結局、練習を休んだのは3日間だけだった。
「本当はもっとしっかり休んだ方がいいんだけどね。……まあ保君にモチベーションがあるのにわざわざ邪魔するのももったいないか」
師範も苦笑しながら復帰を許してくれた。
休んだのは3日だけだったが俺としては1ヶ月くらい休んだような感覚で、練習にはとても新鮮な気持ちで復帰することができた。いつもの何でもない基礎練習が楽しくて仕方なく感じられたのは、それだけ俺に格闘技が染み付いてしまったことの証明かもしれない。
そしていつの間にか冬休みも終わり、3学期が始まった。
何人かは俺が試合を行ったことを覚えており興味を持って尋ねてきたが、多くのクラスメイトにとってはそこまで重要な関心事でもなさそうだった。まあ人の興味なんてものは移ろいやすいものだ。
それよりも俺が気になったのは、始業式の日に吉田たちの姿を見かけなかったことだ。
会えたら俺も練習に復帰していること、そして「そろそろジムに入会して格闘技始めようよ!」ということを伝えようと思っていたのだが、どうも今日は登校すらしてきていない様子だった。
「あ、すずちゃん。今日、吉田たちって学校で見かけてない?」
下校時、廊下ですずに会った。ヤンキー軍団の内の1人がすずと同じクラスなので、一応確認のために声を掛けたのだった。
「……何? そんなに彼らのことが気になるわけ?」
(あれ?)
振り向いたすずの顔がとても不機嫌というか、険しいものだったことに俺は驚く。
「あ、や、一応、その知ってるかな、と思って……ほら1人クラス同じ子がいるからさ」
「来ていないけれど? 何? 彼らはヤンキーなんだから始業式の日くらいサボってもさして驚くには値しないと思うけれど? むしろ彼らヤンキーにとっては学校をサボることの方が本分なのでは?」
やはり、すずの口調は驚くほど険があった。……あれ、俺、何かしたか? それともすずはそんなにヤツらのことが嫌いだったっけ?
「……保君もずいぶんと優しいのね、彼らみたいな落ちこぼれにそこまで関心を持つなんて。私が送ったメールは3日も4日も無視するくせにね」
その言葉で試合後のすずからのメールに返信していないことを思い出した。一気に顔から血の気が引くのがわかる。どうりで俺がジムに復帰してからもほとんど接触がなかったのだ。
「あ、や、違うんだって! ほら大事なメールだからなんて返したら良いか迷ってるうちにさ……っていうか、やっぱり大事なことはちゃんと直接会って言葉にした方が良いのかな、って思ってさ!」
「ふ~ん」
すずがジト目で俺のことを見つめている。
「……ま、別に私はキミがちゃんとジムに復帰して練習してくれてるだけで充分だけどね。でも意外と自分でも気付かない内に無理しちゃってる場合も多いから、しっかり休むことも大事ってことを伝えたかっただけだから! じゃあね!」
「あ、え、ありがとう! ……あ、また夜ジムで!」
背中を向けて去ってゆくすずに声を掛けると、彼女は振り向かずに手だけ上げて応えた。
……なんか、やたらイケメンな仕草だな。女子だけど。
夜ジムに行くと平本さんも来ていた。大抵金曜日は「大事な飲み会がある」と言ってジムに来ないのだが(今日は金曜日だった)珍しい。
応援に来てくれたお礼のついでにそのことを尋ねると「保君の試合を見て刺激を受けた。俺もおじさんだからって強くなることを諦めたわけじゃない。まだまだ自分にやれることがあるんだと思って気合が入った」と言ってくれた。
おかげで柔術のスパーリングでは前以上にボコボコにされた。……ったく、少しは手加減してくれよ、と言いたい気分だった。
(やっぱ練習は良いよなぁ。毎日こうあるべきだよ、ホント……)
ジムのクラスが終わってから補強の筋トレをして、さらに師範にミットを持ってもらって打撃の練習もした。3日間だけとはいえ休んでいた時に比べると充実感が半端ない。……もちろん疲労感も半端ない。明日は土曜で学校が休みで良かった。
布団に入った瞬間に猛烈な眠気が襲ってきて、充実感と疲労感で眠りに就けることの幸せを感じた。
ピンピロピンピロピン! ピンピロピンピロピン!
(……は? ……着信? 誰だよ! ってか何時だと思ってんだよ!?)
夜中、鳴り止まないスマホの着信で強制的に目覚めさせられて俺は混乱していた。
そもそも俺は誰かから連絡が入ることもほとんどないし、あったとしても大抵はメールなどのメッセージアプリでの連絡だ。
発光を続けるスマホを見ると時刻は午前3時を回ったところだった。
……どこの誰だか知らないが非常識なヤツだな……と寝ぼけ眼のままスマホを持ち着信を切る。
どうせいたずら電話に決まっているが、こうしたことを想定してマナーモードにしておかなかったのは俺のミスかもしれない……とやや反省したところで、見覚えのない相手からメールが大量に届いていることに気付いた。
「保か? 連絡くれ!」
「夜中にマジですまん! 吉田君がヤバいんだ!」
「助けてくれ! 吉田君を助けられるのは保だけなんだ!」
「北高のヤツらに吉田君が捕まった。ってか逃げられたのは俺だけみたいなんだ! このままじゃみんな殺されちまう」
「頼む保、返事してくれ!」
今まで見たこともない物騒な文面の連続に、俺の眠気も一気に吹き飛んだ。