「おら、保~! 動け動け、それじゃ昨日と同じじゃねえかよ!」
次の日も放課後、ボスヤンキー
場所はお馴染みの花田神社だ。7月の暑さが流石に堪えるようになってきた。
(もう良いって、いい加減にしろよな!)
俺も最近ではだいぶ対処の仕方を覚えてきた。
ヤツらのパンチやキックに合わせて適当に「ウッ……」「ガッ……」とかうめき声を出すのだ。そして頃合いを見て地面に寝転がる。ヤツらは別に俺に対する憎しみがあるわけじゃない。
適当にこっちがやられた感を出せば、それで満足するのだ。
「……もうギブ、ギブ……」
例によって俺はしばらくヤツらの攻撃に耐えた後で地面に寝転がった。
「どうした、どうしたぁ!」「気合が足んねえぞ、気合がぁ!」
取り囲むヤンキーたちが実に嬉しそうな声で俺を責め立てる。
「保、そろそろ立てるだろ?」
1分ほど地面に寝転がった後、ボスである吉田佳友が俺のそばに寄ってきて声をかけてきた。
まあ流石にこれ以上やられたフリをするのも無理があるかな、と思いヤツの言葉に従う。
「いいかお前ら! パンチやキックだけじゃダメだ。こういう技もあるんだぜ?」
ニヤリと周囲を見渡した吉田は、突然俺の両肩を掴んできた。
そして一瞬のうちに俺の視界は大きくぐるりと一回転した。
「……ッテ……」
何が起こったのかまるで理解出来なかった。
気付くと俺は地面に再び寝転がり、7月の青い空と俺を覗き込むヤンキーたちの顔を一緒に眺めていた。そしてその時になって背中に強烈な痛みが発生していることに気付いた。
「お~、スゲェ!!」「さすが佳友クンっす!!」
雑魚ヤンキーどもがどよめきを上げる。
どうやら俺は吉田に投げ技を食らって地面に叩きつけられたらしい。ようやく事態が理解できた。
「お前らもパンチやキックはそこそこ使えるようになってきたからな。でもケンカはそれだけじゃダメだ。こうやって投げ技も使えないとな!」
吉田のドヤ顔が目に浮かんで来るような自慢気な声だった。未だ地面に寝転がっている俺は、ヤツの顔を見ることも出来なかったのだが。
「つーわけで、今日からはお前らも投げの練習を始めるぞ!」
「うっす!!」「たまに掴んでくるヤツとかもいるっすからね!」
「お~い、保。つーわけでそろそろ起きろよ? お前に起きてもらわないと練習が出来ないんだわ」
しゃがみ込んだ吉田が俺の顔を覗き込んでくる。
「あ、や、今度はホントに立てなくって……」
「……は? 今度は? ホントに?」
ヤベ! ……と思った時には、吉田の顔が俺の目の前10センチの距離にあった。
「どうも最近怪しいなと思ってたんだよなぁ! そんな大したダメージもなさそうなのにすぐにダウンするし……なのにその後もその前と同じくらいは動けるし……保、お前俺らのこと舐めてんだろ?」
「あ、いやいやいや、舐めてるなんてそんなそんな……」
「良いから立てよ! もうやられたフリは見え透いてんだよ!」
吉田のとんでもない力で俺は強引に地面から起こされた。
それからたっぷり1時間以上、吉田や雑魚ヤンキーたちに正真正銘ボコボコにされた。
今度は投げの練習ということで、ヤツらは俺を好き勝手地面に投げ飛ばしにきた。背中や肩、顔をしたたかに打ち付け何度も息が止まった。
それでもヤツらは俺をいたぶる手を止めなかった。本当にもう動けなかったのだが、今度は何度ギブアップを宣言してもヤツらは止めてくれなかった。
いままでやられたフリをしてきたツケだ。俺はオオカミ少年だったのだ。
(……クソ)
その日はヤンキーたちが去ってからもしばらく立てなかった。
しばらく経って立ち上がれるようになると、フラフラの足で帰宅して家では普通に振舞った。
痛みはむしろ翌朝の方が酷くなってきたのだが、それでも足を引きずりながら学校に行った。
後にして思えば、この時点で親や教師にイジメを受けていること、それも露骨な暴力行為を受けていることを素直に相談しておくべきだった。
もちろんこの荒れた桃林第一高校において教師陣がどれほど本気で対応してくれたのかは心許ないが、それでもSOSは出しておくべきだっただろう。
なぜか俺はそんなこと一切考慮に上らなかった。
意地だったのか、もう高校生にもなったのだからこの程度のことは自分で処理しなきゃ、と思っていたのかは自分でもよく分からない。
ともかく俺は、自分でこの状況を何とかするしかないと思っていた。
幸いその日は吉田率いるヤンキー軍団に学校で遭わなかった。
さすがのヤツらもやりすぎたと良心が咎めたのか、あるいは練習台の俺を壊しては元も子もないと思ったのか……そう解釈していたのだが、他の一般生徒に話を聞くと、どうやらその日ヤツらは他校のヤンキーとの抗争に出かけて行ったらしく、そもそも登校してきていなかったというオチだった。
(何とか今日は乗り切ったけど、また週明けヤツらに呼び出されたら、どうする?)
