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第32話 野島の正体?

(……遅い?)


踏み込んできた野島のパンチに反応した俺だったが、予想に反して野島のジャブはまだ伸びてきていなかった。だが……

ビシッ!

一瞬気を抜いた瞬間、まだモーションにも入っていなかったはずの右ストレートを顔面にもらう。

俺は必死に一旦距離をとるための前蹴りを放つが、あっさりとサイドステップで避けられた。


(来る!……来ない?)


前蹴りの隙をついて追撃してくるかと思われたタイミングだったが、野島はそこでは手を出して来なかった。

野島の意図はわからないが、俺としては反撃の好機を逃すわけにはいかない。

俺の右側に回っていた野島に対しスイッチ(左右の構えを入れ替えること)して、左のストレートを放つ。スイッチしてパンチを放ってくるというのは初見では予想し辛い攻撃だろう……という希望に賭けた俺の攻撃だったが、あっさりと野島は頭を横に振るだけでパンチをかわした。


(くそ!)


明らかに野島は俺の攻撃を読んでいる。

しかも攻撃面ではリズムがすぐに変わる。来ると思ったタイミングではパンチを打って来ず、まだ来ないと思ったタイミングで打撃を当ててくる。厄介な攻撃だ。


(でも、それなら余計に行くしかない!)


攻撃を多少読まれているとしても、とにかく手数を多く出せば野島もそのすべてをさばき切るのは難しいだろう。一発でも打撃を当てることができればまた流れは変わるかもしれない。

俺は飛び込みながらワンツーを放った。まともには当たらなくとも、さらに左フックから右ストレート、さらには左の蹴りまでつなげるつもりだった。

野島がカウンターのパンチを放ってきたら、多少被弾してでも攻撃を続けるつもりだった。

肉を切らせて骨を断つ……などと言えるほどの段階にはない。とにかくまずは攻撃を当てることでリズムを作りたかったのだ。

だが、俺の目論見は最初の段階であっさりと崩れた。

最初のワンツーを打った際に野島は一気に俺の視界から消えたのだ。


ドン!!

次の瞬間腰の辺りに大きな衝撃を感じ、後ろに吹っ飛ばされてしたたかに尻餅をつく。

俺のワンツーにカウンターで両足タックルを合わされたのだった。


「ヘイヘイヘーイ!」「流石、野島さん!」「おら、もっと頑張れよヒョロガリ小僧!」


(くそ!!)


最初から俺の攻撃は完全に読まれていた。その上で野島は俺のリズムを外して攻撃を当て、覚悟を決めて打ち合いに行こうとしたタイミングでは、カウンターのタックルでテイクダウンを取ってきた。

多彩な技術と駆け引きで俺を完全に翻弄する野島。それはつまり野島の方が俺よりもMMAのレベルが高い、ということの証拠に他ならない。

拳が交錯したのは1分にも満たない時間だろうが、コイツが俺よりも数段上のレベルにいることは理解できた。ユースカップで対戦した選手たちよりもさらに強いことは間違いない。


(……だからどうした! まだまだだろ!)


師範も言っていた。強い者が必ず勝つわけではないと。不確定な要素があるから勝負をする意味があるのだと。


俺は尻餅を付きながらも、背中まで床に付けられる完全なテイクダウンは防いだ。

そして強引に右半身を捻り、やや半身になるような体勢を作り野島との距離を空けた。

正対して身体を押し付けてくる野島の身体を手で押し、尻で歩くようにして後方に下がってゆく。

俺の後方にあったのは廃工場の壁となっているコンクリートだ。コンクリの壁に背中を押し付け、そこを支点として野島を再び強く押し、右足を再度後ろに引き壁を蹴るようにして何とか立ち上がった。


「……やるじゃねえかよ、少年!」


感嘆の声を上げたのは野島本人だった。

立ち上がった俺が逆に脇を差した瞬間、野島は離れ再び距離を取って向き合う。

壁を使って立ち上がったり、テイクダウンの攻防をする、いわゆる壁レス(壁レスリング)の練習はしっかりしてきた。ユースカップはリングでの試合だったので壁レスはあまり生きなかったが、MMAにおいてこの練習は必須だ。

そして野島が俺の習熟度を理解したということは、野島もそれだけMMAの経験を積んだ者であるということの証拠に他ならない。


(良いぜ! ユースカップよりもレベルが高いんじゃねえか?)


俺がなぜここに来たのか?

梶ヶ谷君に強引に連れ出された。純粋に吉田たちを救いたかった。このピンチを招いた一因として俺にも責任が少しあるのではないかという気持ちがあった……もちろんそうした要因も嘘ではない。

でも多分俺の本当の欲望はそれだけではなかったのだと思う。

強いヤツと戦ってみたい。

格闘技経験者でヤバい組織の一員と目される野島という男の強さに興味があった。できればそんなヤツと一発やり合ってみたかった。練習のスパーリングとは違う本気の勝負を俺は求めていたのだと思う。


「野島! 遊びじゃねえんだぞ! とっとと勝負を決めろや!」


俺の高揚が伝わり、野島もニンマリと一呼吸ついていた瞬間だった。ボスの鋭い声が飛んできた。

俺が求めているのは好勝負なんかではない。自分に逆らうガキが一方的にぶちのめされることだ。そのために野島オマエを使っているのだ。……そんな苛立ちが伝わってくるかのような一言だった。


「うっせ~よ、ボケ。今良いところなくらい見てわかんねえのかよ? ……くだらねぇ邪魔なんかしたらアンタだろうとぶっ殺すぞ?」


だがそれに応えた野島の言葉は今までとはまるで異質なものだった。慇懃いんぎんな態度を今まで一切崩さなかったボスに対してこの言葉を吐いたのだ。

想像もしなかった事態に、当のボスと北高ヤンキーたちの空気は凍り付く。


「な、おい……野島ぁ! お前誰に対して言ってるか……」

「大丈夫だぜ、少年。存分にやろう」


野島は俺の目を見て微笑み、くいくいと手招きした。

そしてその言葉を聞いた瞬間、俺の中での仮説がつながった。


「あなた……師範の……森田紋次郎師範の弟子だった人ですよね?」


師範は『大丈夫』という言葉をよく使っていた。ちなみにも(本人がそのことに気付いているかはわからないが)よく使う。これは恐らく身近にいて口癖が移ったのだろう。

そして今野島の口から何気なくもれた言葉も、イントネーションが師範のそれとほとんど一緒だった。

前にすずが話していた、プロ志望だったがある時期を気にぱったりと来なくなってしまった練習生とは野島のことである。そうに違いない!


「ふ、なんだよ。……やっぱ世界は広いようで狭いもんなんだな、厄介なことに。……まあ昔のことは忘れちまったよ……。それよりもよ! そんな下らない話をしてる暇があるなら、俺たちはこっちで語り合うべきなんじゃねえかよ! なあ少年!」


野島は返事をする代わりに、一気に飛び込んで右のハイキックを放ってきた。




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