それから理玖くんから与えられた資料をまとめだして数日経った。
「どう? 結構頭に入った?」
理玖くんが、あたしのまとめた資料をチェックしながら尋ねる。
「一応、一通りは……」
それを完全に自分が理解してるかどうかはわからないけども……。
「これ。お前なりに判断してまとめた資料ってことだろ?」
「はい」
「ふぅ~ん」
自分なりに取引先やその内容を頭に入れるのと同時に、理玖くん用に実は資料も作っていて、それが役に立つかどうかはわからないけど、一応理玖くんに渡してみた。
すると、思ったよりしっかりマジマジとその資料をチェックしてる……今。
え、めちゃ真剣に読み込んでる。
そんでなんも言わない。
「まぁ、参考にしてもらえればいいかな~ってくらいで作ったので、あの~そんなに真剣に確認していただかなくても……」
あまりの真剣さに、あたしは少しいたたまれなくなって控えめに声をかける。
「うん……」
理玖くんはそう言って資料を見ながら返事をするものの、全然チェックをやめようとしない。
え、なんか採点されてる気分なんですけど。
どうしよう、いきなりダメとか言って突っ返されたら。
と、思いながら、あたしも少しビビりながらそんな理玖くんをただ見つめて固まったままになってしまう。
「……いいんじゃない?」
すると、まさかのOKの反応。
「え? いいんですか?」
あたしは予想外で思わず聞き返してしまう。
「は? なんで? お前これでいいと思ってオレに渡したんじゃねぇの?」
「あっ、いや、そうなんですけど、あまりにも念入りにチェックされてるので、てっきりダメ出しくらうのかと……」
「いや? 逆によくまとめてんなぁって見てただけ」
「えっ?」
そしてまたまた予想外の反応。
そんなサラッとそんな感じで軽く褒めてくれるんですね?
「さっきから何? ちゃんと出来てる仕事ならダメ出しとか別にしねぇから」
「それで出来てますか?」
また思わず自信なくて確認。
「まぁ、これあったらあったで参考になるし。お前的にまとめてどう?」
「あ、あぁ。高宮さんのもまとめたおかげで、より頭には入りました。今、高宮さんが取り掛かってる内容もあたしも把握出来ましたし」
「だな。ならやった意味あるだろ。まぁここまで細かくまとめてるとは思わなかったけど」
「あっ、なんか自分がわかりやすくまとめちゃったら、どんどん細かくなっちゃって。細かすぎました?」
「いや? お前らしいなぁと思って」
すると、理玖くんがそう言いながら少しフッと笑う。
「昔、宿題わからないとこ聞いてきた時もこんなんだったよな」
「えっ、よく覚えてるね」
「だってめんどかったもん。あん時のお前(笑)」
そして今度は眉をひそめながら、それこそ面倒そうにまた笑う。
「いや、あれはさぁ~」
「お前納得いくまで全然質問やめねぇんだもん。自分なりにすげぇ細かく分析するしさぁ」
確かにその頃からあたし細かかったな……。
でも、結局そのあたしの質問攻めにも、理玖くんそう言いながらも面倒くさそうにしながら結構ちゃんと付き合ってくれてたんだよね。
「あたしそう思えばそういうとこ全然変わってないね」
「でも、今はそれでもいいかもな」
「ホント?」
「新人の最初の頃は、そうやって疑問に感じたら気になるとこ細かく気にかける方が頭にも入るし興味も持つ。オレのサポートにつくんなら、結構それも必要かも」
「そっか」
「オレ的にはそれぞれ頭に入ってるから、自分なりにしか資料としてはまとめてなかったのもあるし。だからお前が気になるとこは、その都度オレに確認して。お前がわかりやすいように説明するから」
「あっ、はい。ありがとうございます」
そう返事はしたものの、わざわざ資料に細かくまとめてないのって、そんなのしなくても本来は自分だけで進められたからだよね?
