「えっと。楠さんだったかしら?」
「あっ、はい。そうです!」
新井さんに直接声をかけられて、また緊張しながら返事をする。
「あなたのおかげでまたいい感じになっていきそうだわ」
「えっ! そうなんですね! よかったです!」
新井さんが満足そうに微笑みながら言ってくれたその言葉に、あたしも思わず笑顔になる。
「なるほどね。高宮さんが、珍しく新人連れてきたから、どういう風の吹き回しかと思ったけど、こういうことね」
新井さんがそう言って意味ありげにクスっと笑う。
「ちょっとこの辺りまで進んでからは、少し考え煮詰まってたとこもありましたし。今回ちょっと新しい風入れてもいいかなと思いまして」
「そうね。おかげで更に期待出来るものになりそうだわ」
「はい。出来る限り期待を超えていけるものを増やしていきましょう。どこまでもお付き合いしますので、いつでも気になることがありましたらお伝えください」
「はい。引き続きよろしくお願いします」
二人のこのやり取りから、それなりに長い付き合いなのかなと感じる。
ってか、理玖くん新人連れてきたのって珍しいの?
少しその言葉が気になりつつ、そのあとの打合せに必死についていって、ようやく打合せが終わる。
「あっ、新井さん。根本部長って今日会社いらっしゃいますか?」
「えぇ。来てるわよ」
「あっ、じゃあ、ちょっとこの前いろいろお世話になったんで挨拶しに行ってきてもいいですか?」
「打合せはこれで終わったから、どうぞ。部長はいつもの場所にいるはずだから」
「ありがとうございます。あっ、楠。挨拶してくるから、ちょっとここで待っててもらってい?」
打合せが終わったタイミングで理玖くんが新井さんに確認をし、あたしも待機するように伝えられる。
「あっ、はい」
「新井さん。もう少し楠ここにいさせてもらっても大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。あたしもまだここにいるから」
「すいません。じゃあお願いします」
理玖くんはそう言って、その部長さんを探しに行く。
「お疲れ様」
「あっ、お疲れ様です」
すると、二人になったタイミングで新井さんが声をかけてくれる。
「どう? 打合せについてきた感想は」
「あ~。初めての経験だったんで、ちょっと緊張してたんですけど、でもいろいろと勉強になりました」
「そう。なら、よかった。にしても、高宮さんが教育係なんて、あなたラッキーね。皆も羨ましがったんじゃない?」
「あぁ、そうですね……」
あたしはそれが共感出来ないだけに、微妙な反応をしてしまう。
確かに皆に羨ましがられはした。
そして、理玖くんのこと、別の会社の人までこんな風に言うなんて、やっぱりそういうことかな。
一葉も確かそういう感じのこと言ってたもんな。
ってことはこんな感じで取引先の人も皆理玖くんのこと気に入ってっちゃうのかな。
もしかして、この人も理玖くん狙ってて探りを入れてきてるとか!?
それともすでにこの人ともデキちゃってたり!?
えっ、まさか、もしかして理玖くんエースなのって、そうやって取引先の女の人とも個人的に関係持ってるからってことじゃないよね!?
と、まだわからない妄想をあれこれ思い描く。
「でも、あなたは高宮くんが指導係なのに、思ってた反応はしないのね」
すると新井さんが不思議そうに尋ねる。
「えっ? 思った反応って、どういう意味ですか?」
「前に連れてきた子とは随分あなたは印象違うから」
「前って新人の方ですか?」
「そうよ。それから一切新人連れてくることはなかったけどね」
あっ、前にはやっぱり連れてきたことはあったんだ。
ってか前の人と印象違うってどういうことだろう。
そして一切それから連れてこなくなった理由は何だろう。
……いや、まさか、あたしも理玖くんの何か触れちゃいけないスイッチとか押しちゃったら、同じようになるってことだったりする!?