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第31話 保の怒り

(くそ! コイツらは正真正銘のクズだ!)


梶ヶ谷君から話を聞きある程度状況を想像してはいたが、実際の光景を目の前にすると俺の頭はその言葉で満たされてしまった。

なぜヤンキーという人種は、こんなにも下らないことに労力を捧げ貴重な時間を無駄にしてゆくのだろう? そうした自分勝手な欲求が周りにどれだけ迷惑を掛けているか理解していないのだろうか?


「おっと、どうした少年? イキってみた割には声が震えてんぞ? オマエみたいなシャバ僧が来るところじゃなかったかもなぁ……つっても今さら生きては帰れねえんだけどな!」


北高ボスの嘲笑の言葉を合図として北高ヤンキーたちがやんややんやと罵声を浴びせてくる。


(黙れよ、クソチビが!)


俺はこの場の支配者となっている北高ボスを見て思った。コイツは強くない。体格も身体の使い方も、どう見ても強くはない。なのにコイツがこの場を支配しているのは、純粋な戦闘力以外の要素によってそうなっている、ということだ。

ヤンキー社会……こいつらはどうも話を聞いているともうヤンキーと呼べるようなレベルではなく、さらなる裏社会とも呼ぶべき人種のようだが……の面倒臭さがすでに露骨に現れている。ケンカに勝ってもそれで無事解決となる可能性は低いだろう。

だが今はやるしかない。目の前の野島を倒し、吉田君を始め一高メンバーをここから解放する……それ以降の話はそれが達成できてからのことだ。


「わかりましたよ、ボス。俺がやりますって。……あ~、なんならタイマンでも2人同時でも良いぜ、お前ら」


野島が一歩前に出てに言い放った。

しかもその言い方はどこか優し気ですらあった。まるで北高のヤンキーたち全員と俺たちがケンカをするよりも、自分が相手になった方が俺たちの被害がそれだけ減る、と本気で思っているようだった。

今からやり合う相手に情けを掛けられている? ……こんな屈辱はないだろう!

俺はまた新たな怒りが湧いてくるのを感じた。


「よしじゃあ2人協力して……」

「大丈夫、ボクがやるよ」


梶ヶ谷君を制して俺が野島の前に立つ。もちろん恐怖もあったが怒りがそれを上回っていた。

なぜ関係のない俺がコイツらの揉め事に巻き込まれなければならないのか……そしてそれ以上に余裕綽々よゆうしゃくしゃくの態度を崩さない野島への闘志が強まっていた。


「ヒョロガリ、お前がやるんかい!」「おいおい、野島さんがせっかく2人で良いって言ってくれてるんだから厚意には甘えとけって!」「まあ2人でも一瞬で終わるんだけどな!」


北高ヤンキーたちからは嘲笑が飛んでくる。


「いや……しっかりバンテージまで巻いてきてハナからやる気だったみたいだ。見た目よりはやると思うぜ、この子は」


野島は対峙した俺の全身を値踏みするように見渡し、冷静に言い放った。

俺の両拳に巻かれたバンテージに気付いたのはこの人だけだった。しっかりと相手を観察するというのは格闘者にとってのクセみたいなものなのだろう。


「オッケー、少年。まあやってみっか」


笑いながら野島が両手を軽く上げて構え、それが試合開始の合図となった。




(……隙がない)


戦闘が始まる前は怒りに満ちていたが、周囲の雑音も消え俺はもう目の前の野島にだけ集中していた。

対峙した野島はリラックスしている様子だが、間合いの取り方、どんな攻撃にも対応できる姿勢、そして自信に満ちた表情……やはり梶ヶ谷君の言った通り強敵であることは疑いようもない。


(いや、行け。先手必勝だ!)


俺が野島のことを強敵だと思っているのに対し、野島は俺のことなどほとんど眼中にもないはずだ。ボスや北高のやつらの暇つぶしのための軽くデモンストレーションをやってやる……くらいの気持ちだろう。勝機は野島のエンジンが掛かり切っていない今しかない。


俺は一足飛びに飛び込み、ジャブ→右ストレート→左フックと3連続のパンチを繰り出した。


「……おっほ!」


牽制のジャブは届かず、右ストレートはダッキングでかわされたが、左フックは肩口あたりにヒットした。


(まだまだ!)


俺はさらに左足を踏み込み、必殺のテンカオ(組まない膝蹴り)を放った。ダッキングで低い姿勢となっている野島の顔面を狙ったテンカオだ。

膝蹴りはパンチよりもリーチが短く、接近戦となった時に有効な攻撃だ。下から突き上がってくるテンカオの軌道はパンチでガードを上げさせた後などに特に有効だ。

腹に当たってもダメージ確実だし、顔面やアゴに当たればどんな屈強な相手だろうと一撃でノックアウトの必殺の打撃だ。


だが……野島は俺のテンカオに反応した。

俺が軸足をさらに一歩踏み込んだ瞬間、ダッキングで低くなっていた姿勢をさらに下げ、俺の軸足の左足にタックルを仕掛けてきたのだ。


「……チ!」


必死で身体を前に倒し、掴まれた左足を後方に投げるように野島から遠ざけ何とかそのタックルを切る。俺のテンカオが野島の肩口をかすめていたことで、ややタックルの衝撃が逃げたことが幸いしたようだ。


「少年! ……やるじゃねえかよ、おい!」


元のニュートラルな体勢に戻った野島の表情が一変した。

今まではどこか眠たげで、面倒臭いがボスの手前仕方なく目の前の雑魚を倒すという表情だったのだが、爛々と目が輝き出した。

……そうだよ。良いぜ、その目だ!

俺だって、アンタが舐めて身を案じながら倒せるほどの相手じゃない。本気で来いよ!


「なあ……もしかして、お前か? ダンクラスのユースカップに出てた『FIGHTING KITTEN』の小僧ってのは?」


「! ……どこでそれを?」


まさかそんな話が出てくるとは思っておらず、不意に水を掛けられたように心臓がキュッとなる。


「まあなぁ……世界は広いようで狭いもんなんだ、厄介なことによ。……ってか良いのかよ? こんなところでケンカなんかして?」


「それは……アナタもですよね? アナタも格闘家なんじゃないですか?」


俺が野島に問い詰めたかったのはこのことだった。明らかな格闘技経験者が街の不良のケンカに参加している……それがどれだけ格闘技への冒涜か知った上での行動なのか、俺が対峙する前から野島に抱いていた憤りはそのことだ。


「おいおい、俺はもうとっくに辞めてるよ! こんなとこでケンカして問題になるのはお前の方だと思うけどなぁ?」


「……どこのジムだったんですか? タックルに来たってことはボクシングやキックじゃなくてMMAのジムだったってことですよね? 今のアナタがしていることをジムの人や昔の仲間は知っているんですか?」


俺はついそんなことを野島に口走っていた。

ユースカップで対戦した選手たち、対戦はしなかったが参加していた選手たちが、どれだけ真剣に格闘技に向き合っていたかを痛感していたからだと思う。野島のような存在を許したくなかった。


「ふ、まさか今さらそんなことで責められるとは思ってなかったぜ。しかも高校生のシャバ僧になぁ! 俺は…………わりぃ、やっぱ自己紹介はこっちでさせてもらうことにするわ!」


俺はまだまだ自分の正体を明かすほどの相手ではない……ってことかよ! ならアンタの全て、力ずくで全部こじ開けて見せてもらおうじゃねえかよ!




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