目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第38話 2つ目のスキル

「……で、それからどうなったんですか?」


野島の話はだいたい終わったようだった。


「ボスには今とある場所で眠ってもらってる。俺が少年と会うまでは大人しくしてもらおうと思ってな。で、まあ、この後少年と別れたら俺はボスと手をつないで警察に出頭するつもりだ」


野島の目は驚くほど優しく、邪気のない透明な笑顔だった。戦っている最中の爛々と闘志に満ちた笑顔とは真逆で、これが同じ人物なのか疑うくらいだ。人は何か重大な決断をするとそんな表情をするのかもしれない。

しかし……


「え、じゃあ、ひょっとしたらこうしている間にも大事なボスが逃げてしまっている可能性もあるわけですよね? ボクに会いに来たり余計なことしてないで、さっさと警察に行った方が良いんじゃないですか?」


「は、大丈夫だっての。ってのは、単に毛布をかぶって寝てるって意味じゃなくてだな……ま、良いや。そんなことよりも俺にとっては先に少年に会うことの方が百倍大事だったってわけだ」


野島の優しい笑顔が今度は不気味に見えてきた。一体野島はなぜわざわざ俺に会いにきたというのか……。


「え、まさか『この間は不完全燃焼だったから、今度こそ誰にも邪魔させず白黒決着を付けようぜ』的な意味で呼び出したってことですか? 流石に夜中にいきなり呼び出しておいて、それはファイターとしてフェアじゃないんじゃないですか?」


「ばか、何でそうなるんだよ。あれはどう考えても俺の負けだろ、普通に。……そうじゃなくて純粋に少年にお礼を言いたかっただけだよ。お前とやり合っている内に、俺も本気で格闘技をやっていた時の気持ちが甦ってきた。少年とやり合ってなきゃ、俺はいつまでも自分の気持ちを誤魔化してヤクザの用心棒生活を続けていただろう。……やっと目が覚めたような感覚だよ。ありがとな、マジで」


そういうと野島は握手を求めてきた。


「ああ、そうなんですか。……ってか野島さんってそんな熱血キャラだったんですか?」


そんなに正面切って礼を言われるとは思っておらず、ついそんな反応をしてしまった。まあ彼なりの照れ隠しだったのだろう。


「……るせーな、ガキのくせに!」


野島が強引に俺の手を握って握手は成立した。思えばあの時は試合終了後の挨拶もできないまま別れてしまっていた。だから今ようやく本当の意味で野島との対戦が終わり俺の勝利が確定した……俺にとってはそんな気持ちだった。


「……野島さんはウチのジムでプロ目指してたんですよね? せめて師範には挨拶ぐらいしていったら?」


きっと師範もそれを望んでいるはずだ。更生したかつての一番弟子との再会を喜ぶ気持ちは俺などよりも遥かに強いのではないだろうか。


「……いや、俺にそんな資格はねえよ。少年、お前の方から師範によろしく伝えといてくれよ。じゃ、またな。って……もう会えるかはわかんねえけどな」


野島がまた自嘲の笑いを残して去りかけたとき、1つの小さな影が飛び降りてきた。

真夜中よりも深い闇だった。


「ふん、小悪党のわりには随分と殊勝になったものだな」


「……何だ? 猫がしゃべってる? つーか俺に話し掛けてるのか?」


普通の人間なら驚愕するであろう場面だったが、野島はさして動揺も見せずやまとの背中を撫でた。


「ふん、お前も中々気に入ったぞ。やくざ者でありながらきちんと義理を立て、腐った主君は廃す。最近の大和男児には見られぬ骨のある男ではないか!」


言っている意味はよくわからないが、どうやらやまとは野島のことが気に入ったようだ。

そういえばやまとも義賊の氏神様だということだ。どこか悪党同士、日陰者者同士というシンパシーがあるのかもしれない。


「……何言ってっかはイマイチわかんねえけど、黒猫ちゃんもありがとな。つーか俺はそろそろ行くわ。あのボケナスをいつまでも寝かせといたら心配だし、とっととサツに行かねえと」

「待てい。ワシの目を見るのじゃ!」


野島を見つめるやまとの金色の瞳が例によって異様なほど輝き始めた。闇夜でのその白光は誰かに見つけられてしまうのではないかと心配になるほどだった。


(ああ、そうか。やまとを通して能力を盗むことができるんだった!)


やまとの特殊能力のことを忘れていた。

俺は野島と真剣に戦いそして幸運にも勝つことができた。俺には野島の能力を写し取る資格があるということだ。


「眩し! ……ん、なんだもう良いのか? じゃあな、少年。師範とちゃんにもよろしく言っておいてくれよな……あ、すずちゃんも高校生ってことは少年と同じ歳くらいか? この間チラッとだけ見えたけどめっちゃ可愛くなってたな! いや子供の頃から可愛かったんだけどよ!」


「ああ、そうなんですか? よくわかんないですけど……」


野島の笑顔が急に人間じみてきたというか、グフフと俺をからかうような意地悪なものに変わっていた。


「あれは絶対お前のことが好きだぜ、少年! 好きじゃなかったら夜中にあんな危ない場所に年頃の娘が行くわけないだろ!」


「……いや、別にそういうんじゃないですよ! ……ほら、やまとはすずちゃんと氏神と巫女の関係みたいですし、他に連絡を取る相手も誰もいなかっただけですよ?」


まったく……どうして大人ってやつは男女がいると何でもかんでもすぐ色恋沙汰に結び付けて考えるのだろうか? 理解しがたいものだ!


「ふ~ん、そうなの? ま、俺には関係のないことだから別に良いんだけどね。でもな、今一緒にいるからって、いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだぜ? 大事な気持ちはちゃんと伝えておくべきだと思うけどな……ま、じゃあそういうことで、俺は行くわ」


野島は笑顔のまま歩き始めた。

どうも素のこの人はずいぶんとまともというか、どこにでもいる調子の良い兄ちゃんという印象だ。この前廃工場で殴り合った時とは別人のようだ。


「野島さん!」


大事なことを思い出し、歩き始めたその背中に俺は声を掛ける。


「今度、次会ったら……いつになるかはわからないですけど……練習一緒にやりましょう。ボクはMMA選手としてプロを目指します! 野島さんは『FIGHTING KITTEN』の兄弟子なんだから、良いですよね?」


「しゃあねえなぁ……言っとくけど少年、お前はまだまだだぜ? とっくにドロップアウトした俺を倒すのにすらお前は手こずったんだからよ。まあでも素質はあると思うぜ。シャバに戻ってきたら存分にしごいてやるからな、覚悟しとけよ!」


その返事に俺はただ黙って頭を下げて応えた。




やまとによると野島からコピーしたスキルは『不屈の心』だそうだ。

吉田からコピーした『大食』に次いで俺の2つ目のスキルということになる。プロ選手を目指す途中でドロップアウトしてしまった野島のスキルが『不屈の心』というのは少し矛盾しているような気もしたが、どれだけ悪の道に進もうともこうして過ちに気付き、自ら更生しようと立ち直ったという意味では、野島をそれだけ象徴しているスキルなのかもしれない。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?