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第20話 ありがとう

カンカンカンカン!


(……え、終わり?)


打ち鳴らされるゴングの音、両手を振るレフェリーの仕草を見ても、俺に勝利の実感は全くなかった。最後に連打したパンチの手応えもさほどなく、軽く当たっただけという感触だったからなおさらだ。単に2ラウンド目が終了したのかと一瞬思ったほどだが、まだ時間は1分以上残っているはずだ。どうやら判定は俺のTKO勝ちで間違いなさそうだった。


「やったな、保君!」


「ああ、はい……」


セコンドの師範がリングに上ってきて、祝福として背中を叩いてくれたがそれでも俺の感情はさして高揚しないままだった。

ふと対戦相手の高松君の様子を見る。彼は無念で悔しそうな表情を浮かべていた。だが大きなダメージもなさそうですぐに立ち上がってセコンド陣と言葉を交わしていた。


「あの、ボク、勝ったんですか?」


思わず師範に尋ねてしまった。すぐに師範は苦笑しながら答えてくれた。


「ああ、勝ったとも! レフェリーストップによるTKO勝ち。初試合でこれはスゴイことだぞ! ……まあレフェリーストップが早かったと思うかもしれないけどね、何と言ってもアマチュア高校生の大会だからね。ロープに追い込まれて一方的に打たれているあの状況では向こうの逆転は難しい、保君の勝ち、とするレフェリーの判断は正しいと思うよ」


そうだった。これはプロの試合ではなく、あくまで高校生の大会で安全面に配慮された試合だったのだ。


「両者、中央へ!」


レフェリーから声がかかり、試合を終えた俺と高松君が再びリング中央で向かい合う。試合開始前とはまるで違う景色に見えた。


「2ラウンドTKOによって田村君の勝利!」


レフェリーが俺の左手を高く掲げる。それを見て場内からは拍手が送られる。


(ああ、俺本当に勝ったんだな……)


それを聞いてようやく実感が湧いてきた。

拍手を送った百数十人の観客は単に儀礼としてそうしただけで、別に俺の勝利を喜んでいるわけではないだろう。でも俺の勝利を見てくれた、認めてくれたことは間違いないだろう。


「やったな、保!」「最高だぜ、保!」


一際うるさい声援が吉田たちヤンキー軍団のものであることは、声の方を見なくてもわかった。


「……ありがとうございました」


レフェリーが俺の腕を下ろしたところで高松君が俺に声をかけてきた。

その表情は依然として悔しさを滲ませてはいたが、どこかスッキリしたものにも見えた。


「こちらこそ! ありがとうございました!」


声をかけられた瞬間に高松君に対する感情が一変して、俺は彼と握手をしながら大きく頭を下げた。

試合開始前にはいかにもヤンキーらしい彼の振る舞いに、俺自身少々イラ立っていた部分もあった。だが試合を終えた今ではそんなものはどこかに吹き飛んでしまった。

試合が成立したのは高松君がいてくれたからだ。それだけでなく高松君もこの大会のために必死で練習をし、強い気持ちで臨んできたことは試合の中で充分に伝わっていた。

今日勝てたのは色々な偶然が俺に傾いただけのことなのだと思う。


「……ごめん、自分マジであんな強いと思わんかったわ! 何? あのパンチと蹴りのコンビネーション。ずるいなぁ!」


不意に高松君が人懐こい笑顔を浮かべて話しかけてきた。どうやら素の彼は関西弁のようだ。


「いやいやいや、高松君も強かったよ! まさかあそこでローにパンチを返されるとは思ってなかった!」


「なんや、自分KOで勝っといてそれはナシやろ!」


高松君にツッコミを入れられたところで、ふと客席に目が行く。

高松君を応援していたヤンキー軍団は当然フラストレーションが溜まっていただろうが、当の俺と高松君が試合後に和解した(むろんケンカをしていたわけではないのだが)様子を見て、パラパラと拍手を送ってくれていた。


「次も頑張ってや! 俺に勝ったんやから次も勝たなアカンで!」


「……ありがとう、がんばるよ!」


リングを下りる間際に高松君の送ってくれたエールがとても心に響いた。彼の分も背負って俺は次の戦いに挑むのだ。彼のためにも不甲斐ない姿は見せられない。

もちろん高松君だけではない。師範やすずも勿論だし、主催しているダンクラスの関係者、応援してくれるすべての人々があって初めて俺の試合は成立しているのだ。

関係するすべての人たちに1人1人お礼を言って回りたいほど、嬉しい気持ちだった。




「……あの、あんなに止めるの早いんですね。ボクの有利な状況だったとは思いますけど、まだまだ逆転される可能性もあった気がするんですけど……」


控室に戻ってからも興奮は残っていたが、一番気になっていた点を師範に再度尋ねる。


「ああ、たしかにプロの試合ならあそこから逆転するケースも結構あるだろう。ましてヘッドギアを着けてグローブもやや大きめのものだから、高松君本人としてもダメージをあまり感じていないだろうね。まあ逆にそれだけレフェリーがストップかけるのが早いってことは頭に入れておくべきだろうね」


師範の言葉に俺は大きくうなずく。今回は運良く俺の勝利となったが、当然俺が逆の立場だったら負けを宣告される判断も早いということだ。レフェリーに逆転が難しい状況だと思われるような局面を作ってしまっては、その時点で敗北ということになる。


「さあ、次の2回戦は早ければ2時間後ということになっているからね。今の勝利は一旦忘れて次のために気持ちを切り替えよう!」


「……はい!」


そうだった、この大会は1日で決勝までを行うトーナメント戦になっているのだ。そのため勝てば次の試合も短いインターバルですぐに行われる。16人のトーナメント戦ということは決勝まで戦う選手は4試合を行わなければならないわけだ。

もちろん俺は優勝を目標としていたわけではなく、試合に出られればオッケーというくらいの気持ちだったが、せっかく1勝したのだから次の試合にも勝ちたいという欲が出てきた。




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