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第37話 アフターファイト

(疲れた……。でも、今日もジムで練習できて良かったな)


それから1週間ほどが経ち、何とか日常の生活が戻ってきた。

学校に行って、夜はジムに行って練習をして、帰って家で飯を食って自室の布団でゆっくり眠ることができる……今までは当たり前のことだと思っていたけれど、その当たり前がとても幸運の上にある幸福なことなのだと、そう思わざるを得なかった。


吉田たちは未だに学校には来ていない。

彼らは元々ヤンキーだから殊更ことさらにそれを話題にするような生徒もいない。俺はヤツらとは対照的に何事もなかったように普通の顔をして学校に通っている。どこか罪悪感を抱えつつも師範や警察の人がそう済むように取り計らってくれた以上、そのことに感謝し甘んじて享受し俺は日常を取り戻していた。


でも、もしかしたら皆そうなのかもしれない。

裏では個人個人それぞれ大きな問題を抱えつつ、学校の友だちの前ではバカ騒ぎをして笑っているのかもしれない。そんなことを思うようになった。

ともかく与えられた幸運に感謝し俺は自分にできることを精一杯やってゆくしかない。改めてそう思った。




(……くそ、まだ3時過ぎじゃねえかよ……)


ウー、ウー、ウー!

遠くで鳴るサイレンの音で目が覚めた。どうもやはりあの日からずいぶんとそうした音には敏感になってしまっているようだった。パトカーに乗せられ警察署に行き事情聴取受ける……自分の人生でそんなことが起こるなんて少し前までは1ミリも想像していなかったから、それを思い出すきっかけがあるとどうしても身構えてしまう。


ピンピロピンピロピン! ピンピロピンピロピン!


(……ウソだろ?)


次の瞬間スマホが鳴り出した。流石にその音を聞いた時は、悪夢の再来なのではないかと憂鬱になった。

画面を見ると発信者は「非通知」と出ている。嫌な予感しかしないが、放っておいてもしばらく鳴りやまないため無視することもできなかった。


「……もしもし?」


嫌な予感しかしないが逃げても仕方ない。嫌なことほど積極的に迎え撃つべきなのだ! ……そんな気持ちを奮い立たせ俺は着信に応じた。


「おう少年か……。夜中に悪い、ちょっと出て来れるか? オマエにしか頼めないことなんだわ」


「あの……誰ですか?」


夜中の着信という異常な事態、そして聞き覚えのある口調で俺はピンと来ていたのだが、相手が名乗りもしないので一応尋ねてみた。


「あぁ、悪い。……野島だよ。お前の兄弟子のな」


最後の自分の言葉を自嘲するようにクスクスと野島は笑っていた。




「なんですか? 野島さん……」


呼び出されたのはまたしても花田神社だった。野島も『FIGHTING KITTEN』に通っていたわけだから彼にとってもここは馴染みのある場所なのだろうが、流石にこうも頻繁に用いられるとこの場所が嫌いになりそうだ。


「少年……一応、俺の方でケジメを付けさせてもらった」


まるで何のことを言っているのかわからなかったが、野島が自らのスマホを差し出してきたので仕方なくそれを見る。

写真に映っていた人物は北高の上層組織である『北竜会』の例のボスだった。その顔は見るも無残に腫れあがり正視に耐えないものだった。思わず俺は目を逸らす。


「ばか、ちゃんと見ろって」


野島が俺を嗜める。その次に映ったのは動画だった。

どうやらここはオフィスのような室内だ。先ほどのボスの画像もここで撮られたもののようだ。顔を腫らし動かなくなったボスを床に寝かせ、野島はオフィスのデスクや書棚から書類を引っ張り出しては床にバラ撒くと、懐から取り出したライターでそれに火を点けた。

