「で……どうなったの?」
おおよその概要はもう見えていたが、俺は梶ヶ谷君に続きを促した。
「どうもこうもねえよ! その野島っていうヤツの出現で一気に形勢は逆転して、吉田君も小比類巻先輩もみんな捕まっちまったよ! でも俺は何とか隙を見て逃げてきた! ……っていうか、実際のところは俺みたいな雑魚が逃げても構わないって見逃されたんだろうな……」
昼間、高松君に聞いたキナ臭い噂を俺は思い出していた。
北高はヤバい。現役の高校生ヤンキーだけじゃなく、もっと上のヤバい半グレ組織が関わっていること、そしてその中に「めっちゃヤバい格闘技経験者が1人いる」という話。
恐らくは1人で戦況を逆転させた野島と呼ばれていたソイツのことだろう。梶ヶ谷君の戦況報告と一本の線で繋がってしまう。
「頼む保! 無理言ってるのは承知だ! 吉田君や先輩たちを助けられるのはお前しかないんだ! 助けてくれ! このままじゃ殺されちまうかもしれない!」
物騒な言葉を依然として使い続ける梶ヶ谷君を俺はなだめるつもりだった。
「いや、流石に殺しはないでしょ……ってか普通に警察行く話じゃないの? もう高校生ヤンキーのケンカとかいうレベルじゃないって……」
「いや、この辺じゃあ実際数年前にもケンカ沙汰で行方不明の人間が出てるんだよ。半グレ集団、ガチのヤクザ……ヤバい連中がこの辺りは多いから警察も迂闊な手出しは出来ない場合もある。……それに警察沙汰になれば色々とマズイことがバレるかもしれない。最悪俺たちもパクられる可能性が……」
「は? 何それ?」
梶ヶ谷君の言葉が自己弁護に向かった瞬間、俺は反射的に腹が立った。
流石にコイツらはあまりに自己中心的で自分勝手過ぎやしないか?
自分たちの行ってきた悪事を問われる可能性があるから警察には関わりたくない、でも自分たちのボスの安全は確保したい……そんなのあまりに虫が良すぎねえか?
そして俺にはもう一つハッキリさせておかなきゃならないポイントがある。
「……ねえ、この前ボクに「格闘技を教えてくれ」って言ってきたのも、もしかして今日のケンカのためだったってこと?」
俺が師範の許可も得ず吉田たちに稽古を付けたのは、コイツらの更生を信じ、少しでもそのきっかけになれば……と思ったからだ。他校とのケンカのために教えを乞うてきた、なんて知っていたら流石に俺も彼らを拒絶していただろう。
師範に申し訳が立たないし、俺自身の格闘技に対する気持ちを踏みにじられた気持ちだった。
そういえば吉田がだいぶ前……俺の試合出場が決まるよりも前に「北高とのデカいヤマがあるかもしれない」と言ってケンカのスカウトに来たこともあった。
……クソ! やはりコイツらはどこまで行ってもクソヤンキーという最低の人間たちだ! とっととコイツらとは縁を切っておくべきだったのだ!
「違うんだ保! ……いや、違わねえけど……。でも! 俺たちはこのヤマを最後にヤンキー抜けるつもりだったんだ! 吉田君がウチの一高のボスにそれで話を付けてくれていたんだ! ……でも「このヤマだけは戦力的にどうしても必要だから参加しろ。それが足抜けを許す条件だ」っていうことになってだな……」
「……ああ、ほんっとに、もう!」
再度イラ立ちの声が出た。
梶ヶ谷君の言うことを本当に信用して良いのかわからない。ヤンキーたちの言うことは話半分くらいで聞いておくべきだという気もする。だが実際に言う通りなのかもしれない。ヤンキーたちの面倒臭い社会性を俺も少しは理解せざるを得なくなっていたからだ。
吉田たちを助けに行くしかなかった。
行っても何の意味もないかもしれないが、今さら知らんぷりをして帰って布団に包まるなら、なぜ梶ヶ谷君の呼び出しに応じてここまで来たのだろうか? ということになる。
「……保! すまん! 恩に着る!」
俺が歩を進め、梶ヶ谷君が深々と頭を下げたその時だった。足元に何かがぶつかった気がした。
「……どうした小僧? こんな夜更けにお散歩とは風情があるのう」
やまとだった。その声はどこか悪戯っぽい響きを帯びているように聞こえた。まあここは花田神社。コイツの家みたいなものだから現れてもおかしくはない。
「保、どうした?」
やまとの声は俺の脳内に直接聞こえるものなので、梶ヶ谷君には聞こえてないようだ。
「って猫かよ! 可愛いけど! 今はそんな場合じゃねえだろ? なあ、保!」
俺の足元に擦りつくやまとを見て梶ヶ谷君が悲鳴に近い声を上げる。
「……梶ヶ谷君。悪いけどちょっと待ってて。すぐ行くから」
俺は梶ヶ谷君に頭を下げた。やまとが何の意味もなくこのタイミングで俺の前に現れるとは思えなかったからだ。恐らく俺たちの話を盗み聞いていたのだろう。コイツはたしか盗みの神様だったはずだ。
「ふん、それには及ばんぞ。小僧。ワシも同行してやろうというのだ。……それにホレ
「さらし? ああバンテージね」
やまとが咥えていたのは白いバンテージだった。拳を守るために巻く包帯のような長い布だ。
「っておい、猫連れてくつもりかよ! 遊びじゃねえんだぞ!」
やまとはいつの間にか俺の肩によじ登ってきていた。
「良いから! 急いだほうが良いんでしょ?」
「……ったく、その猫もどうなっても知らねえぞ!」
花田神社の麓に置いてあった梶ヶ谷君のスクーターに2人乗り(+1匹)し、ケンカの舞台となった北高近くの工場地帯へと俺たちは急行した。
スクーターの後ろで運転する梶ヶ谷君の腰を掴みながら、いつの間にか俺のパーカーのフードに潜り込んだやまとの体温を感じる。
深夜だし事が事だけに誰にも頼れないと思っていたが……俺たちにも一応ささやかな味方はいるようだ。