「そうか……まあ、残念だがな、野島君が自分で決めたことなんだから仕方ないだろう。いや、しかしおじさんの指導の仕方が違えば彼の道も違っていたのかな……」
野島が去っていった日の早朝、登校前に俺は森田家のチャイムを鳴らし師範にことのあらましを告げた。夜中に野島に呼び出された俺は興奮でほとんど眠れるはずもなく、そのまま朝を迎えていた。
師範は俺が今まで見たことのない顔をしていた。俺にとって師範は師匠でありいつだって絶対的な信頼を置く人物だ。そんな師範が自分の過去の行動に疑問を抱いている姿を見るというのは、少し辛い光景だった。
「真司君……あ、野島さんのことね……って数年間毎日会っていた人だから、私にとってはお兄ちゃんみたいな存在だったの。そんな彼が突然いなくなってしまった時はとても悲しくて、どこかぽっかりと心に穴が空いたような気持ちだった。でも今回こうして再会できて……北竜会なんていう組織の一員となっていた彼と再会するなんて最悪な形だったけど……それでも私は彼に会えて良かったと思ってるわ」
すずは寝不足のような赤い目をしていた。勘の鋭いすずはもしかしたら野島が訪ねてくることを薄っすらと予感していたのかもしれない。あるいは抗争の日からずっと悲しみを抱えていたのかもしれない。
俺は自分のことに一杯一杯で、すずの気持ちにまで配慮する余裕がなかったことに気付いて、少し申し訳なく思った。
「大丈夫。僕は突然いなくなったりしないから。師範のためにも、すずちゃんのためにも……それからジムの会員さんや支えてくれる人たちのためにも、ここで絶対プロのMMA選手になるから」
ひょんなことから道場に入門し、始めたMMAだったけれど、もう俺は1人じゃなくなっている。
もちろん師範やすずもそうだし、吉田たち、それからユースカップで戦った選手たち、そして野島……色々な人の期待を俺はもう背負ってしまっている。
だからもう中途半端なことはできない。もちろんそれは単にネガティブな意味でのプレッシャーになるわけではない。俺が苦しくなった時、俺の中にいる彼らは俺をきっと支えてくれることは間違ない。
「うん……でも保君は保君らしくがんばってね」
久しぶりにすずが微笑んでくれて、不思議と胸が高まるような、なのにとても落ち着くような、そんな気持ちを抱いた。
野島が言っていた通り、彼はボスを連れて出頭したようだ。
やがて北竜会は解散したという噂が流れてきた。
噂の真偽は確かめようもないし、そもそも北竜会なんていう組織が本当に実体のある存在だったのか俺にはイマイチわからなかったが、街の雰囲気が微妙に変化したことはそれを裏付けていた。
もちろん高校ごとにヤンキー組織は未だに存在して小競り合いを続けてはいるが、どこか牧歌的というか、組織的な犯罪行為やキナ臭い事件はほとんどなくなったようだ。……ということを師範と縁の深い例の巡査部長が言っていたそうだ。
実態がわかってくると北竜会は相当ヤバかったらしい、ということに改めて気付かされる。
当初は北高ヤンキーとそのOBを中心に組織された北竜会だったが、組織拡大のため各校のヤンキーの中に内通者を作り、強大な組織化を目論んでいたようだ。
さらにはパパ活という名の売春の組織化や、海外のマフィアと提携しては脱法ドラッグのばら撒きまでをも目論んでいたそうだ。
もちろんそれがどこまで実際に遂行されたかは確かめようもないが、影林市、桃山区の治安に大きな影響を与えていた可能性は高い。
ボス1人の身柄が確保されただけで北竜会は解散した。つまり本人にどこまでその意図があったかはわからないが、結果的には野島が身を挺してこの街の秩序を取り戻したということだ。
だが残念ながら当の野島はボスを連れて自ら出頭したにも関わらず、北竜会で過去に起こした数々の暴力事件が明るみに出て裁判に掛けられ、かなり長い期間の服役になるのではないかという話だ。
本人自らが新たな道に進むため罪を償うことを選んだとはいえ……あまりに酷なことのように俺には思えてしまった。むろん俺には野島の良い一面しか見えていないからそう思ってしまうだけで、過去に野島の暴力によって被害を受けた人から見ればそんな生温いことは言えないのだろうけど。
吉田たちの処分が保護観察で済み高校も退学にならずに済んだのは、幸運なことだっただろう。
多少制限はあるものの、高校に通い続けることができるというのは将来を考えるとても大きなことのはずだ。
北高ヤンキーたちの中にはボスの配下として訳も分からぬまま悪事を働かさられていたにも関わらず、退学や少年院送りになった人間もいるとのことだから尚更だ。
吉田たちは謹慎期間を終えた今ではジムに入会し、一般会員の人たちと共に汗を流している。
結果的には大事件となり、ほとんど関係のなかった俺までも巻き込んだ張本人たちだから、師範の吉田たちに対する感情は複雑というか、怒りが爆発しても当然だろう。それなのにジムに受け入れた師範の器の大きさには頭が下がる思いだ。
そんなわけで俺は改めて覚悟を決めてMMAに打ち込み、幸運にも2年後、高3の冬にユースカップで優勝することができた。
もちろん俺自身必死で努力した。だけどそれが続けられたのは格闘技意外の様々な経験を経て、覚悟が決まったということも大きかったように思う。もちろんやればやるほど奥深さを実感し、のめり込んでゆくMMAという競技の純粋な面白さが根本にあったのは当然のことだが。
そしてユースカップ優勝の年の4月、大学1年の春にはダンクラスの主催者からプロデビューの打診が来て、正式に俺はプロのMMA選手となることが決まった。
(第3章 完)