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第9話 わかり合えない恋愛観①


 翌日。


「はい。これ。オレが今関わってる案件。全部目通して一通り把握して」


 出勤してデスクに着くと、すぐに理玖くんが来て、そう言いながら資料をデスクに置く。


「え、これ今全部関わってんの?」


「ん? 楠さん、オレ先輩なんだけど? 敬語使ってくれるかな?」


 すると、あたしの話し方が引っかかったのか、理玖くんが目を細めながら、ちょっと先輩っぽい顔と雰囲気を出して、冷静にそう伝えてくる。


「あっ……」


 そして、あたしも今までの癖で理玖くんだと思ってつい普通に話してしまったことに気付く。


 いけない、仕事だった。


「すいません。高宮さん……。とりあえずこれを全部目通せばいいってことですね」


「っていっても、ただ目通すだけじゃなくて、それぞれの相手先が全然違った要望だったり進め方だったりするから、全部どういうことか意識して頭に入れてけよ。基本オレの仕事にサポートとしてまずはついてもらうから、お前も全部頭に入れて、何質問されても対応出来るようにまでしてほしい」


 そう言いながら仕事の説明を始める理玖くんは、仕事モードの真剣な表情だからか、なんか目つきが違うだけで全然違う人に見える。


 案外こういう理玖くん見たことないかも。


 って、見慣れない理玖くんに気を取られそうになったけど、伝えてくることはかなり最初っから大変な仕事内容だよね!?


 そんで、入社早々そんな感じで頭に入れなきゃいけないんだ。


 てか、何質問されても答えるようになるとか結構ハードル高くない?


「これ、営業の範囲超えてません?」


 この資料見ると明らか営業だけじゃないいろんな部署に回しそうな内容まで記されてある。


「うちの方針は、メインの部署に所属はしてるけど、最初に自分が関わった案件でそのあとも関わりたかったりフォローしたい場合は、最後まで関わっていいことになってるからな」


「そうなんですね」


 この会社はそういうやり方なんだ。


 じゃあ、それを理玖くんは自分から関わっていってるってことなのかな?


「だからうちはただ最初に営業するだけじゃなくて、そのあと顧客が望むモノをその後もうちのどの部署でどう回せば相手が望んだモノを提供出来るかとか、それ以上に新しい企画を提案してもっと満足してもらうっていうのがコンセプトだから、まず営業部のうちが最初に関わるとこは、そこからどう展開するべきかも考えなきゃいけない」


「なるほど」


 理玖くんが次々仕事内容を話していくのを聞きながら、なんとなくこの感じがエースだと言われてるのかなと、その雰囲気に妙に納得してしまう。


「とりあえずその中には、今うちが関わって他の部署も関わりながら進めてる案件、その案件で営業しなければいけない営業先、これから営業したいと思ってる相手先、それぞれとりあえずそのファイルに一緒にしたから、それぞれ自分のわかる形でいいからちょっと頭に入れてみて」


「結構いろいろ把握しないといけないこと大変なんですね」


 資料をパラパラ見てもかなり膨大な内容で、これを全部理玖くんは頭に入れてるのかと、ふと疑問に思う。


「これ。まさか高宮さん、全部頭に入ってるわけじゃないですよね?」


 と、少し疑いの目で見ながら理玖くんに尋ねると。


「は? 全部入ってるに決まってんだろ」


 あたしのその問いかけに不服そうに、顔をしかめて当然かのように答える。


「まずこれ頭に入れなきゃ、うちは仕事になんねぇぞ。もしかして、こんなんも出来ないとかじゃねぇよなぁ?」


 そう言いながら今度は少し悪い顔をしながら、あたしを煽ってくる理玖くん。


 あっ、この顔は理玖くんがあたし試すやつだ……。


「なぁ、どうなの?」


 そして二ヤりと笑って、あたしの反応を待つ理玖くん。


「……はぁ~? 全然余裕ですけどーっっ!?」


 と、あたしは勢いよく気付けばそう答えていた。 


 あぁ~もう! まんまとこれじゃあ理玖くんの思うツボだよーっっ!


 昔っから理玖くんのこの煽り方で、単純なあたしはこういう意味でもチョロく理玖くんのいいように操られていたんだよなー!


 そう。小さい頃からあたしは、理玖くんに煽られるとやる気が出るという、理玖くんだけが使える謎の方法があった。


 今思えば、それは多分あたしのこの性格を理玖くんがよく知っていて、ただ上手く利用していただけだとは思うのだけど。


 と、いうのも理玖くんにはなぜかいつもあたしは負けず嫌いが発動するという性質があって。


 あたしがやる気なかったり落ち込んだりしてた時に、いい意味でも悪いでも、あたしを煽って刺激を与えては、やる気を出させるというパターンを、理玖くんはこれまで何度も使っていた。


 きっと理玖くんはそれを今でも覚えていて、大人になった今もあの頃のようにきっと試してきたんだろうな~!


 それがわかってるのに、あたしはなぜこの年齢にもなって、チョロく引っかかってしまうのか!


「おぉ~おぉ~そうだよな~。お前は出来るヤツだもんな~」


 そうわざとらしく嫌味っぽく言いながら今度はまた満足そうに意地悪く笑う。


 あぁ~そうだよ、この全部見透かしてるような目と笑い!


 この理玖くんに煽られるのが悔しくて結局いつもいい感じに乗せられて頑張ることになるんだよな。


 でもまぁ、案外それでいい結果になることもほとんどだったけどさ。


 だからなんか悔しい!


「ええ任せてください~! 高宮さんのご迷惑にならないよう精一杯頑張らせていただきます~!」


 そしてまたあたしも見るからにわざとらしい笑顔と意気込みで理玖くんに対抗する。


「フッ。そういうとこもお前変わんねぇのかよ」


 すると、単純に引っかかったあたしを見て理玖くんが思わずフッと素の笑顔で笑う。


「まぁまだ入ったばっかだし無理せずお前はお前なりに出来る範囲でやってくれたらいいから」


 と、今度は素のトーンで柔らかく笑う理玖くん。 


「あっ、うん。……じゃなくて、はい。わかりました……」


 ちょっと急に素に戻らないでよ。


 勢いづいてるこっちが戸惑っちゃうじゃん。




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