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第25話 早すぎる再会

(……ねっむ……でも起きなきゃ……とりあえず飯食って、ストレッチして、階段ダッシュして……)


冬の朝は暗く寒く、人間の活動を拒むような厳しさに満ちている。

だがアラームが鳴れば俺は無理矢理にでも起床して、毎日のルーティンをこなすことが染み付いていた。良いとか悪いとか、やりたいとかやりたくないとか、そういうことじゃない。ただ目前のやるべきことをやる、というだけのことだ。


「……あ、そっか。試合終わったんだったわ」


ストレッチをしている途中でふと俺は思い出し、声に出していた。

昨日、これまでの集大成とも言えるダンクラスユースカップが終わり、俺は2回戦で敗退したのだった。

師範は「試合の後はプロでも休みを取るものだ。とりあえず今週はジムに来るのは禁止だ!」と言っていた。もちろん自主トレまで禁止とは言っていなかったから、別に俺の好きにすれば良いに決まっている。

でも、師範の言う通り休みの期間をきちんと取るのも精神的なリフレッシュのために必要なことだろう。

残り少なくなってきたとはいえ今週はまだ冬休みの期間だ。俺はもう一度ベッドに自分を投入した。


「はぁ、お布団最高~」


時間も気にせず二度寝できる幸せを俺は噛みしめた。




(……寝すぎた……)


もう一度起床すると時刻は正午を回っていた。流石に空腹を感じたので、リビングに下りて飯を食う。

全身が筋肉痛で階段を上下するのも難儀したし、頭も腹も打撃を受けた痛みが残っていたが、それ以上の気持ち悪さは特に感じなかった。


(……さてと、何すれば良いんだ?)


食事を終えて部屋に戻っても何をしたら良いのかわからなかった。冬休みの宿題はもう済ませてしまっていたし、動画サイトを開いたら結局格闘技関連の動画を見てしまいそうな気がした。

まあもう一度ベッドに入り三度寝をかましても誰も文句は言わないだろうが、流石にそれは時間を無駄にしているだけのような気がした。

何も思い付かないまま、服を着替えとりあえず俺は外に出ることにした。


(……あれ? 俺、友達いないんだっけ?)


普通の高校生は暇な時があれば、友達と連絡を取り一緒に遊んだりするものだろう。

俺も東京の中学の時は多少そうした友達もいた。だが親の転勤に伴い引っ越しこの桃林第一高校に入学して以降は、そうした親密な友達というのは1人もいなかった。

吉田たちに絡まれていた頃は、周囲の一般生徒たちも何となく俺とは意識的に距離を置いているようだった。

吉田とのタイマンに勝ち、周囲に格闘技をやっていることを公言し始めてからは周囲の生徒たちの接し方も変わってきたが、俺は試合に向けて集中し遊んでいる場合ではなくなってしまった。

……まあ良い。普通の高校生が経験するような遊びよりも、MMAの方が100倍面白いことは間違いないからだ。


(……おい! こっちはジムだろ!)


目的地も決めないまま家を出てボーっと歩いていると、足はいつの間にか我がジム『FIGHTING KITTEN』に向かっていた。

慌てて方向転換し、とりあえず街の中心部であるショッピングモールの方に向かうことにする。


(……ショッピングモールだけだよな、この街で賑わってるのって)


桃林区は元々山を切り開いて造られたニュータウンというやつらしい。俺の住む家の付近にも住宅は多いし、田舎では全然ないのだが、少し車で行けばもう完全に山の中……という地域だ。

街の中心部には巨大なショッピングモールがあり、桃林区のすべてはここに集中していると言っても過言ではない。

ここに引っ越して来る前、東京にいた俺にとってはこうした街の在り方が新鮮でもあり、どこか不自然にも思えた。もちろん最近はだいぶ慣れてきたが。


(うっわ、ヤバそうなヤンキーがいる……)


ショッピングモールをぶらぶら歩いていると3人組のヤンキーが目に入った。特に真ん中にいる1人が明らかにヤバいオーラを放っていた。

真っ白に近いほど脱色された金髪、目に映る世界すべてを憎むような鋭い目付き……。最近はヤンキーにも慣れその姿は見飽きたほどだったが、ソイツは遠目から見てもヤバい雰囲気をプンプン放っていた。

目が合わないように顔を伏せ人混みの中に自分を埋没させる。ヤンキーに絡まれたくない、という気持ちは格闘技を始めてからも何ら変わりはない。


「あっれ~、田村君やん!」


ソイツからまさか俺の名前が出てくる思っておらず心臓が飛び上がる。

だが……その顔と声には見覚えがあった。


「……もしかして、高松君?」


「ちょ、もしかしてはナイやろ! 昨日あんだけ俺のことどつき回したクセに!」


昨日のユースカップ1回戦で対戦した高松洋二君だった。高松君がツレであろう隣のヤンキー2人に俺のことを紹介する。


「昨日試合で俺のことをKOした田村君や。シャバく見えるかもしれんけど、俺はボッコボコにやられたからな。お前らも舐めとったらワンパンでやられんで!」

「……マジかよ」「見えねえ~、洋二がボコボコにされたん?」


ヤンキー2人の見る目が畏敬の混じったものであることに俺はどうしようもなく戸惑う。初対面の誰かからこんな風に見られるのはとても落ち着かない。


「あ、でも、あの後2回戦ですぐ負けちゃったんだ……ごめん」


高松君が「俺に勝ったんやから、次も勝たなアカンで!」と去り際に言ってくれたことを思い出した。


「ははは、何で謝るん? そんなん勝負やからしゃあないやろ。ってか俺も試合見とったに決まっとるやん! 田村君に勝った大兼って子も準決勝で負けてもうたからなぁ……。まあMMAってのは難しいよなぁ」


