リアムは彼女を見て驚いた。
正確には彼女の顔を見て驚いていた。
「エマ……」
その言葉に相手は眉をしかめる。
「ああ、ごめん。知り合いに似ていたんで……」
それはリアムにとって重要なひとだった。人生において最も重要だったといっていい。
「で? なんて言ったんだい? よく聞いてなかった」
「仕事をしてみないかって誘ったんだけど」
「俺、失業者に見える?」
「このあたりで、この時間、いつもどこかのパブでみかけたから」
「そういう時間シフトの仕事だとは思わないのかい?」
「そうね。そうかもしれない。でも一週間以上同じ時間に見かける……とね」
そう言われてリアムは、パブに入り浸るのがいつのまにかルーティーンになっているのに気が付いた。
自覚はなかったのだが。
「ああ、お察しの通り今は無職だ。で? 君は俺のストーカーか何かか?」
「かもしれない。私、ある特徴の人を常に探しているから」
一瞬、リアムがいた業界、つまり民間軍事会社関係の人間なのかと思った。
だがよく見ると彼女には業界の雰囲気はない。
品のあるスーツの着こなしと振る舞い。
それと知的な雰囲気。
どちらかというとどこかの企業重役の秘書といった雰囲気だ。
「つまり、俺がその特徴ある人間に該当するってことかい? 生憎俺は、失業中というより休業中なんだ。当分仕事をする気はないよ」
「問題を抱えているからね。わかるわ」
相手の知ったような口ぶりにリアムは少し苛ついた。
「大きなお世話だね。いったい、あんた何者だ?」
「私達ならあなたの問題を解決できる。協力してくれるなら」
リアムは一気に酔いが醒める思いだった。
こいつは俺の目の事を知っているのか?
急に目の前の女が気味悪く思えてきた。
「あなた、ああいったものが見えているんでしょ?」
女はカウンターの置くの瓶だなを指さした。
すると小人達が自分の体ほどある酒瓶から酒をくすねようとフタを外そうとしている。
リアムはあんぐりと口を開けた。
「あ……その……俺の見えてるものが君にも見えてる?」
女はそれがあたりまえかのように頷く。
リアムはラガーの残りを飲み干そうとしたがやめた。
アルコールで頭を曇らすのはやめだ。今は頭をすっきりさせるべきときだ。
「つまり、俺の見えてるものは現実?」
女はもう一度頷く。
「嘘だろ……」
頭部の傷が原因かPTSDで幻覚を見ているのだと信じていたからだ。
それが今、突然現れた女に、自分が目にしてきたもの全てが現実だと言われている。
「いやいや、俺をかついでるんだろ。そうか、あんた、ロブの友達だな?
あいつには話した事があるからな。あいつと示し合わせてからかっているんだ。
だろ?」
事情を知っているならいくらでも話を合わせることはできる。
リアムは友人の悪ふざけを疑った。
ところが、彼女は神妙な顔つきでリアムに言う。
「ごめんなさい。ロブなんて人は知らない。それに私は、あなたの見えてる者たちが何なのか知ってる」
「じゃあ百歩譲って俺の見えてるものが本物だとして、なんで他の人間にはあのおかしな生き物たちが見えないんだ?」
「さあね。きっと信じていないんでしょうね」
「信じていない? 何を?」
「妖精の存在」
リアムは唖然とした。
「やっぱり俺をかついでるんだな」
女はリアムの言葉を無視してカードを差し出した。
「興味があるなら、ここに来て」
リアムはカードを受け取った。
「私達はその部屋で待ってる。もう一度言うけど、私達はあなたの才能と協力を必要としている。協力してくれるならあなたの問題を解決してあげるわ。もちろん多額の報酬も用意する」
リアムが迷いながら、受け取ったカードを見る。
ランガム・ホテル333号室
カードには、そう記されていた。
「冗談だろ? ここって……」
どころが、リアムが顔を上げると女の姿は消えていた。
店内を見渡してもどこにもいない。
近くにいたバーテンをつかまえて女がどこにいったか尋ねてみる
「悪いけどそんな女見てないね。俺が覚えてるかぎり、カウンターにはずっとあんた一人だけだったよ」
バーテンはそう言うと忙しげに仕事に戻っていった。
リアムは自分がまた幻覚を見ているのかと不安になった。
だがしかし、手には渡されたカードがしっかりと握られている。
幻覚ではなかった。
彼女は現実にここにいたのだ。