その日は金曜日だった。土日を挟んでいるのがせめてもの救いだが、月曜になればまたヤツらと顔を合わせることになるだろう。また昨日と同じように投げ飛ばされるのか……と考えると流石に憂鬱だった。
なんとかしないといけない。だが俺に
(……なんだここ?)
帰宅途中、俺は花田神社の麓のとある場所で足を止めた。
飲食店と美容室に挟まれた半地下のスペースにそれはあった。今までさして気にも止めず通り過ぎていた場所だ。
『FIGHTING KITTEN』と書かれた看板の下には「ストレス解消!」「ダイエット!」「健康増進!」といった、いかにも手作り感あふれるポップなキャッチコピーが並んでおり、ガラス張りの室内には何やらただ白い床と壁があるだけのスペースのようだった。ダンスだとかヨガのスタジオだろうか?
「あ、見学の子? 今はまだクラスやってないんだよねぇ~」
足を止めたのはほんの数秒だったはずだが、その瞬間に後ろから声をかけられた。
慌てて振り向くとジャージ姿で口元にヒゲを蓄えたおじさんが立っていた。背は俺より少し低く、細身マッチョで姿勢の良いおじさんがニコニコと微笑んでいた。
「あ、全然……ダンスとか自分興味ないんで、たまたま立ち止まっちゃっただけなんで……」
今は誰とも関わりたくない気分だった。おじさんの顔も直視せず立ち去ろうとしたところ、再び呼び止められた。
「ダンスじゃないよ。ウチは総合格闘技のジムなんだ」
「……総合格闘技?」
総合格闘技というものが何なのかは全然わからなかったが、格闘技という言葉を聞いて俺は一瞬反応してしまった。
「そう、総合格闘技。パンチとかキックだけじゃなくて関節技とか組技とか何でもアリの格闘技。『FIZIN』とか知らない?」
「ああ……」
『FIZIN』という言葉は聞いたことがあった。格闘家の有名なインフルエンサーの動画が時々動画サイトで流れてきていたことを思い出したからだ。俺自身は特別それに興味を抱いたわけでもないのだが。
「あ、でも全然格闘技なんて構えずにね、ストレス解消に身体を動かしてみるのは勉強のためにも良いんだよ! 脳の血流を増やすことで集中力が上がるっていうのはちゃんと科学的に証明されてるんだ!」
気付くと俺はおじさんの話を聞く体勢を取ってしまっていた。もうこの時にはおじさんのペースに乗せられていたということだろう。
「あの……痛くない投げられ方とかってありますか?」
半ば無意識に俺の口から出てきたのは我ながら奇妙な質問だったと思う。普通の高校生からそんな質問が出てくることは不自然極まりない。
でも今の俺にとって最も重要な関心事はそれ以外に有り得なかったし、総合格闘技というものならそれに応えることが出来るかもしれないという気がした。だから咄嗟にそんな質問が出てきたのだろう。
何よりおじさんの雰囲気と物腰は、初対面の俺のトンチンカンな質問をも許容してくれそうに思えたのだった。
「痛くない投げられ方ねぇ……あるよ! なんたってウチは総合格闘技のジムだからね、何でも教えられるよ!」
気付くとおじさんは俺の肩に手を置いていた。体格から想像していたよりもゴツゴツした大きな手に感じた。
俺が妙な質問をしてしまった時点でこうなることは決まっていたのだろう。
俺はジムの中に優しく強引に引きずり込まれた。