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第30話 到着

「なあ、お前ら誰か1人くらい海に沈めても良いんだぜ? いや、むしろお互いの今後のためにはそうした方が良いのかもなぁ~! ……なあ誰にする? お前ら自分たちで選べよ?」


声高らかに残忍な笑みを漏らしたのは、先ほどケンカが終了してからまた新たに到着した小柄な男だった。

高校生ヤンキーたちよりもかなり年上に見えるその男は、白いダブルのスーツに金髪のオールバックという派手な風貌、そして深夜だというのにサングラスをかけたままだった。

そしてその男の前で、顔面を腫らしコンクリートの床に座らせられているのは一高ヤンキーたちだ。下っ端のメンバーたちは既に逃亡し、捕まっているのは吉田や小比類巻などの主要メンバー5人だけだった。

派手な小男の狂気的な笑みに、流石の一高ヤンキーたちも顔を見合わせる。


「……会長、何もそこまでしなくても……」


それをたしなめたのが、さっきまで圧倒的な暴力を振るっていた野島だったのは皮肉なことだ。

ボスの手前苦笑しながらではあったが野島の目は笑っていなかった。これ以上の暴力を本人は振るいたくないとでも言うのだろうか。


「おう、普通はな! 普通はそこまでしねえよ! 跳ねっ返りのガキどもが突っかかってくる度にイチイチ沈めてちゃあ俺たちの商売は成り立たねえよな! ヤクザ稼業もコストを考えてやってかなくちゃあいけない時代だ。……でもなぁ、今回は別なんだよ。コイツらは調子に乗ってやり過ぎた。お前もわかってんだろ野島? ガキどものケンカごっこにお前みたいな本職が出て来ざるを得なかった。これがどういう意味かわかるよな?」


「……はい」


だがケンカでは無敵の強さを誇っていた野島も、ボスであるこの小男には逆らえないようだ。


「この一高のボケカスどもが二度と俺たち『北竜会』に盾突かないようにするためには、費用対効果を考えても1人くらい沈めておくのが教育としてベターだろうと。そう俺は計算したわけだよ。……なあ、俺間違ってっかな、野島?」


「いえ……ボスの計算はいつも的確です。だからこそ北竜会はここまで伸びてきたわけですし……」


ボスの正論を前には野島も従わざるを得ない。ボスの論は非常に滑らかなもので、どうもそれに異を唱えられるほどの人間が周囲にはいないようだ。それが彼をボスたらしめている一員なのかもしれない。


「だよなぁ! そういうことだ、一高のボケガキどもよ! ……え、待て待て。お前らまだ誰が沈むか決めてねえのかよ? 話し合う時間はあっただろ? 何でこの時間で決めておかねえんだよ? 段取りと効率の悪いバカが一番の害悪なんだよ!」


ボスはちょうど目の前にあった一高の番長、小比類巻の顔を力任せに蹴り上げる。


「……」


蹴られた小比類巻はがくりと頭を垂れる。もう彼らには抵抗する気力も体力も残されていないようだ。


その時だった。

ギィイ……

廃工場入口の鉄扉が軋む音が不自然なくらい大きく響いた。そしてそこに入って来たのは2人の少年(と1匹の黒猫)だった。


「なんだてめえ? 今は大事な大事な商談中だ。関係ない人間は悪いが出てってくれねえかなぁ?」


「……」「……」


ボスが笑いながら問いかけたが、2人の少年は返事もせず中に入り、静かにドアを閉めることによって帰る意志がないことを示した。


「梶ヶ谷! お前逃げろって言ったろ! ……保!?」


最初に気付いたのはやはり2人を一番見知った吉田だった。


「吉田君!」


腫れあがった顔面、ひざまずいた体勢……すぐに吉田の惨状を察知した梶ヶ谷が駆け寄ろうとするが、当然すぐに北高のヤンキーたちがそれを阻み2人を囲む。


「おいおい、何でこの状況で来ちまうかな~」「今さら2人ごとき来たって何の援軍にもなりゃしねえぞ!」


戦勝後の高揚、そしてボスの加虐的な雰囲気が伝染したかのようだ。北高ヤンキーたちも新たに出現した獲物をどう料理するか舌なめずりしながら臨戦態勢を取った。

だがそれを制したのは、この場の支配者である北高ボスだった。


「……おいおいおい!お前ら、せっかくこの状況で立ち向かおうとしている健気な2人のボケナスをフクロにしちまうってのは、あまりに趣味が悪いんじゃないかぁ? なあ、野島よ。タイマンでお前の強さ見せつけたってくれよ!」


「hooo!」「キタキタキタ!」「特等席で野島さんのファイトがじっくり見れるんすね!」


ボスの提案に北高ヤンキーたちが一気に沸くが、指名を受けた当の野島は気乗りのしない表情だった。


「おう、ボケナスども。お前らもこの多勢を相手にするよりその方が勝機あるだろ? どうする?」


ボスは2人の新たな闖入者……保と梶ヶ谷とに向かって問いかけた。

まあ普通に考えて20人近いこの人数相手に戦うよりも、1対1の戦いの方が勝率は高いだろう。だが保たちの目的は彼らを倒すことではなく、混乱に乗じて吉田や小比類巻を救出することにあった。

タイマン勝負となってしまえばその混乱の機会を生み出すことは却って難しくなるかもしれない。

そして何よりも野島という無敵の相手に勝てるのか?


「良いよな、野島? お前にはそれだけの高い給料を払ってるわけだし」

「……そうっすね。ボスがお望みとあらば」


野島はボスに向かって軽く微笑んだ。不承不承ながらも、こうして改めて立場を再確認させられては従わざるを得ない。


「良いから逃げろ! 梶ヶ谷、保!」


一瞬だけ安穏とした空気が流れた瞬間を狙い吉田が2人に叫んだ。

そして近くにいた北高ボスに向かって体当たりを仕掛けようとした。自分に注意を引き付け、その隙に2人に逃げさせようという意図だ。

だが……その特攻は周囲にいた北高ヤンキーたちに阻まれる。たちまち取り囲まれ、腹にパンチを浴び顔面に蹴りを受け、流石の吉田も呻き声を上げて固いコンクリートの地面に沈んでゆく。


「おーおーおー! 泣かせるねぇ、吉田君よぉ! 味方を助けるために自分が犠牲になる。ヤンキーの矜持ってのはこうじゃなくっちゃなあ! ……でもなぁ、もうそんなことが可能な状況じゃないんだわ! 周囲は完全に囲まれ、お前自身もボコボコにされて万全のパワーの半分も出せない……それくらいのことは理解しような! 豚ぁ!」


昏倒し、恐らく意識も虚ろであろう吉田の顔面をボスは再び蹴り上げた。


「……いい加減に、しろよ!!!」


ようやく声を発したのは……保だった。

震えるその声はこの場への恐怖のためではなく、怒りを抑えきれなくなったためだ。


「やるよ! タイマンでも何でもやってやるからクソみたいな真似はやめろってんだよ! クソヤンキーども! お前らみたいな社会のゴミが……」


啖呵たんかを切ろうとした保だったが、最後は詰まって言葉にならなかった。





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