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第21話 自分の押し付け合い

「……アイツ。1回戦でTKO勝利した1年らしいぞ」

「見えねえ~! どう見ても強そうには見えないけどなwww」


控室に戻ると何となく注目されて噂されているような気がした。しかし俺に視線を向けてくるどの選手も俺より遥かに強そうに見えて、注目されるのが気恥ずかしかった。

そんな気配を何となく察したのだろう。師範がフォローしてくれた。


「1回戦でKO勝ちしたのは今のところ保君だけみたいだからね、これも勝ち上がった者の宿命ってやつだ。……おっと、それよりも今は次の対戦相手だ。この試合の勝者が保君の2回戦の相手だからな」


1回戦最後の試合が始まろうとしていた。師範に促されリング上に注目する。




「これは……あっちの赤コーナーの選手で決まりみたいですね……」

「ああ、そうだな。えっと……大兼隼人おおかねはやと君か。完全なレスラーだな」


未だ試合は続いていたが最後まで見ずとも彼、大兼隼人君の勝利は明らかだった。

身長は170センチに満たないが、他の選手に比べ明らかにマッチョで身体が出来上がっているのが遠目にもわかる。

身体が出来上がっている……というのは曖昧な表現に思えるかもしれない。俺も始めは「何だよそれ? 身体に完成も未完成もあるかよ!」と思っていたものだ。

だが実際にMMAを体験し、映像でプロの試合を頻繁に見るようになった今ではその言葉の意味がよくわかる。

ざっくり言えば「その階級における最適な身体ができているか……適切な筋肉が付き無駄な脂肪が落とされているか」ということになる。


そういう意味で大兼君の身体は完全に出来上がっていた。

ユースカップは高校生の大会だから身体が出来上がっているとは言えない選手も結構いるのだが(むろん俺も出来上がっているとはほど遠いのだが)、大兼君の身体は見るからに強そうだった。そして実際に試合内容を見ても一回戦では相手を圧倒していた。


「……大兼隼人君、中学の時はレスリングのフリースタイルで全国大会まで行っているみたいよ」


すずがスマホで調べるとそんな情報も出てきた。

試合は予想通り大兼君が一方的な展開で判定勝利を収めた。




「う~ん、あんな相手とやんなくちゃいけないんですねぇ……」


明らかに自分より強い相手と戦わなければならないことに俺も思わず本音が漏れる。


「まあ強い相手だとは思うけどね、勝負に絶対はない。勝つ可能性は充分あるぞ、保君!」


「そうね……2人の能力値を比べると大体こんな感じかしらね」


田村保……スピード53 パワー41 打撃50 スタミナ55 寝技35 レスリング42

大兼隼人……スピード51 パワー62 打撃40 スタミナ65 寝技40 レスリング70


すずが提示してきた能力値は上記の通りだった。


「……全然向こうの方が強いじゃん」


明らかな差に俺も笑ってしまった。しかしまあ、すずが手心を加えて能力値を実際よりも俺に有利に伝えたりしないことがわかり、ある意味では安心できた。


「保君、すずの見立ては大体正確だと思う。でもね、勝負はやってみなくちゃわからない。10回やって9回負けるとしても、次の試合で残りの1回を引いて勝利することは充分あるんだ。……それに「不利だ」「絶対勝てない」と言われてきた選手が、逆転で勝利を収める場面をおじさんは沢山目撃してきた。強い方が絶対勝つと決まっていたら面白くないし勝負をする必要すらない、保君もそう思わないかい?」


「まあ、それはそうですけど……」


不利な方・弱い方が逆転して勝つ……というのがストーリーの基本だ。でもそれが成り立つのはあくまでフィクションの話だ。現実には強者が弱者を単純に屠る勝負の方が、ジャイアントキリングとして騒がれる勝負よりも圧倒的に多いに決まってる。


「保君。私もたしかに彼の能力とキミの能力を比較したけれど、だからキミが勝てないとは一言も言っていないわよ?」


すずが珍しくややイラ立ったような表情で俺の瞳を見た。強気なすずの表情に俺は少しだけドギマギする。


「そうだぞ、保君。MMAっていうのは『自分の押し付け合い』だ。相手の強いところを見て悲観的になる必要はない。1回戦のような動きができれば彼にもきっと勝てるぞ!」


「……自分の押し付け合い、ですか……」


初めて聞く師範の言葉は完全には理解できなかったが、少しわかる感覚のような気もした。


「ああ、これから作戦を考えよう」




「お願いしまっす!!」


2回戦の試合が始まった。対戦相手はレスリング出身の大兼隼人君。1回戦のヤンキー高松君とは違い、いかにも体育会系出身者らしい試合開始時のグローブタッチだった。


「保君、距離だ! まずは足を使おう!」


師範から声が飛んでくる。事前に立てた作戦もその通りだった。

相手はレスラー。とにもかくにもタックルで倒されないことを意識しなければならない。


(……低い、かなり低いな……)


180センチ近い俺に対し恐らく170センチ弱の大兼君だが、対峙してみるとその身長差以上に小さく感じる。大兼君の構えがかなり前傾姿勢のいわゆるクラウチングスタイルだからだ。

観たことある人ならイメージできると思うが、レスリングの(特にフリースタイルの)構えはかなり重心が低い。手を伸ばせばそのままマットに手が届きそうなくらい低く構える。

もちろんこれはMMAの試合だから大兼君もそこまで極端に低い構えをとっているわけではないが、俺がジムでスパーリングした中にここまで低重心の相手はいなかった。


(来る!)


俺の戸惑いを察したように大兼君が突っ込んできた。左右のフックをぶん回しながらの突進だ。

俺は大きく左にステップを踏んで攻撃圏内から外に出た。大袈裟なくらい大きく避けたせいで間合いはかなり空いてしまった。

大兼君がこちらを見てニヤリと微笑む。「まさかこうも簡単に避けられるとはな」という意味だろうか?

1試合目でも大兼君はこの左右のフックを何度も見せていた。実際に対峙してみるとその迫力はかなりのものだ。まともにもらったら一発で試合終了だろう。レスリング仕込みの強靭なフィジカルはもちろん打撃にも生きてくる。

だが大振りな分だけ見えやすいのも確かだ。「パンチを振ってくる!」というタイミングがわかりやすいのでこちらとしても対処はしやすい。打撃の技術自体はそこまで高くない、というのも対峙してみた印象だ。


「自分から、自分から!」


大兼君の攻撃をかわして一瞬見合った瞬間、師範から指示が飛んでくる。

むろん師範に言われるまでもなく、俺は自分から仕掛けるつもりだった。




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