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第11話 スキル獲得? MMA?

(あっちぃ……)


俺は未だ地べたに座って呆然としていた。

あの吉田に勝ったんだ! ……という実感や達成感はまるでなかった。ただただ重圧から解放されたという安堵を噛みしめ、ひたすらボーっとしていた。

すずは「何か飲み物を持ってくる」と言ってどこかに行ってしまった。


(ってか、マジか? 全部夢なんじゃないか?)


それを成し遂げた現在の俺がそう思うのだ。1週間の俺に今起こったことを説明したって信じるわけがないだろう。奇跡的に(すずに言わせれば俺の勝利は当然だったと言うのだが)俺は吉田をタイマンで倒すことが出来た。

吉田を倒して激昂するかと思われたヤンキー軍団だが、俺にとっては不自然なほどヤツらは大人しくその場で負けを受け入れた。ボスの決めたタイマンという作法に従う……というのはヤツらにとって染み付いた流儀のようだ。

もちろん吉田がすぐに起き上がり、自ら負けを認めたことも大きい。万が一吉田のダメージが大きく、自力で起き上がれない状態になっていたとしたら、ヤツらも見境なく暴れ回っていただろう。

俺に余力はほとんど残っていなかったから、雑魚ヤンキー相手とはいえ人数の多いヤツらには勝てなかった、というのが正直なところだ。


ともかく、ヤンキー軍団は足元のふらつくボス吉田を支えながら花田神社を下りて行った。

過剰な捨て台詞を吐くこともなく、ヤツらはただただ吉田の身を案じながら去っていった。中には薄っすらと涙を浮かべているヤツすらいた。

ヤツらの吉田ボスに対する感情は、どうも俺の理解を超えた深さがあるようだ。ヤツらにはヤツらの絆があり、吉田には吉田の……単に暴力が強いというだけではない、人間的魅力がヤツらの中ではあるのかもしれない。




「ふん。やるではないか、小僧」


「……ああ、やまと。見てたんだね」


一匹の黒猫が俺の元にちょこまかと寄って来た。

そういえばコイツの存在をすっかり忘れていた。やまとも俺と吉田のタイマンを見ていたのだった。やまとと話したことで俺は覚悟を決めてこの戦いに臨むことができたのだから、この勝利はコイツのおかげも少しはあるのかもしれない。

偉そうな口調とは裏腹に、やまとはすり寄ってくると頭をグリグリと押し付けてきた。子供の頃には家で猫を飼っていたから、猫のその仕草が愛情表現であることを俺は知っていた。それに応えてわしゃわしゃとアゴの下を撫でてやる。


「にゃにゃにゃ、やはりお前は上手いのう……って、もう良いわ小僧!」


うっとりしていたやまとが我に返ったようにカッと俺に目を見開く。


「約束じゃからの……小僧、お前にはあの太った小童の能力を授けてやろう」


「ああ、そう言えばそんな話してたね。ってかまあ、もうボクはケンカとかするつもりはないし、別に吉田のパワーも必要ないんだけど……」

「何を今さらごちゃごちゃと言っておる……良いから見ろ!!! 小僧!!!」


やまとの金色の瞳が異様なほど輝き出した。7月の真昼の陽光の中でも目立つほどの白光だ。

このまま直視したら失明するんじゃないだろうか……一瞬そんな気がしたが、俺はその光に引き込まれ目を逸らすことができなかった。




「よし……終えたぞ。小僧、お前はあやつの能力をまごうことなく盗み終えたぞ!」


やまとがグフフ、と例のドヤ顔を見せる。


「ああ、そうなの? ……って別に特にパワーアップした感じもしないけど?」


俺は立ちあがり手をグーパーしてみたり、腕をふったり、シャドーでパンチをしてみたりしたが、まったく感覚は変わらなかった。

馴染んでくるまでは時間がかかったりするのだろうか? と思っているとやまとは不思議そうな顔で俺に告げた。


「パワー? 何を言っておる、小僧。お前が盗んだのはあやつの一番の能力『大食』じゃぞ?」

「……大食~? なんだよ、それ~」


「どうしたの?」


振り返るとすずが戻ってきていた。その手にはペットボトルのスポーツドリンクを持っていた。

それを見た途端俺は猛烈に喉が渇いていたことを思い出し、礼を言って受け取ると一気に飲み干した。ようやく少し現実に戻ってきたような気がした。


「あれ、やまとだ。おいで」


すずは俺の足元にいたやまとに気付き、手招きで呼び寄せる。やまとは俺に対する遠慮なのか一瞬躊躇ったが、すずの足元に行きそのふくらはぎに頭をこすり付け始めた。


「……森田さんもこの猫のこと知ってるんだ?」


「そりゃあ、この神社を管理しているのはウチだからね。ウチの氏神様くらいは知ってないとまずいでしょ。……っていうか私の方が意外なんだけど。やまとが人間の男子にこんなに心開いているのを見たのは、私が知る限り初めてだよ」


