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第26話 熱血指導?

昨日の試合の敗戦を悔やんでいたばかりの俺だったが、ショッピングモールで高松君と偶然会ったことで気持ちはかなり晴れた。

負けたとはいえ試合に向けて俺は努力を尽くしていた。それは間違いない。負けたことでその事実までも疑う必要はない。俺の努力は俺自身がきちんと評価してやるべきだろう。


(……まあ、またやってくしかないよな)


敗戦直後は格闘技なんて辞めるべきなんじゃないか……と一瞬だけ思ったが、俺に才能があるのかないのかも判断できない段階で辞めてしまうのはもったいないという他ないだろう。今は少しだけ休んでまた練習を頑張る、当たり前だがそれしかない。


そんな気持ちになりかけていた時のことだった。後ろから肩を叩かれて振り返って驚いた。


「……よう、保」


吉田たちヤンキー軍団が勢揃いしていたのだった。


「吉田君! それにみんなも! ……あ、昨日はありがとうね、わざわざ応援に来てくれて。本当に嬉しかったよ」


俺は彼らに頭を下げる。

試合後はバタバタしていた彼らとも会場では会えなかったのだが、こうして翌日に会って直接お礼を言うことができて俺は本心から嬉しかった。

俺が格闘技をやっているということが広まると、クラスメイトたちは好奇心と面白半分に応援の声をかけてきたが、会場まで応援に来てくれたのは吉田たちだけだ。

もちろんイジメられていた当時はヤツらのことを憎いと思っていたが、あの時のイジメがなければ俺が格闘技を始めることもなかったわけだ。運命の巡り合わせとは不思議なものだ。

そんな気持ちも含めて彼らには感謝しかなかった。


「……その、残念だったな。2回戦負けちまって。でもよ、マジでカッコ良かったぜ。リング上で真剣に戦ってる保を見て、俺ら魂が震えたよ。マジで。なあ?」

「マジそれっす」「もう二度と保のことからかえないっす」「負けちまったけど、俺は2回戦の方に感動したっす」


吉田が促すと配下のヤンキーたちも神妙に頷く。


「……そっか。ありがとう……」


その表情を見ているとまた泣きそうになってしまう。負けたけど本当に頑張って良かったな、と思えた。


「それによ、保がさっき会ってたアイツ、1回戦の相手。先輩たちと話してるうちに思い出したぜ。中学の時は相当なワルで俺らの方にも噂が流れてきてたわ! そんなヤツに何もさせずに完勝だったもんな」


「あ、さっき高松君と会ってたの見てたんだ……」


やはりヤンキーの世界というのも狭いものだ。どこかで彼らは必ず繋がっているようだ。


「ああ、いや別に盗み聞きするつもりはなかったんだけどよ……もしかしてアイツは保に負けてこっちの世界に戻ってくるんじゃないかって、ちょっと思ってな。……声掛けらんなかったわ」


「いや、それなら大丈夫だよ。高松君は今後もMMAちゃんと続けるって。リベンジ宣言までされちゃったよ」


もちろん本当の意味では今後どうなるかなんて誰もわからないけど、さっきの高松君の言葉は本心だったと思う。高松君もヤンキー同士の抗争の世界なんかに未練はないだろう。


「なあ、保。……今日は練習しねえのか?」


「練習? ……そうだね。どんな選手でも試合後は休むものだって、師範からも『今週はジム来るの禁止だ』って言われちゃったよ」


「そうか……あのよ、ヒマだったら格闘技、ちょっと俺らに教えてくれよ」


どうもさっきからヤンキーらしくない歯切れの悪い言葉と、大人しさに違和感を覚えていたのだが……どうやらそういった意図があって吉田は俺に声を掛けてきたというようだ。


「……うん、良いよ! せっかくだから花田神社に行こっか?」


一瞬迷ったが彼らの格闘技への熱が上がってきていることは明らかだった。恩返しというほどでもないけど、俺も何か彼らのためにできることがあるのなら、してあげたいと思った。




「変わんねえな、ここも」


以前はここをたまり場にしていた吉田たちだったが、最近は来ていないという口ぶりだった。

そのことを尋ねてみると、俺と吉田との決戦以降彼らも何となく心理的に来づらくなった、と話してくれた。

俺は階段ダッシュなどで未だに毎日のようにここに来る。夏も冬もこの頂上から見下ろす桃林区の光景は悪くない。


「じゃあ、ちょっとやってみようか。下が土の地面だから流石に寝技の練習ってわけにはいかないけどね」


しばらくは格闘技のことは忘れて過ごす、という意味で師範が「しばらくジムに来るのは禁止」と言っていたのならばそれに背くことになるが、まあ仕方ない。せっかく吉田たちのモチベーションが高まっている時にそれを無下にするようなことはできない。


「ああ、やっぱ打撃だよな! 寝技とかは正直全然分かんなかったけどよ、パンチの速さも蹴りの速さも試合とケンカとじゃ全然違うってのは見ててわかったぜ!」


「ああ、まあねぇ、経験者はやっぱりディフェンスが上手いんだよ。簡単には打撃は当たらない。だから対峙してみるとフェイントとか間合いの駆け引きがすごく多いんだよね……。あ、まあとりあえず今日は基本的なことを練習してみようか」


