リアムは、ヴィクトリア調の巨大な建物を見上げた。
そこはカードに記された場所だ。
ランガム・ホテル333号室
このホテルは、ロンドンでも幽霊が出る事で有名なホテルだ。
1865年に開業したロンドンの豪華な高級ホテルで、現在ではランガムホテルズ・インターナショナル傘下のホテルである。
宿泊した医師が妻を殺して自殺。
その医師は今も部屋に宿泊中ということらしい。
部屋以外でも、廊下には執事の幽霊や、顔に穴の空いた幽霊がさまよい歩いているというし、過去に宿泊していたという、ナポレオン三世の幽霊も目撃されている。
普通なら、幽霊のさまよい歩くような場所には近づきたくないと思うが、ヴィクトリア王朝式の建築と、モダンで豪華なインテリアは、宿泊する者を魅了するらしい。
何故か、客足は悪くない。
もしかしたら幽霊が客寄せパンダになっているのかもしれないが、リアムだったら、タダで泊まれるとしても、きっと断るだろう。
ちなみにランガムホテルは、コナン・ドイルの世界的名作シャーロック・ホームズ作品『ボヘミアの醜聞』の舞台でもある。
コナン・ドイルもランガムホテルには、よく宿泊したそうだ。
ドイルは、第一次世界大戦で息子を失ってから、降霊術や、心霊現象に夢中になっていたという。
もしかしたら彼は幽霊を見るのが目的で宿泊していたのかもしれない。
そんな事を考えながら、襟とシャツを整え直してホテルに入ると、フロントスタッフに丁重に出迎えられた。
333号室の事を尋ねると、フロントマンに用件は聞いていると言われた。
リアムは、333号室に向かった。
ホワイトとベージュを基調にした壁や廊下は清潔感と上品な落ち着きを感じる。
亡霊が現れる感じなど一切してこないのが意外だった。
目的の部屋の前まで来てもそれは同じだった。
リアムが覚悟を決めて部屋をノックすると、どうぞ、と男の声がした。
ドアを開けて部屋に入ると、中には5人の紳士たちが待ち構えていた。
ある者はソファーに、ある者は窓際に、ある者たちはティーカップを片手に立ち話をしていた。
「リアム・ディアス君かね?」
「ああ、はい。あの俺は……」
「君の事は知っている。経歴も特技も」
「そいつはどうも。あの……俺に仕事があるって聞いたんですがね」
「受けてもらえるのかね?」
「まずは話を聞いてから」
「まあ、そうだろうね」
どうやらこの男はリーダー格らしい。彼が率先してリアムと話す。
「仕事はあるものを探してもらいたいのだ」
「あるものって?」
リアムに少し色あせた古い写真が渡された。
「これ、剣?」
「ただの剣ではない。カレトヴルッフ」
「俺は骨董品に詳しくなくてね、そいつは有名なんですか?」
「別名エクスカリバーという。それなら君にもわかるのではないかな」
リアムは唖然とした
「それってアーサー王伝説の聖剣のことでは?」
老紳士たちはそろって頷いた。
「そういう事なら、インディ・ジョーンズにでも頼んだ方がいい」
「実はもう頼んだ」
老紳士が冗談めいた様子でそう言った。
「だが彼には断られてね。彼は聖剣より聖杯に興味があるようだ。それと次回作で忙しいらしい」
「そいつは笑える」
そういえばインディ・ジョーンズシリーズの一番新しい映画は、興行成績が散々だったことを思い出した。
スピルバーグが撮っているのにだ。
「どうかね?」
「どうって……まあなんというか、あんたらのおふざけに付き合うのは遠慮したいですね。それと、これは全く面白くないジョークだ」
「我々が、君を騙してるわけではないと納得させればいいのかな?」
「まあ、納得はされないけど……どうやら俺が思っていたのと何か違うようだ。
もう帰っていいですかね? 実は観たいスポーツ中継があって……」
リアムがそう言いかけた時だった。
眼の前の光景に驚く。
老紳士たちの顔がいつの間にか、人間ではないものに変わっていたのだ。
「あんたらは……」
リアムが唖然として言葉が続かない。同時に、またか、という気持ちが浮かんだ。
「あんたらも……ここでの出来事も、本当は俺が見ているだけの幻じゃないのか?