目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第13話 陰キャ脱出?

「田村君ってさ……最近変わったよね?」


2学期に入って何日か経った頃だった。隣の席の大塚君が急に話しかけてきた。


「え、そ、そうかな……別にそんなこともないと思うけど……」


大塚君とは時々話したことはあったが、その言葉には何か意味がありそうで俺は思わず身構えてしまった。もちろん大塚君にヤンキー軍団たちとのいざこざを全部説明するわけにはいかない。


「い~や、変わったよ。まず弁当がやたらデカくなったし!」


大塚君がメガネをキラリと光らせた。

それは……たしかにそうだった。

今までに比べ弁当箱のサイズが1.5倍くらい大きなものになっていた。ジムに入りMMAの練習を毎日していると、とにかく腹が減った。練習中以外は常に腹が減っているような気さえした。それまで俺はどちらかというと小食な方だったのだが(だから180センチ近くの身長に対して60キロそこそこのヒョロガリの体型だったのだろうが)、最近は1日3食でも4食でも足らないくらいだ。

そしてそこには吉田から奪った『大食』スキルの影響も間違いなく作用していた。下手したら今までの倍近い摂取カロリーになっていると思う。

だがおかげで夏休みの期間も食欲が落ちることはなかったし、毎年のようになっていた夏バテも今年はまったく感じなかった。おかげで慣れないMMAの練習にも耐えることができた。夏休みの1ヶ月ほどの短い期間でも少し筋肉が付いたような気がする。


しかしまさか大塚君が俺の弁当まで見ているとは思わなかった。大塚君とはそれほど親しく話す関係ではなかったが、同じ陰キャ同士のような印象でどこか俺は親近感を感じていたから、事情を全部話してしまいたい気もしたが……流石にそれは難しいだろうし、余計に警戒されてしまう危険性もあった。




「保、ちょっと、面貸せよ……」


大塚君にどう対応しようか迷っていると、久しぶりに聞く嫌な声がした。

振り返るとヤンキー軍団、吉田の子分の1人だった。

いやもう勘弁してくれ! 俺に関わんないでくれ! と反射的に思ったのだが、ヤツの表情は今までと違いどこか切迫したものに見えた。


「よう、保……久しぶりだな」


俺に声をかけたヤンキーの1人に付いて行くと校舎の屋上に連れて行かれた。そしてそこには吉田がいた。配下のヤンキーたちは今日も5人しっかりと勢揃いだ。


「何だよ、何の用だよ!!」


俺の方から再びケンカをしようというつもりは全くなかったのだが、吉田と対峙した瞬間に身体に力が入り反射的に臨戦態勢を取ってしまった。

だが吉田は俺の反応を見て苦笑した。


「やめようや、保。そんなつもりじゃねえんだって。……っていうか俺の方こそ、お前ともう一度ケンカするなんて真っ平御免だわ!」


両手を肩のあたりに上げて軽く振り、吉田は敵意がないことを示した。

そういえば確かに子分のヤンキーたちの雰囲気も以前とはまるで違っていた。俺を面白がってからかうような空気はまったくなく、どこか神妙な空気がその場を支配していた。


「あのな、保……実はお前に助っ人に来て欲しいんだよ」


「は……?」


「実はな、お前にだから話すんだけど……今度北高のヤツらとデカい喧嘩ヤマになりそうなんだ。……2、3年の先輩も出張って数十人規模の抗争になることは間違いねえ。ウチの方でも確実に計算できる戦力が1人でも多く欲しいんだ! この抗争の結果次第ではお前らパンピー生徒たちも街を歩くのに不自由するかもしれねえ! それくらい北高のヤツらはヤバいんだ、だから……」

「ちょちょちょ、ストップ! ストップ!」


吉田が俺に対して神妙に頭まで下げそうな気配を見せたので、俺は驚いてそれを押し留める。

ケンカのリベンジマッチを申し込まれるのも嫌だが、吉田に頭を下げて頼まれる……それもケンカの助っ人なんて、冗談じゃない!


「悪いけど、ボクはそういうのはやんないから」


言い捨てて教室に戻ろうとしたところを配下のヤンキーたちに退路を断たれる。


「そう言わずに頼むって、保! ……いや、お前自身が北高のヤツらと事を構えるのが嫌ならそれでも良い。俺たちに何か技を教えてくれ! 俺たちを鍛えてくれよ!」


吉田の言葉に手下のヤンキー5人も揃って俺に頭を下げてきた。


「いやいやいやいや、勘弁してって、マジで! そんなんムリだし!」

「そう言わずに! 頼むって保!」


もちろん俺はあれからほぼ毎日、紋次郎師範の下でMMAの練習をして技術も積み重ねている。だがそれをヤンキーたちにケンカのために横流しするようなことは言語道断だ。

MMAの技術は本物だと思う。俺はまだ初歩の初歩をかじっている程度に過ぎないが、MMAの技術は間違いなくルール無用のケンカにおいても大きな戦力となるのは間違いない、ということだ。

だからこそ俺はもう二度とケンカはしないと決めた。単にケンカの道にのめり込んでしまうのが怖くもあったし、俺のようなド素人の高校生に真剣に教えてくれる師範や道場仲間の期待に背くことは大きな罪だという気持ちが強くなっていた。

