師範の言った通り、ダンクラス新人王トーナメントの8人の選手の中に俺も選ばれた。
主催者側の本命はレスリング金メダリストの宮地大地である。彼に実戦経験を積ませると共に、新人王という実績を作りスターに祭り上げることが狙いであることは、多少なりとも事情を知っている者からすれば明らかだった。
年明けからトーナメントは始まり、夏には決勝戦が行われ、さらに優勝者は秋ごろに現チャンピオンに挑戦するタイトルマッチが行われる予定ということだ。
トーナメントを決勝まで勝ち上がれば夏までに3試合をこなすことになる。通常のプロのMMAの試合としてはかなりハイペースだからコンディショニングが何より大事になるし、試合に勝ったとしてもケガをしては次の試合に出られなくなる可能性もある。
だからなるべく無傷で勝つのが一番だが、先のことばかりを見て勝てるほど甘い試合など一試合もない。あるわけがないのだ。一つ一つ目前の試合に集中して全力でいくしかない。
「良いね、田村君。ナイスタックル! バック回れ!」
俺の動きに小仏さんから声が飛ぶ。今日も小仏さんの道場に来て練習をしていた。最近では週に2回ほどこうして練習に来させてもらっている。
心情的に小仏さんとの繋がりが強くなっていたというのももちろんあるが、現実的問題として俺に一番足りないのは寝技のスキルだし、トーナメント大本命である宮地大地を倒すためには、彼と直接試合をした小仏さんに指導を仰ぐというのは実利的な部分が大きかった。
「オッケー、グラウンドでもだいぶスムーズに動けるようになってきたね、田村君」
「そうですね、今まではイメージは浮かんでいるんだけど身体が付いて来ない……って言う感じだったんですけど、今では頭で考えるよりも身体が勝手に反応するようになってきました」
氏神様である
「コンディションはどう?」
「ばっちりですよ! 減量も順調です」
トーナメントの初戦まですでに1ヶ月を切っていた。
そして俺のトーナメント初戦の相手は、なんとユースカップで対戦し練習仲間でもあった
今までは定期的に練習を共にしていたが、試合が決まってからは交流を絶っている。
そしてもう1人の同世代の仲間である
闘道との契約がどうなっていたのか詳細はわからないが、大兼君はとにかくMMAに転向してきた宮地大地と戦いたいという気持ちが強かったようで今回の参戦が実現した。まあプロとはいえ俺も含めて若手選手の契約はそこまで大金が動くわけでもないし、複数の団体で試合をする選手も多い。本人の希望が実現したことは良いことだろう。
当然大兼君ともしばらくは交流を絶っている。お互いトーナメントを勝ち抜いたら戦う可能性があるのだ。そんな選手と普段から仲良くやりながら、いざ試合の時だけ本気で殴り合う……というわけにはいかないものだ。
「待っとったで、田村君。今日こそはボッコボコにしばいたるから覚悟しときいや!」
「そっちこそ、プロの洗礼ってやつを覚悟しときなよ!」
あっという間に新人王トーナメント開幕の時期になった。初戦の相手は高松洋二君だ。
今まで練習を共にしていた時とはやはり覚悟が違う。久しぶりに試合前のバッキバキにガンギマった高松君の目を見て俺も武者震いがしてきた。
「保君、油断するなよ! 高松君には以前勝っているとはいえ、それはまだアマチュアの高校生だった時だ。向こうも成長していると思って臨むべきだ」
「はい、わかってます!」
試合開始前の師範の言葉に俺もうなずく。
向こうはこれがプロデビュー戦、縁の深い俺が相手ということもあり相当意気込んでくることが想定される。高松君がこの数年間どれほど必死に練習を積み重ねてきたかは俺も知っているつもりだ。
でもそれは俺も同じだ。初めてユースカップで対戦した時よりも、一緒に練習をしていた時期よりも、俺だって成長を続けているのだ。俺の全力をぶつけ、成長した俺の姿を高松君には感じて欲しかった。
むしろ友情がある分だけ俺は全力で戦うつもりだった。
カーン!
ゴングが鳴り、俺も高松君も無言でグローブタッチをして試合が始まった。
アマチュアの高校生だった俺たちが、数年の時を経てプロとしてリングで向かい合うことになるとは思いもよらなかった。
「……ちくしょう、完璧にやられたわ。クッソ!……悔しいなぁ」
試合開始直後から突っ込んできた高松君に対して、俺は殴り合わずカウンターのタックルを合わせた。
この試合に賭けているのが伝わってくる高松君の迫力だったが、それには付き合わず俺は組みの展開を選択したのだ。打ち合いの展開になっても負けない自信はあったが、高松君が打撃主体の選手であることはわかり切っていることで、相手の苦手な部分で勝負するのがMMAのセオリーだ。
もちろん高松君も俺が組みに来ることは予想して対策を積んできたことは、その動きでわかった。
共に練習していた時よりもタックルへの反応も、寝技への対応も格段に良くなっているのはすぐにわかった。
だがそれ以上に俺のグラウンドのバリエーションが増していた。ハーフガードのポジションからパウンドをコツコツと当てて削り、高松君が嫌がって腕を伸ばしてきたところを肩固めで極めて一本取った。
「ありがとね、高松君。またいつでもやろう」
周囲の人たちは高松君との因縁の対決という見方をすることが多かったが、俺としてはプロ3戦目にして初めて判定ではなく一本勝ちを収められたというのが大きな自信になった。
高松君とはまたいつでも話せるので、挨拶もそこそこに俺は控室に戻りモニターでこれから始まる試合を目に焼き付けんと急いだ。
これから新人王トーナメントの別カードとして大兼隼人君と宮地大地君の一戦が始まろうとしていたのだ。