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第63話 ダーティトーク発動

(くそ、プレッシャーが増してやがる!)


2ラウンド中盤、試合展開はここまで俺にとってはかなり理想的なものだったと言って良いが、宮地君の目の色が明らかに変わった。

もちろん宮地君は今までも全力で戦ってきたに違いないが、テイクダウンを切られ審判の「ブレイク」が掛かったことによって明らかにイラ立っているのが見える。それまでのアスリート然とした真剣な表情だったのが崩れ、目が据わってきていた。


「……何がブレイクだよ、総合ってのはケンカじゃねえのかよ……なんだよ、クソ。ケンカで審判が間に入るなんてねえだろ……」


宮地君が独り言をブツブツ言っているのが聞こえてきた。


(……怖っ! 普通に考えればイラ立っている時の方がチャンスだが……)


「怒りはエネルギーに換えられる! 怒った方が強い!」なんていう考えは少年バトル漫画の中だけの話だ。MMAという競技の中では冷静さを欠くデメリットの方が遥かに大きい。視野は狭まり、力んだ攻撃は相手に読まれやすく、いたずらにスタミナを消耗するだけだ。普通はそうだ。

それでも宮地君の圧力はさらに増していった。


「おおっと、宮地選手の3連打は惜しくも当たらない! だが田村選手もこれには堪らず間合いの外に逃げる!」


(すげぇパンチだけどさ……そんな大振りのパンチは丸見えだよ!)


力任せに連打してくる宮地君のパンチを見切って、俺は間合いの外にステップで逃げた。

もっと空振りさせて宮地君をさらにイラつかせてやろう……猛牛を間一髪でひらりとかわす闘牛士のよう気分だった。


だが後になって振り返ると、この時の俺は宮地君の変化に動揺してしまっていた。本当は今までと同様に淡々と同じ戦い方を続けておくべきだったのだ。

あるいは当初のプラン通り、ミドルキックやローキック、前蹴りなどの蹴りの手数を増やして、距離を作っておけば展開はもっと楽になったかもしれない。

それなのに俺は「テイクダウンされるリスクを少なくして慎重に戦いたい」と思ってしまったのだ。そうさせたのは宮地君の気迫・気合いのようなものだったのだろう。


(……え、ロープ?)


何度パンチを強振しても少しも勢いの落ちない宮地君にばかり気を取られ、俺はいつのまにかロープ際まで追い込まれていることに気付かなかった。

そしてその瞬間、俺の視界から宮地君が消えた。

さらに次の瞬間、今まで見たこともない景色が俺の視界には広がり、いつの間にか俺の脳は大きく揺れていた。


「ここで宮地選手、代名詞とも言える光速タックルからの飛行機投げだ!」


肩に相手の身体を担いで後ろに放り投げるようなレスリングの技で『飛行機投げ』というのがあるそうだ。俺はMMAの練習の中で一度もそんな技を受けたことがなかったから、何をされているのかまるで理解出来なかった。

気付くと俺は放り投げられ、背中をマットに打ち付けていたというわけだ。


柔道やレスリングならそれで試合終了なのかもしれないがMMAは違う。俺を投げた宮地君はすかさず上に乗ってきた。

俺も状況が理解出来ず呆然としつつも、身体は無意識に反応し宮地君との間に足を入れ、ガードポジションを取っていた。日々の練習で染み付いた反射的な動きだ。頭で反応するよりも先に身体が反応するようになってこそ練習の成果だと言える。


「……てめぇ、よくも散々好き放題してくれたな……」


(やば! なんだこのパワー!)


上から抑え込む宮地君のパワーは異常なものだった。100キロの巨漢吉田のそれと遜色ないのではないかというほどだ。

必死のクローズドガードで宮地君に上体を起こさないように止める。なんとしても宮地君が疲れるのを待って攻勢を少しでも遅らせたかった。


「……必死こいてもムダだぜ、お前みたいな陰キャは。とっととギブアップしろよ、面倒くせぇなぁ……」


身体同士が密着するような体勢となったところで、耳元で宮地君が囁いてきた。

MMAで試合中対戦相手に話し掛ける場面というのは聞いたことがなかったが、大兼君も宮地君と対戦した際に同様のことをされたと聞いていたから、さして驚きはしなかった。

というかむしろ、彼の目に田村保という男が初めて対戦相手として認識されたような気がして、少し誇らしい気持ちすらあった。

だがその瞬間、宮地君の頭の後ろに掛けていた俺の腕のフックが外れ、上体を起こされてしまった。

そしてその瞬間に左のパンチ……パウンドが飛んできた。咄嗟に俺も腕でガードをして顔面への直撃は回避したが、強力な一撃に肝を冷やしたのは事実だった。


「あ~っと宮地選手、ここでサイドポジションに回った! 対する田村選手も懸命にポジションを返そうとしているがこれは難しいか!?」


強烈なパウンドにビビり、足を使って宮地君の身体を突き放そうとした一瞬の隙を突き、俺の左側に宮地君は回り込んだ。

同じ上下のポジションに見えても、自分の脚の間に相手を入れているガードポジションに比べ、ガードの脚を越えたサイドポジションはかなり差がある。上のポジションの優位性がかなり増すということだ。


「……っしゃ! っしゃ! おら!」


サイドに回った宮地君は俺の頭にパウンドを打ちながら、膝蹴りの気配をも見せてきた。

グラウンド状態での膝蹴りは団体によっては禁止されているが、ダンクラスではオッケーだ。当然一発でKOとなる可能性もある危険な技だけに俺も警戒しなければならない。


「保君、あと10秒だ! しのげ!」


セコンドの師範からの声で初めて俺は残り時間というものを意識した。そして……

カーン! ここで第2ラウンド終了である。




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