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2「会いたかったわ、サイレン!」

 さらに数日が経って、旅立ちの日が来てしまった。

 旅装に着替えた私は、サイレンとともに馬車に乗り込む。

 そう、私も王都への旅に同行することにしたのだ。


 私は彼に、同行することを望んだ。

 そして彼は、驚くべきことにそれを許してくれた。

 国王陛下や王女様の不興を買いかねないことなのに。


 旅は、長い。

 まず、西隣のアイゼンリッター辺境伯領に至るまでに二、三日。

 そして、そこから王都に至るまでで十日ほど。

 それほどの距離があるのに、どうして国王陛下がサイレンの【鼓舞】スキル復活やスタンピード撃退のことを迅速に知り得たのかというと、私が【Web会議システム】に使った魔法【テレパシー】の長距離版が存在するからだ。


 旅は、楽しかった。

 異世界転生モノの定番でもある馬車の揺れ方は、それはそれはひどいものだったが、それでも、サイレンと二人きりでゆっくりお話できる時間がたっぷり取れたのは無上の喜びだった。


 夜は、馬車道沿いに点在している宿場町に泊まった。

 けして高級な宿ではなかったが、快適だった。

 ただ一つ不満があるとすれば、サイレンと夜の営みが持てないことだった。

 ……というか私って、こんなにも肉食な性格だったのか?

 いや、肉食系とは違うか。前世はコミュ障の喪女だったし。

 単に、サイレンのことが好きすぎるだけだ。

 ……言ってて恥ずかしくなってきた。


 とかくも旅は順調に進み、ついに私たちは、アイゼンリッター領都に到達した。

 明日はいよいよ、第七王女様への謁見だ。





   ◇   ◆   ◇   ◆





「会いたかったわ、サイレン!」


 開口一番、それだった。

 領都アイゼンリッターの大きなお屋敷の門をくぐるや否や、第七王女殿下御自らが出迎えてくださった。


 若く、そして言葉にできないほど美しい少女だった。

 第七王女カルメン、御年17歳。

 まるでオペラから飛び出してきたかのような、天真爛漫な少女。


 カラメル色の大きな瞳も、

 すらりと通った鼻筋も、

 きめ細かな肌も、

 ゆったりとウェーブがかった長い黒髪も、

 鳥かごパニエを入れていない動きやすさ重視の簡素なドレスも、

 令嬢らしからぬ屈託のない笑顔も、

 すべてが彼女を特別な存在として仕立て上げていた。

 そして、


「そして、ライトさんも。ようこそ、アイゼンリッターへ!」


 何より私が心奪われたのは、彼女の声だ。


 私は『初めまして』とあらかじめ書いておいた木簡を掲げてみせてから、カーテシーで一礼。

 するとカルメン王女殿下はニッコリと微笑み、私の手を握ってきた。


「アナタに会うのを心待ちにしていたのよ」


 恋敵のはずなのに、不思議と嫌な感じがしなかった。

 いや、不思議でもなんでもない。

 それこそが、彼女が持つエクストラスキル【美声】。

 聴く者の心を奪い、高揚させる能力だ。

 耳が聴こえないはずの私にすら効果アリというのは、実に不思議だ。

 いや、それも今さらだろう。

 魔法だのスキルだのというやつには、地球の常識など通用しないのだから。


 私たちは三階の応接室へと通された。

『王女様のお屋敷』というきらびやかなイメージとは遠い、質素な部屋だ。

 清掃や手入れが行き届いていて清潔感はあるが、同時に過度な装飾は避けている印象で、質実剛健な感じだ。

 天真爛漫な感じのカルメン王女殿下の趣味とは異なる印象。

 だがこれは恐らく、『あえて』のことなのだろう。


 殿下のお姿――いかにも『令嬢令嬢』したパニエ盛り盛り装飾テカテカなドレスではなく、今すぐにでも街や野原を駆け巡れそうなほど簡素なドレス――や、この屋敷、この部屋の質素な様子から思うに、殿下はきっと、ここが最前線であることをしっかりとご理解なさっておいでなのだろう。

 ここよりさらに危険な場所で日々戦っているサイレンやサイラス領民への配慮もあるのかもしれない。

 私はますます、殿下に対して好感をいだいてしまう。

 これから戦わなければならない相手だというのに……。


「どう、すごいでしょう?」


 殿下が、窓から一望できるアイゼンリッターの街並みを示した。


「スタンピードだって防げる堅牢な城壁。迷路状になっていて、要所要所に詰め所が設置された街道。あっちに見えるのは練兵場。こっちに見えるのは病院。

 あの病院は自慢なの。国中探したって、あれほど大規模な病院はないわよ。サイラス領で傷ついた人をどんどん送り込んでくれていいんだからね。そのために作ったんだから。

 そして目玉は――」


 殿下が示したのは、質実剛健な建屋群の中で唯一きらびやかな建物だ。


「オペラ座よ! この私自らが、【美声】スキルを駆使して歌うの。体の傷は魔法や治療で癒せても、心の傷はそうはいかないもの」


 なんてことだろう!

 彼女は彼女で、立派に戦っていたのだ。

 私は、自分が恥ずかしくなった。

 私は嫉妬心のあまり、殿下のことを、


『戦場のことを知らないお姫様』

『お飾りの領主様』


 と内心で決めつけてしまっていた。

 だが、それは誤りだった。

 彼女は自分のできる限りの範囲で、かつ自分の地位やスキルをフル活用して、最前線で戦うサイレンをサポートしようとしてくれていたのだ。


「ささ、お座りになって」


 殿下がソファを勧めてくださる。

 座るとすぐに、お茶とお茶請けが出てきた。

 会話が始まる。


 まずは王族としての殿下から、サイレンへの激励の言葉が。

 今まで魔物の掃討や城壁造りに尽力してきたこと、

 この度のスタンピード撃退戦での大活躍、

 そして【鼓舞】スキル復活のこと。

 なぜか、陞爵の話は出てこなかった。


 続いて殿下は、私に対しても激励くださった。

【手話】導入による城壁工期の大幅短縮、

 街中でのコミュニケーション活発化とあらゆる生活・業務効率の向上。


 驚くべきことに、殿下は私に話しかけてくださるときはゆっくりと喋ってくださった。

 読唇しやすいように、ということなのだろう。

 王族の身でありながら、驚くべき配慮の深さ、度量の大きさだった。


 私はすっかり、殿下のことが怖くなってしまった。

 だって、地位、能力、スキル、年齢、器量に度量……そのすべてにおいて、自分には殿下に勝てる要素が見当たらなかったからだ。

 サイレンは『絶対に離婚しない』と言ってくれているが、これはいよいよ本当に、サイレンのことを奪われかねない。


「それにしても、本当に久しぶりね」


 ひととおりの話が終わった後、殿下が『王族』から『少女』の顔に戻ってそう言った。


「アナタったら、手紙の一つも寄越さないで。こうして会うの、いつぶりだと思っているの?」


『五年ぶりくらい?』と、サイレンが木簡に書き記す。


「五年と六十二日と三時間ぶりよ」


 ……おや?

 風向きが急変したぞ。

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