もちろん、も俺がもう一度ヤンキーたちとケンカすることなど望んでいないだろう。


「まあ、良い。わかったよ……俺もお前に負けた人間だからな。これ以上食い下がるのもスジ違いだわな。……でも、マジで俺らが北高のヤツらにやられたら仇は取ってくれよな」


しばらく押し問答を繰り返したが、俺の意志が固いことを悟った吉田はあっさりと引き下がり解放してくれた。

……仇を取るとか、何言ってんだろうかコイツらは?……と言いたくなったが、まあともかく適当に応えて屋上を後にした。


どうもヤンキー軍団たちの俺への態度は明らかに以前とは異なっていた。たかが一度ケンカで吉田に勝っただけのことで、何か俺が人間的に立派になったかのようにヤツらは接してきた。

剥き出しの敵意や侮蔑も怖いが、ヤツらに尊敬されるかのような生温い雰囲気は全身が痒くなりそうだった。

まあヤンキーにはヤンキーの中での序列や指標があるわけで、俺たち普通の高校生とは違った独自の社会を構成しているということなのだろう。

とはいえ彼ら自身も物心つくといつの間にかそのヤンキー社会に投企されていたわけで、ケンカやカツアゲがたまらなく好きでヤンキー社会に自ら参加してきた……という人間はほぼいないのだろう。そう考えると彼らを単に「バカで時代遅れのヤンキーども」と馬鹿にすることもできなくなってしまっていた。




「あ、今日の夜のクラス休講になったから。急にお父さんが親戚の所に行かなくちゃならなくなったんだって」


屋上から教室に戻る廊下で森田すずが急にそう告げてきた


「あ、そうなんだ……どうしよっかな」

「でも会員さんは何人か多分来るし、せっかくだし色々教えてもらえば?」

「そうだね、そうするよ」


師範がいないのは残念だが、最近はベテランの会員さんともだいぶ打ち解けて接することができるようになってきた。今日はグラップリングのクラスの予定だったから、寝技の技術を教えてもらうことにしよう!


「大丈夫……だったの?」


教室に戻ると大塚君がやや顔を引きらせて話しかけてきた。


「あ、ああ。うん、全然問題なかったよ」


「もしかして、全員シメてきちゃったとか……?」

「は!? 何言ってんの!?」


大塚君の顔は何か隠された秘密を発見したような仄暗ほのぐらい喜びに満ちていた。

……これは、ダメだ! 何を説明しても聞く耳を持たないヤツだ! 俺は大塚君の顔を見て一瞬で悟った。


「だって吉田君たちに呼び出されて、こんなにすぐ何事もなかったように戻って来れるなんて普通じゃないでしょ! しかもその後は隣のクラスの森田さんともやたら親し気に話してたみたいだし……森田さんって誰とも関わらないことで有名なんだよ!」


せきを切ったように大塚君のマシンガントークが飛んできた。

……しかもすずのことにまで話が飛んでしまい、俺はさらに嫌な予感がした。


「しかも森田さんは勉強もトップクラスで、運動神経もよくって……顔も美人じゃん。おまけにあのミステリアスな雰囲気にやられて彼女の隠れファンは多いんだよ? 彼女が実際に男子と話しているのを見たのは田村君が初めてだよ!」


「あ、そうなんだ……」


何だよ、大塚君。こっそり俺の後を付けてきてたんかよ!

ってか、すずってそんなに変わった女の子だったのか……。ジム以外で接することもほとんどないし、彼女が周囲の生徒からどんな風に映っているのかなんて意識したこともなかったから、大塚君の話は俺にとって意外だった。


「田村君って、実は相当ヤバい人なの? 大人しいフリして裏からこの桃林第一高校いちこうを牛耳ろうとしている支配者なの!?」

「いやいやいや、何言ってんの大塚君! ラノベの読み過ぎだって! そんなわけないじゃん!」


流石に大塚君の話がぶっ飛び過ぎていて、俺も思わず声が裏返った。

まったく! これだからフィクションと現実の区別の付かない人間ってやつは厄介だなぁ……。


俺は何度も強く否定したが、大塚君は何をどう勘違いしたのか噂が尾ひれを付けて広がってゆき、クラスメイトたちからも腫れ物に触れるように接せられることが増えてしまった。

仕方なく噂を払拭ふっしょくするために「森田さんのお父さんがやっているジムに通い格闘技をやっている」ということを正直に公言した。

吉田たちとの一件は「吉田にケンカで勝った!」などと事実を言うと、さらに噂が広がりヤンキー社会の皆々様に巻き込まれそうな予感がプンプンしたので、たまたまきっかけがあって仲良くなった……とシラを切り通した。

しかしそのおかげで幸か不幸かこれまた余計な憶測を生み、クラスの誰もが俺のことを一目置くようになってしまった。


う~む、別に俺としてはただただ身に降りかかってきた火の粉を必死で払っただけで、自分の地位を向上させようなどという意識は全くなかったのだが……まあ仕方ない。

存在感皆無のド陰キャとして見られているよりも、皆に一目置かれている方が色々と便利ではあるので、甘んじて受け入れることにしてしまった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?