すずがやまとの背中をゆっくりと撫でる。尻の近くにその手がいくとやまとは気持ち良さそうに尻尾を軽く振った。猫と少女が普通に会話をしているという状態にも、もうさして不思議だという感覚も湧かなかった。


「ふん、小娘。巫女の血筋であり、本来であれば最も崇め奉らねばならぬ存在であるお前が、ワシをあまりにないがしろにしておるゆえな。この神社に再び人を集めるためワシもこの小僧を利用することに決めたのだ!」


「ああ……そういうことね」


やまとが俺に対して何の見返りもなく能力を授ける意味がわからなかったが、少しだけ理解できた。やまとはやまとでこの神社の賑やかさを復興したいということのようだ。氏神にとって自分の神社が閑散としているのはたしかにあまり良い気分ではないだろうし、もしかしたら賑やかになることは人間には理解できないもっと実利的な意味があるのかもしれない。

まあ俺に能力を授けることがなぜこの神社に人を呼ぶことになるのか……その因果関係は俺にはまだ理解出来なかったが。


「ふ~ん。で、田村君はウチのジムに来てMMAを本気でやるってことで良いんだよね?」


すずはやまとの野望にはあまり興味が無さそうだった。氏神と巫女の血を引いた娘ならばもっと絆も深いのかと思っていたが、どうもそうでもないらしい。


「ああ、うん……そうだね。やってみたい、かな」


吉田を倒した興奮だいぶ冷めていた。でも何とも言い表すことのできない充実感と熱量を俺は知ってしまった。

吉田と向き合ったあの数分間は他では言い表しようのない濃密な時間だった。今まで生きてきた15年を全部合わせたよりも、さっきの数分間は濃密だったような気さえする。

吉田と真剣に向き合ったあの時間、あの空間は、他の何とも違った本物のだった。あの場で向き合うことで初めて吉田の本当の人間性みたいなものを感じられたような気もする。

MMAというものがどういうものなのか、俺はもちろん詳しくは知らない。でもあの濃密で真剣な時間をもう一度味わえるとしたら、それは真剣勝負のリングの上なのではないか……という気がしたのだ。


そしてすずの足元で毛繕いを始めた猫神様を見て、俺は重要なことを思い出した。


「あ、そういえば何だよ『大食』のスキルって! あの吉田の腕力とかパワーを俺に授けてくれれば、MMAも楽勝だったのに!」


「なんじゃ、まだ文句を言うておるのか小僧。ヤツの一番の能力をワシはお前に授けてやったんじゃぞ、感謝せい!」


「大食? 何それ?」


間に入って来たすずに、俺がことの経緯を説明してやる。

やまとによって勝った相手の能力を盗む能力を授けられた……という話を聞いてもすずは驚きもしなかったが、俺が吉田から奪ったのが『大食』の能力だと聞くと、彼女は小刻みにうなずいた。


「あのね、田村君。大食のスキルは外れスキルなんかじゃないわよ。パワーも大事だけど、食事をたくさん食べられるようになるのもMMA選手にとっては同じくらい大事なことだと思うわ。……元々キミは食の細い方でしょ?」


すずが俺の身体をまじまじと見つめながら尋ねた。


「まあ……たしかに……」


179センチあって60キロ少々の俺の身体は、たしかにヒョロガリと馬鹿にされても仕方ないだろう。(でも読者のみんなは他の人にそんなこと言っちゃあダメだぞ!)


「筋肉をしっかり増やしてMMAに適した身体を作るにはどうしたって量を食べなきゃダメなの。トレーニングよりも食べることの方が辛かった……っていう選手も少なくないわ。食の元々細いキミにとって『大食』はかなり重要なスキルだと思うけど」


「あ~、そうなの、かな……」


俺の脳裏に浮かんできたのは、丼ご飯を掻き込む強豪野球部の映像だ。MMAに限らずスポーツを本気でやろうと思うのならば確かに食べることも必要な才能なのかもしれない。


「っていうか、森田さんやっぱり詳しいんじゃん!」


「ま、こやつも由緒ある巫女の血を受け継いでおるでな。人を見る目は凡俗の者とは比べ物にならぬぞ」


やまとがやや誇らし気にすずのことを紹介した。


「そうね、私は少し動きを見ればその選手の大体の能力は把握できちゃうわ。数値化できるくらい詳細にね。でも精神的な部分とかは私には見えないし、MMAではそこが重要になってくるし……」


すずはやや気恥ずかしそうにやまとの言葉を認めた。


「う~む」


俺は思わず唸った。

やまとの能力を使えば勝った相手の能力を獲得できる。

すずは対戦相手を少し見れば能力を詳細に把握できる。

もちろん基礎的な技術は紋次郎師範にみっちりと教えてもらえる。

すずの見立てで能力を把握し、その上で勝てる相手を選んで勝負をする。そして勝利し能力を獲得してゆく、そんなプランが俺の中に浮かんできた。

これを続けられれば、どう考えても俺が世界最強になる。

もしかして俺がMMA選手として活躍するには物凄く有利な状況が揃っているのではないだろうか?

俺は自分の可能性が大きく広がってゆくのを感じた。




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