そんな話をしていたすぐ。
理玖くんからその日の午後に取引先との打合せがあるから、それについてこいと急遽指示があった。
そして今、その取引先の会社の会議室で待機中。
その間に、自分でまとめたその会社の資料を取り出し急いで頭に叩き込む。
「あの、高宮さん。ちょっと確認していいですか?」
「何?」
「これとこれって、どう違うんですか?」
資料を見ながら、気になるところを隣に座っている理玖くんに質問。
「あぁ。これは今の段階でこの会社と仮で決まってる内容。んで、これが新たに今回提案しようと思ってる内容」
理玖くんが資料を見ながら、あたしが疑問に思ってる質問に答えてくれる。
「なるほど」
「それに関してなら、これ見た方がいいかも」
そう言って理玖くんのカバンから自分の持っていた別の資料を取り出して
渡してくれる。
「ついこの前オレが話進めて決まった内容も載ってるから、こっちも合わせてチェックしといて」
「はい。わかりました」
理玖くんから受け取った資料を確認すると、最初の資料では保留中や交渉中と書かれていた内容が、すでに決定事項として情報が更新された内容が記されている。
えっ、もうこれ内容変更になってるんだ。
そして、まさかの今の時点で新しい情報が更新された内容を、また必死に頭に叩きこんでいると。
「お待たせしました」
待っていた担当の女性がこのタイミングで現れる。
「いえ、こちらこそ。お時間取っていただきありがとうございます」
すぐに理玖くんが立ち上がって、その担当者さんに爽やかに挨拶。
あたしも、急いで資料を片付け、理玖くんのすぐ後に続いて、頭を下げる。
「あら。そちらは新人さんかしら?」
そんなあたしに気付いてその担当の女性が、理玖くんに確認する。
「あっ、はい。新しく新人で入ってきた楠です。私が指導係になったので、これからこの楠もこちらの打合せに同席させて一緒に勉強させていただいてもよろしいでしょうか」
すると、理玖くんが代わりに、あたしを紹介してくれる。
「えぇ。構わないですよ」
「ありがとうございます。……楠。挨拶」
理玖くんが、隣のあたしを見ながら挨拶するように目で合図を送りコソッと囁く。
「あっ、はい! この度入社いたしました楠 沙羅と申します。よろしくお願いいたします! 一生懸命勉強させていただきます!」
あたしは初営業での仕事相手に緊張して、思わず勢いよく挨拶。
そしてまた思いっきり頭を下げる。
「よろしくお願いします。こちらの担当の新井です。フフッ。元気ね(笑)」
「あっ、すいません!」
いきなり笑われてしまって、思わずやらかしちゃったかと焦って隣の理玖くんを見る。
すると、なんとも言えない表情をして、あたしを見ている理玖くん。
えっ、それどういう表情!?
ダメなの!? 大丈夫なの!?
そして、理玖くんは、視線をその担当の女性に切り替え。
「邪魔にならないように勉強させますので。その代わり、もし意見が必要な時があれば、楠にも聞いてもらえれば」
と、サラッとそんなことを伝える。
えっ? あたし!?
ただ聞いてるだけじゃないの!? あたしまだなんもわかってないよ!?
思わず平然としている理玖くんの袖を少しだけ引っ張って、理玖くんに合図をする。
それに気付いてこっちに顔を向けた理玖くんに、軽く首を振りながら、“まだ何ももわからない”と、視線と表情で理玖くんに訴えてみるモノの。
理玖くんは、そんなあたしを上から見下ろすように確認し、フッと意味ありげに笑って。
「では、早速本題に入らせていただきます」
と、あたしを無視したまま、担当の新井さんへとまた視線を移動し、話を進めて行く。
えっ、無視!? いやいやいや。
わかったのかダメなのかくらい反応してよー!
