……」
この数分で、理玖くんの知らないところを何個も知って、正直自分の中で戸惑いを感じながらも、だけど昔の理玖くんを思い返していくと、そういう人だと伝えられて、妙に納得出来てしまうところもあって。
昔の理玖くんを知っていることで、無意味になんか理玖くんのことを知った気してたけど、実際今の大人になった会社員になった理玖くんは、きっと昔のままなんかじゃなくて、あたしの知らない理玖くんがたくさん存在しているのだと気付く。
「だけどね。今日あなたを連れてきたことで、ちょっと安心したの」
「えっ?」
「なんとなくあなたが一緒なら、案外彼は無理しすぎないかもしれないなって」
すると今度はまた意外な言葉を新井さんが言う。
「えっ、何を見てですか!?」
「あなたにちゃんと意見を促して、あなたの意見を尊重した。そしてそのあなたの意見も、決して彼のためとか気に入ってもらうことではなく、ただ自分のことを考えての答えだった」
「あれでよかったのかはわからないですけど……」
「だけど前の子よりも、あなたのあの一言だけでも、ちゃんと二人でここに来てくれた意味っていうのかな。なんか仕事としてちゃんと成立してたようなそんな気がしたわ」
「だったらいいのですが……」
結局あたしはどうすれば正解かわからなくて思ったように口にしただけだったけど、でもそれを理玖くんが否定しなかったことが正直嬉しかった。
こんな一新人の意見をちゃんと聞いてくれて、それを否定せずにちゃんと取り入れてくれたこと。
たまたまかもしれないけど、それでもまだ不安でしかないあたしにとっては、その優しさは間違いなく一つの自信に繋がった。
それを新井さんにもそう言ってもらえたことで、あたしが理玖くんに一緒についてきた意味があったような気がして、一気に気持ちも楽になる。
「だからそこまでの高宮さんの元で、新人として一緒に仕事をしていけるあなたは、きっといい勉強になると思うわよ。どうせなら何が何でも彼にずっと食らいついて、いいとこたくさん盗んでいくといいわ」
そして更に新井さんが笑いながら、またあたしの気持ちを楽にしてくれるような言葉をかけてくれる。
「はい。いいお話聞けました。ありがとうございます」
「あっ、これは高宮さんには内緒よ。彼は自分では陰で頑張ってるとか気付かれたり認めたくないタイプみたいだから」
「はい。わかりました」
そう言って笑う新井さんに、あたしも笑って返す。
なんかあたしの元々持ってたイメージとあまりにも違いすぎる理玖くんに、最初はちょっと戸惑ったけど。
でも、確かに理玖くんは、からかいはしても嫌なことを言う人では決してなくて。
颯兄の代わりに、あたしが寂しい時は気にかけて一緒にいてくれたり励ましてくれたりしたし、人に興味ないように見えて、実はちゃんと見てる人だった。
だから、あたしが言いにくいようなことも、なぜか理玖くんは察してくれて、言いやすいような雰囲気を作ってくれてた。
多分あたしとのあーいうやり取りも、今思えば理玖くんなりの優しさのような……。
理玖くんだからこそ出来るその接し方で、きっとあたしは知らない間に救われていたような気がする。
だから、多分あの頃。
いつの間にか理玖くんが家に来なくなり始めて、せいせいしてたはずなのに、なぜかどこか寂しく感じて。
その時は、どういう感情なのかはよくわからなかったけど。
だけど、多分もしかしたら、あの頃の寂しさはそういうことだったのかもしれないな。
……まさかこんなタイミングでそんなことに気付くとは。
さっきまでは、理玖くんに反発心しかなかったけど、だけど今は不思議とその気持ちが和らいで、理玖くんのその気付けなかった優しさを知って、理玖くんへの感情が少しずつ穏やかになっているのが自分でもわかる。
一度根付いた印象っていうのは、なかなか覆らないもので。
それが長年蓄積されていたりなんかしたら、それが本当は正しかったのかそうじゃなかったのかも判断なんて出来ることもなくて。
だから、その印象は、どこかのタイミングで上書きしないと、その人の本質さえも見えなくなる。
そんな印象や記憶なんて、あやふやで不確かなモノ。
だから、今それが上書き出来るなら、今自分が見えてるモノを大切にしたいって思う。
一旦それは記憶の奥に閉まって、今からは、ちゃんと今の理玖くんを、今の理玖くんがどういう人なのか、ちゃんと見極めて上書きしたい。
少し前に思っていた女性にだらしないとことか、そういうことを見極めたいとかじゃなく、仕事をする上で理玖くんはどういう人なのか、本当の理玖くんは何を思ってそうしてるのか、本来の理玖くんという人間を、あたしは知りたい。
「すいません。お待たせしました」
すると、しばらくして理玖くんが戻ってきた。
「いえ。新人さんといろいろお話出来て、いい時間だったわよ」
「そうだったんですね。まぁ楠はこう見えて一緒にいて嫌な気分にはさせないヤツだと思うので」
すると、理玖くんが新井さんに軽く笑いながら、サラッとそんなことを言う。
「そうね。あたしの話を興味津々にいろいろ聞いてくれたわ」
「こいつ見たまんま素直なヤツなんで失礼なかったらいいですけど」
そして、けなしてるのかどうなのかもわからない言葉だけど、あたしのことを知ってくれてるのがわかるその言葉に、なぜだか嫌な気はしない。
「それは大丈夫よ。って、高宮さん、今回の新人さんの子は珍しくよくご存知なのね。あのあともうそういうこともされないのかなって思ってたから、なんか今みたいな高宮さん見れて新鮮」
うんうん! あたしもそれ気になる!
そこまでのことあったのに、なんであたしは自分から引き受けてくれたの……?
「あぁ~。そうですね」
新井さんに聞かれて、理玖くんが一瞬言葉を選んでるのか、そこで一回言葉を止め、あたしの方をチラッと見る。
別に理玖くんなんてどうでもいいはずなのに、なぜかどういう言葉で返されるのかが気になって、あたしもなんとも言えない正解がわからない表情で、理玖くんを見つめ返す。
「……楠は、一緒にいてもオレが楽なので」
そして、フッと自然に出てきたかのように優しく笑って、新井さんにそう答えた。
あんなに言い合いする仲なのに。
絶対あたし、理玖くんにとって面倒な相手のはずなのに。
だけど、理玖くんの中では、楽だと思ってくれてるってことなんだ……。
確かに面倒だったら引き受けてないって言ってたけど、でも、それはあたしに対して気を遣って言ってくれただけなのかなとか、少し思ってたりもしてたけど。
自分以外の人に、そうやって自然に自分の口から言ってくれることで、理玖くんが本当にそう思ってくれてるんだと伝わる。
「高宮さんがそんな風に感じれるのはいいことね」
「それに、多分楠はいい意味でオレが予想しないようなことしてくれるような気がするから、ですかね」
「なるほど。それは一緒にいる意味あるわね」
「でもまぁ、とは言ってもまだまだなので、これからビシビシ鍛え上げていきます」
理玖くんがそう言いながら、目を細め意味ありげに横目であたしを見ながら、ニヤっと笑う。
「えっ」
理玖くんのその言葉にあたしも思わず反応してしまう。
えっ、何? 結局どういう意味!?
珍しく理玖くんが素直に嬉しいことを言ってくれてると思ったら、その後すぐにそんな意味ありげな表情と言葉を返したことで、結局理玖くんがどういう意味で言ったのか、また少しわからなくなる。
てか、理玖くんならホントにやりそうで怖い……。