「うっす」「っしゃ」「頼むぜ保センセイ!」




それから小1時間ほど基礎的なパンチやキックの練習をヤンキー軍団たちとした。


「そうそう、良いね!」

「腰の回転を使えるともっと強い打撃が打てるよ! これはパンチもキックも同じだね」

「打ったらすぐに元の構えに戻る、これは基本だよ! 打ち終わりが一番隙がある状態だから戻さないと相手の反撃をもらっちゃうよ!」


俺は今まで師範やジムのベテラン会員の人たちに教わる方ばかりだったが、こうして教える立場に立つことで気付くことが沢山ある。教わった技術を誰かに伝える過程で噛み砕いて整理することで、より知識や技術を正確に理解できるのかもしれない。


基本的なフォームの確認から始まり、ミットを受けて、肩タッチ(ボクシンググローブを付けて相手の肩を触ったらポイントが入るというゲーム。間合いや駆け引きの感覚を養うのにとても良い)などの練習を行った。


「てめぇ、今肩に当たってたろ!」「は? 当たってねえよ! ちゃんと見とけボケ!」


ヤンキー同士も白熱し真剣に練習していた。

元々彼らは運動神経も思い切りも良い。ケンカ慣れしているから度胸も自信もある。何のバックボーンもない人間に比べればやはり格闘技に向いているのは間違いないだろう。


「ちょ、ちょ、吉田君! 一回タンマ、タンマ!」


俺は吉田のパンチをミットで受けながら悲鳴を上げた。

その中でもやはり吉田はモノが違う。何よりも体重100キロの体格は圧倒的な才能だし、それでいて柔道経験者らしく足腰も強くスタミナもある。パンチも少しアドバイスしただけで一気に良くなった。


(……にしても吉田に良く勝ったな、俺)


今もう一度吉田とガチでやり合うなんてことは絶対にやりたくない。っていうか、40キロの体重差がある人間とガチでやり合ったなんて思い出しただけで恐ろしくなる。もちろん俺に知識や経験が増したがゆえに、恐くなっている部分もあるのかもしれないが。




「いやぁ、みんなマジで才能あると思うよ」


小1時間軽く技術を教えるだけのつもりだったが、ヤンキー軍団たちの意外なほどの熱量で2時間以上も練習をしてしまった。冬なのに俺も含めて皆汗だくだ。


「みんなジムに入門して格闘技ちゃんとやろうよ!」


「……良いのかよ、俺らみたいな不良が入っても?」


ヤンキーの1人が意外そうな顔をして尋ねてきたことで、俺は少し自分が調子に乗っていたことを反省した。ジムに入るのを許可するのは俺じゃなくオーナーである師範だ。師範が彼らをどう見るかはわからない。


「うーん……正直言うとウチの師範はヤンキーのことがあまり好きじゃないかもしれない……」


すずがかつて話してくれた、師範が目を掛けて熱心に指導していたがいつの間にかフェードアウトしてしまったプロ志望の練習生のことを思い出した。


「でも! ちゃんと誠意を持ってやる気があることを伝えれば、師範は応えてくれる人だよ。それは間違いない。……ね、一回ジム来て師範に会ってみなよ。ボクからもみんなのこと紹介するし」


ヤンキー軍団が、ボスである吉田の顔色を伺っているのが何となく見て取れた。

それに応えるように今までやや静かだった吉田がポツリと口を開く。


「……やっぱ、そうだよな……いつまでも不良同士街でケンカばっかりしてても仕方ないもんな。保の試合を見て俺もちょっと心動かされたぜ」


吉田の言葉にヤンキーたち全員が喜色を浮かべる。


「ちょっとまあ、すぐってわけにはいかないけどよ、その時はよろしく頼むわ、保」


「本当? 絶対約束だよ! ……あ、ジムに入ったら僕の方が先輩になるんだからね。ちゃんと先輩として敬うんだよ?」


「は? んだよ、それ!」「うるせーよ、保のくせに生意気だぞ!」「あんま調子乗んなよ、保のくせに」




冬の日暮れは早い。

あっという間に暗くなり、吉田たちヤンキー軍団も帰っていった。


「なんじゃ、小僧。来ておったのか」


不意に低い厳めしい声が響いたかと思うと、俺の足元には黒いモフモフの毛玉がくっついていた。

この神社の氏神様やまとだ。薄暮の闇に紛れての黒猫の接近は感知が難しい。


「……ごめん、やまと。大会負けちゃった……」


久しぶりにやまとの滑らかな黒毛を堪能しつつ俺は囁いた。


「負けた? ふん、そんなことを思い煩っておったのか、下らぬ。勝負の場面を作った時点でそれは一か八かの賭けとなってしまう。本当の勝者は勝負の場にすら立たぬまま勝っておるものよ、ワシのようにな」


「そりゃあ……やまとのような泥棒神様みたいなことボクは出来ないよ~だ!」


「ふん。まあ良い…。小僧にとってそれが大事なのならば存分にやれば良い。どうせ100年に満たぬ命なのだろう? お前たち人間は。自分の命をどう用いるのも自由だ。好きにすれば良い」


どれだけ偉そうにもっともらしいことを語っても、やまとの本性はやっぱり単なる猫なのではないだろうか? 撫でているうちに足元にすり寄り、アゴを撫でると実に気持ち良さそうに目を細め、挙句へそ天まで披露するやまとを見ているとそんなことを思った。


試合に負けた翌日、一日が始まった時は絶望的な気持ちだったが、高松君や吉田たちに会うことでかなり救われた(一応やまととのスキンシップも含めてあげよう!)。俺自身がまたすぐに練習したいというモチベーションを引き出された。

気持ちなんてものは、外に出て人に会うことでしか切り替えられない部分があるのだと痛感した。あのまま家で1人悶々としていたら塞ぎ込むばかりだっただろう。




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