あたしは結局不安なまま、そんな理玖くんを横目で見る。
「この前進めていた件ですが、希望通りの物件でなんとかなりそうです。ですが、あのイベントの規模なら、もう少し広くてもいいような気がします。この前提案されていた店舗をもしメインにするとしたら、確実に話題にはなると思いますので、その場合でしたら、こちらの物件の方が他の店舗とのバランスも取りやすいですし、新井さんが仰ってた理想により近くなるかと」
そして理玖くんはマイペースに、さっき新たに追加していた資料を見せて新井さんへと提案する。
「あぁ~確かに。こちらの方が理想に近いですね」
「こちらは、うちの提携会社になりますので、元々予定しておられた予算内にも収まります」
「えっ? これで?」
「はい。逆に今回のようなイベントをするのなら安く出来るんですよ」
「そうなの?」
あっ、なるほど。
新たに決定した内容に載っていた店舗って、提携した店舗だったんだ。
元々の企画からどうしてこの店舗が新たに追加されたんだろうって思ってたんだよね。
「はい。それで今回は特別にこちらの店舗を利用することで、こちらとこちらの提携会社も協力してもらえることになっています。こちらの関係の手配は全部うちにお任せいただければ、それを入れても予算内に収めることは可能です」
へ~そんなこと出来るんだ。
あたしは普通に自分も提案された側の気持ちになって、ついつい聞き入ってしまう。
「え~それはかなり助かるかも。今回はどうしてもここまでしか予算出せないらしくて」
「でしたら、いつもお世話になってますし、今回はぜひこの形で協力させてください。それでもし今回でこちらを気に入っていただけましたら、次からはぜひこちらも利用していただければ」
「そちらがそれでよければ、こちらにしたら有難いお話です」
「では、ぜひ」
理玖くんは、担当の新井さんにどんどん提案をして話を進めていく。
いや、なんかよくわかんないけどすごい気がする。
こんな感じで言われたら、ちょっと得した気分になりそうだもん。
てか、多分これ理玖くんの話術じゃないかな。
悩む暇与えないくらいのスピードで、スムーズに新たな提案ぶっこんでたもんな。
そしてそのままどんどんと理玖くんの巧みな話術で、そのあとの話も決まっていく。
すると。
「楠。これとこれ。うちはどちらもお客様にお勧めしたい。お客様もどちらも魅力を感じて決めかねている。こういう場合、お前ならどうする?」
急に話の途中で、資料を見せられながら、理玖くんがあたしに意見を求めてくる。
「えっ? あたしですか?」
「あぁ。このどちらを選んでもらってもそれぞれにメリットがあると思ってる。だけど、予算的にはどちらかしか選んでもらうことは出来ない。だから、こちらのあと一押しで決めたいそうなんだが。お前ならどちらをおススメする?」
「あっ、えっと、そうですね……」
差し出された資料を見て、それぞれを比べてみる。
これ、どう答えれば正解なの?
まだそこまでこの会社のことも営業のこともわかってるわけじゃないし。
だから、下手なことを言ってしまうと逆効果になってしまう可能性もある。
実際それが求められている答えなのかもわからない。
まだ経験も知識もない自分が知ったかぶりで言うのも絶対違う。
それなら、今のあたしとして……。
「あの、あたしは、いつも自分がどれだけワクワク出来るかを想像するんです。それでその先に続く楽しみなことが自然に想像出来ることを選ぶようにしてるっていうか。なので、今回もそういう感じで選ぶとかは、ダメ、ですかね……?」
と、結局あたしは噓偽りない自分の言葉を伝える。
今の新人の自分は、結局何を言ったところで、きっと見抜かれるし説得力もない気がして。
それなら、主催者側としても客側としても、どちらでも感じられる気持ちの方が……。
そう思って伝えたモノの。
二人とも特に反応なく、そのまま考え込む。
えっ、やっばマズかったかな!?
そうだよね。仕事なのにこんな素人みたいな意見求めてないよね。
二人の反応を見たあたしは、少し焦り始めて。
「あっ、いや、すいません! こんなド素人の意見! まだあたし全然経験ないから望まれてる意見とか考えつきそうになくて……。それなら、お客さんとして自分はどうしたいか、そして主催者側としてもどう感じるかっていう、何か共通点みたいなのがあるとしたら、そういうワクワクした気持ちなのかな~って、なんか勝手に思っちゃって……」
と、何か指摘される前に、自分から言い訳をするように先に説明をする。
あぁ~黙り込んじゃうほど、あたし初っ端からやらかした感じ!?
と、ビビりまくっていたら。
「そうね。そういう考え方もあるわね」
すると、想像していなかった反応が返ってくる。
「えっ?」
「なるほどね。お前らしい考え方だな」
「えっ、あっ、はい……?」
ん? これは、やらかさずに済んだってこと、かな……?
「確かにそう考えると面白いわね。ワクワクする方か……。主催者側もお客様側もどちらも共にそれを感じられるなら……。こちらかしら」
新井さんがそう言って、片方を迷うことなく指差す。
「そうですね。確かにこちらの方が、どちらもそれを感じられると思います。それなら、そうですね。こちらを選ぶなら、もっとお客様とワクワクを共有出来るようなことも考えましょうか」
「これにまだプラスするってこと?」
「はい。お客様のワクワクと比例する企画とかサービスとか。そこは一度持ち帰って、そこを特化した何かを会社でまた考えてきます」
「ありがとうございます。では、うちの方もその点については、もう少しアイデアを出し合ってみます」
「よろしくお願いします」
えっ、なんかいい感じに進んだ感じ……?
なら、大丈夫だってことかな?
なんとなく状況を理解して、やらかしてないことにとりあえずは安心する。