衝撃的な映像に思わず俺は息を吞んだ。






「ボス、お疲れ様です。お待ちしていましたよ」

「野島ぁ……てめぇ!!!」


一高ヤンキーたちと北高ヤンキーたちとの大抗争の日からちょうど1週間後のことだった。

警察が踏み込んできた時点でボスが一早く逃亡し、そしてそれを追うように野島もひっそりと逃亡して以来の2人の再会だった。

ここは北竜会のオフィス。ここを拠点にボスは桃林区や影林市……むろんさらなる広範囲への実効支配を視野に入れ、違法合法問わず日々様々な業務に精を出してきたのだった。


「やはり、ここには顔を出すと思っていましたよ」


「……どういうつもりだ、野島ぁ! よくも今さらのこのこと俺の前に顔を出せたなぁ!」


ボスの表情は凄惨なものになっていた。自慢の白スーツも薄汚れ、オールバックの金髪も乱れていた。何よりその目は映る物すべてを憎むようにギロリと血走っていた。煌びやかな虚飾が剝がれかけていることは、そのまま北竜会のボスとしての地位が危うくなっていることの証だった。


「どういうつもりだ? それはこっちのセリフですよ。……ボスには世話になった。行く当てもなくフラフラとして暴力事件を何度も起こしかけていた俺をアンタが拾ってくれた。……だから、俺がアンタに引導を渡すんですよ」


「引導? 何ふざけたこと言ってる野島ぁ! たかだか一度、ガキ同士のケンカでイモ引いただけじゃねえかよ。俺さえいれば北竜会は再建できるに決まってるだろ? そんなこともわからないくらいボケちまったのかよ、お前は?」


ボスはあえて野島の見識の狭さを笑ったが、野島は首を振った。


「……もう俺の愛想が尽きちまったんですよ、ボス。……アンタ言ってたよな、俺たちがやっているのはあくまで合法の範囲内のシノギだと。ヤンキー高校生を野放しにせず北竜会に入れるのも、彼らの今後の未来、そしてこの街の治安までも考慮に入れての最善の選択だって。……もちろんヤクザの親分の綺麗事をそのまままともに信じるほど俺もバカじゃない。まあその時はそれでも良いかと思ったからアンタの茶番に付き合ってたんです。……でも俺気付いちまったんですよ。こんなことやってちゃダメだなって。俺の残りの人生がどれほどクソなものだろうと、ヤクザに手を貸すような人間をこのまま続けるよりはマシだろうって。あの少年と殴り合ってる時にふと気付いたんですよ」


野島がボスに一歩近付く。野島の表情は穏やかなものに見えたが、その目は覚悟を決めた者特有の異様な光に満ちていた。


「お、おい待て! 何をするつもりだ? ……わかったよ、もうお前のことは解放してやる! ウチのガキどもが警察に何を言っているかは知らねえが、別に今のところお前もサツに追われてるわけじゃねえだろ? このままどっかへ逃げおおせればそれでお互い万々歳じゃねえのかよ!?」


「いやぁ、だからもうそういう次元の問題じゃないんですよ……っていうことを話してたつもりだったんすけど、伝わんなかったすかね?」


野島は頭をポリポリと掻きながら、さらに野島に近付いた。


「おい、これ以上近付くな! 近付くといくらお前でも容赦しないぞ!」


ボスが懐に手を入れ何か武器を取り出そうとした瞬間、野島が一足飛びに飛び込み前蹴りを放つ。小柄なボスは身体ごと吹っ飛び頭を打ったようだった。


「……ボスはやっぱ自分が闘うのはとことん向いてないっすね。……ホントにやる気のやつはそんな脅しをかけてないで、何も言わずにぶっ放すもんなんすよ」


吹っ飛ばされてそのまま床に伸びたボスは、恨めし気に野島を見上げた。

次の瞬間、躊躇いもなく野島はその頭に右足を蹴り込むと、あっさりとボスは昏倒した。


「……ま、アンタをサツに受け渡すのは最低限の俺のタスクだ。それとは別に、この北竜会っていう器が丸々残っていたら、誰か別の人間がこの組織を利用しようとするかもしれない。再建の余地を少しでも減らしておくことが俺なりのケジメの付け方ってことで、ご容赦下さいな、ボス」


返事のないボスに向かってそう呟くと、野島は事務所のパソコンを起動しデータの全消去を行い、書類棚からぶちまけた書類に火を点けたのだった。




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