「ってことは、今までは高宮さんだけが把握出来るようにしかしてなかったってことですよね?」
「まぁ。今まではそれで問題なかったし、そういうのも特に必要なかったからな」
そうだよね。元々理玖くん新人担当する予定じゃなかったもんね。
急遽あの時、理玖くんが引き受けてくれただけだし。
「それって、密かにあたしの存在が面倒なことになってませんか……?」
そう思ったら、ついあたしは口に出してしまっていて。
「えっ、なんで?」
理玖くんは不思議そうに聞き返す。
「急遽面倒な新人担当引き受けてくれたから……」
理玖くんが担当を名乗り出てくれた時は、冷静じゃなくて嫌な気持ちのが大きかったけど、でもここ数日あたしがこの仕事に集中してた時に、あたし的に少し心の変化があった。
というのも、理玖くんは変わらず営業先に出向くことが多くて忙しくしてたのだけど、ある時たまたま耳にした理玖くんの話が、あたし的にはちょっと気にかかって。
部署内の人たちが話してたのは、基本理玖くんが抱えてる案件のこと考えたら新人見る余裕はないとのこと。
あの時、理玖くんは大丈夫そうなこと言ってたから特に気にはしなかったのだけど、本来同じことしてる人間がいたら、とても無理だと。
抱えてる件数も内容も、エースなだけに他とは比べ物にならないらしく、新人を担当するのに名乗りを上げたときは意外でしかなかったそうだ。
それを耳にしてから、あたしは正直理玖くんに担当してもらってるのが、少し申し訳なく思ってしまったりもして。
だからそんな状況なのに、なぜ理玖くんが引き受けてくれたのかはわからないから、つい思ったまま声に出てしまった。
「何? もしかしてそんなこと気にしてんの?」
すると、案外あっけらかんと平然と答える理玖くん。
「そんなことって……」
正直あたしは理玖くんだからこそ、理玖くんの重荷になるのは嫌で。
あたしはあたしなりに、出来るだけ重荷にならないように、足を引っ張らないようにと思ってしまう。
だから、理玖くんが営業先に一人で行ってる間は、あたしなりに頑張って資料をまとめたりしてた。
だけど、元々あたしの存在が負担になっていたとしたら?
いくら理玖くんがエースだとしても、あたしたちが昔からの知り合いだとしても、やっぱり迷惑はかけたくはないから。
「オレさぁ。面倒なことって嫌いなんだよね」
すると、理玖くんが資料を置いて、急に力の抜けた態度や表情になって、そんな言葉を呟く。
そうだよね……。
さすがの理玖くんでも面倒ごとは嫌だよね……。
「ごめん……」
そう思ったら、あたしはついそう口に出てしまっていた。
「は? なんでお前謝ってんの?」
「え?」
「だから元々面倒だと思うことはオレは引き受けない」
理玖くんは、そう言って、あたしをまっすぐ見つめてくる。
その視線は、あたしをなだめようとか誤魔化そうとか、そんな風に感じるような雰囲気じゃなくて。
きっとホントにそう思ってくれてるのがわかるまっすぐな視線。
「あたし理……、高宮さんの足引っ張ってないですか?」
思わず理玖くんのその視線に今の関係を忘れて、ついいつもの呼び方で呼んでしまいそうになるのに気付いて、すぐに訂正する。
そして、気になってたその言葉を確認する。
「アホか。お前ごときでオレがそんなんなってたまるかよ。お前一人引き受けたとこで、なんの痛みも影響もねぇわ」
そして、理玖くんは、そうやっていつものように、多分あたしが受け入れやすいいつもの理玖くんで、そう伝えてくれる。
実際あたしと理玖くんの関係は特殊で、通常の二人のやり取りがそうやって言い合う仲だっただけに、自然とあたしもそうやって接してもらった方が案外素直に受け止められたりして。
多分お互い素直じゃなくひねくれてるから、あたしたちはこんな探り合いや伝え方しか出来ないということなのだろうけど。
「なら、心配ないか」
だから、あたしもそんな理玖くんの言葉に、あたしなりに言葉を返す。
「っつーか、お前がオレ心配するとか100万年早いんだけど」
そして、理玖くんはいつものようにそれ以上の言葉で返してくる。
「ならこれからは一切気にせず仕事に全うします」
だから、あたしも理玖くんが気にしないでいい言葉で、いつものように応える。
「おぉ。そうしろ。新人のお前は、今は自分がどう成長出来るか考える方がよっぽど自分のためになるわ」
「了解です。自分のために頑張ります」
「おぉ」
理玖くんは、そう答えて、満足そうに軽く笑った。
こういうとこ理玖くんらしいというか。
昔もなんだかんだ文句言いながらも面倒見よかったもんな。
だけど、その言葉はあたしを楽にするような言葉だっただけで、決して否定するような言葉や愚痴を言うわけじゃなかった。
だから、理玖くんは本当はどう思ってたとか、昔からわからなくて。
どこか本当のことを隠してるような、自分がその役目を引き受ければそれでいいと思っているような、そんな感覚も感じたりもした。
女性とはいい加減な付き合い方してるくせに、だけど、周りの人間には、ちゃんと心を向けてるような、なんかそんな不思議な感覚を感じてしまうのは、どうしてなのかもわからないけど。
面倒なことは嫌いだと言うくせに、女性とそんな面倒な付き合い方をして、あたしみたいな面倒な新人を引き受けたりもする。
だったら、理玖くんにとっての面倒とは、一体どんなものなんだろう。
それは、今みたいにあたしが気にならないような言葉をかけて気にしないようにさせてるだけなのか。
それとも、本当に理玖くんの中では、もっと自分が動揺するような、何かを影響させてしまうような、そんな面倒なことがあったりするのか……。
理玖くんに再会して、今まで知っている理玖くんと知らない理玖くんが交互に現れる。
あたしは、そんな理玖くんをこれからどれだけ知っていくことになるのだろう。