「そうだねぇ……」


格闘技のことは一旦忘れようと思っていたのに、まさかの高松君との再会で俺の方もしんみりしてしまう。とりあえず少し話題を変えてみることにした。


「高松君は高校どこなの? ボクは一高なんだけど……」


「ああ、俺は北高や。マジでヤンキーばっかで嫌んなるわ!」


「いや、高松君が一番ヤバそうに見えるけど……」


高松君に対してずっと思っていたことなのでつい本音が漏れてしまった。


「はぁ? なんでや! どう見ても俺は真面目な良い子ちゃんやろ! ケンカなんかしたことないっちゅうねん!」

「アホ! 誰が良い子ちゃんや!」「どう見てもバリバリのクソヤンキーやろ!」


隣にいた2人が小気味良くツッコんだので俺も思わず笑ってしまった。


「あ、田村君。勘違いせんといてな。まあ俺もたしかにヤンキーやったけどな……マジでもうケンカはやらへん。これからは真面目に格闘技やるってのはホントや。ケンカも最初はおもろかったけどな……キリがないし、いずれ捕まってしまう。殴り合うのはリングの中で充分や」


高松君が少しトーンを落とした。俺もそれに神妙にうなずく。

試合開始前は態度も悪くラフな部分もあったが、試合中にやりあった感じから高松君が真面目に格闘技に向き合おうとしていることは充分伝わってきた。芯の部分の真面目さや熱さをとても感じた。

ところで北高といえば……だいぶ前に吉田が「北高との大規模なケンカが近い」みたいなことを言っていた気がするが大丈夫だろうか? いやでもそれを吉田が言ってたのってだいぶ前だよな? もう終わっているのだろうか? ふとそんなことを思い出してしまった。


「まあでもこの辺本当にヤンキーの人たち多いよねぇ……」


「……あのな、田村君。高校生のヤンキー同士のケンカはまあまだ良いんよ。いや良くはないで! 何の意味もない迷惑極まりないアホやとは思うけどな、まあ当人同士が好きでやっとる分には仕方ない。……でもな、こんだけヤンキーが多ければ必ず組織がある。ヤンキーたちを利用して悪どいことをして、威張り散らかして金を稼ぐ本物の悪党が大抵背後にいるんや」


「は~、そういうものなのか……」


ヤンキー事情に詳しくない俺には覗きたくもない恐ろしい話に聞こえた。ヤンキーたちも好き勝手暴れているわけにもいかず、上からの命令に従わなきゃいけないなんて……まるで軍隊だな。


北高ウチなんかはそれが露骨でな、高校生ヤンキーの集まりにOBの半グレみたいのが顔を出すらしいねん。で、胸糞悪いのがな、その内の1人にめっちゃヤバいヤツがおって、どうもソイツが格闘技経験者らしいねん」


「え……」


格闘技経験者、という言葉に俺もドキリとする。やはり格闘技を暴力として用いるような人間には俺も強い拒否感を覚える。


「まあ、俺らみたいに真面目に格闘技をやってる人間がソイツと関わることはないやろうけどな……田村君なんかは見た目シャバいお坊ちゃまなんやから気いつけぇや? ってボコボコにされるのは舐めて絡んでったアホヤンキーなんやけどな!」


高松君がセルフツッコミを入れて1人笑っていた。

こうして話してみると高松君はずいぶんと明るくて面白い人だ。過剰にヤンキーっぽい見た目で損をしてしまうことも多いのではないだろうか? と余計な心配までしてしまった。


「……おい、洋二。そろそろ行こうぜ。お前が目立つからこっちのヤンキーたちが集まってきちゃってるぜ」


ツレの1人が高松君のダボダボのパーカーの袖を引いた。

たしかに高松君の風貌は嫌というほど目立つし、大声でしゃべっているから余計だ。今日のショッピングモールには元々たむろしていた一高のヤンキーたちも多かったはずだ。余計なトラブルを避けるためにこの場を離れるのは正解だろう。


「……ち、人気者は辛いなぁ。まあええ。田村君と会えて良かったわ、ありがとう」


「うん、こちらこそ。今度練習一緒にしようよ!」


俺の方から自然と右手を差し出し握手を求めたが、一緒に練習するという俺の案に高松君は頷かず、ビシッと俺の顔を指差した。


「アホ、俺は来年のユースカップで田村君にリベンジするんやからな! 覚えとけよ!」


俺みたいな陰キャと超ヤンキーの高松君、傍からは接点のない真逆の2人に見えるだろう。

しかも昨日が初対面だ。なのにずっと前からの友人だったような気持ちを俺はすでに高松君に抱いていた。

格闘技の持つ不思議な魔力としか言いようがなかった。




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