「ヘイヘ~イ、保! どうしたどうした! そんなんじゃすぐに捕まっちまうぞ~」
ボスヤンキー
「おら、ガードだ保!」「たまには打ち返して来いよ、保!」
5人に囲まれた俺はあっさりと逃げ場を失い、ヤンキーたちの輪の中にねじ込まれる。
囲まれた俺の元に飛んで来るのはパンチやキックの嵐だ。
「ちょ! もうギブ、ギブだって!!!」
俺はやや大袈裟に降参を彼らにアピールした。
「んだよ、情けねえなぁ、保~! ……よし、じゃあもう一回やるか! 保は今度こそ全力で逃げろよ? 反撃できるんならしてきても良いんだからな?」
「え、まだやるの? もういいって……」
吉田は再び5人のヤンキーに俺を追いかけ回させるところから、この奇妙なイジメを再開しようというらしい。ウンザリしていた俺は思わず本音を漏らしてしまう。
「は?……何言ってんだ、保? せっかく俺たちはお前のためを思ってこうしてお前を鍛えてやってるんだぜ? お前が他校のヤツらにイジメられないように、万が一目を付けられた時に上手く逃げれるようにと思ってだなぁ……」
ついうっかり本音を漏らしてしまった俺を吉田はギョロリと睨んだ。それまでの一応友好的な表情は一変して、虫ケラを見るようなとても冷たい目だった。
「わかった、わかったって! お願いします!」
慌てて俺が頭を下げると、吉田はニコリと微笑んだ。
「な、そうだよな? わかれば良いんだよ。……良いか、お前らも手加減するんじゃねえぞ? 手加減なんかしたら保のためにならないからな?」
「了解っす」「オッケー、佳友君!」
吉田の声にヤンキーたちもわざとらしく気合いを入れて声を上げる。
こうして5人のヤンキーに再び追いかけ回されては、囲まれてパンチとキックを浴びるという、先ほどと全く同じ状況がもう一度繰り返されるのであった。
「どうした、保! ガンバレ、ガンバレ~」
ボスヤンキー吉田佳友の俺への声援は、実に愉快そうな声だった。
ここ1か月ほど、毎日ではないが頻繁にこうしたことが繰り返されていた。
俺、
まさか入学した桃林第一高校がこんなに荒れており、時代遅れのヤンキーたちが我が物顔で威張り散らしているなんて想像もしていなかった。
(……また制服汚れちゃったなぁ……)
ヤンキーたちのパンチやキックによって制服に付いた泥を俺は何度もはたき落とす。
ウチは両親共に共働きで帰りも遅い。両親と顔を合わせるのは夕食時の19時以降。今のところ事態を悟られず心配をかけずに済んでいるのは、どちらかというと幸運なことだと思う。
(……にしてもヤツらはなんなんだろうな?)
この辺り……俺が通う桃林第一高校だけでなく周辺地域一帯……ではヤンキーが驚くほど多い。男子生徒のほぼ半数はヤンキーと言ってよさそうだ。俺が生まれ育った東京では考えられなかった異常な状況だ。
しかも、どうしても他所者である俺はヤツらの目に留まるようだ。
ボスヤンキーである吉田佳友が俺に絡んできたのも、それがきっかけだった。
「田村ぁ、お前東京から来たんだって? あんま調子乗ってっと刈られるぞ?」
「は、え、調子?……」
調子に乗る? 刈られる? 何言ってんだ? ……と思ったが、他の非ヤンキー生徒たちに話を聞いてみると、どうも本当にそんなことがあるらしい。
それも元はと言えば全部コイツらが原因みたいなものだが。
我が桃林第一高校はこの地域の中でも特にヤンキーが多く、他校にケンカを売っては暴れ回っている。そのおかげで他校から恨みを沢山買っているというわけだ。
だから他校のヤンキーたちは桃林第一高校の生徒だと見ると、非ヤンキー生徒でも容赦せず絡んでくる。適当に因縁をつけては殴り現金を恐喝する。そういうことらしい。
最近は電子決済が主流となり現金を持ち歩かない生徒も多くなっているようだが、そういう生徒からはきっちりと電子マネーで恐喝をするようだ。ヤンキーたちもきちんと時代に適応しているのだなぁ……と一瞬だけ感心してしまった。
「田村、お前はいかにもカモられそうな見た目だからよぉ、俺たちが鍛えてやるよ! ちょっとついて来い!」
そんなわけで彼らに連れて来られたのが、さっきまで俺がイジメられていた場所❘
桃林地区は元々山を削ってできた町だ。中でも花田神社は、住宅の多い地域からはやや離れた林のような場所にあった。
やたらと長い石の階段の上にボロボロの本堂があり、その前には15メートル四方くらいのスペースが広がっていた。どうやらここが元々彼らのたまり場だったことは、ヤンキーたちのその場への馴染み具合で何となく察せられた。
「なあ、田村? お前このままじゃ絶対他校のヤツらに目を付けられてソッコーでボコられっから! そうならないように俺らがお前を鍛えてやっからな!」
「目を付けられる」という言葉には多少思い当たるところがあった。たしかに俺は身長だけ高くヒョロヒョロの体型と、ヘラヘラした態度で舐められることが多い。
体型は遺伝だからどうしようもないし、子供の頃から転校が多く新しいコミュニティに溶け込むために曖昧な笑顔を浮かべるのが癖になっていたかもしれない。
まあともかくこの奇妙なイジメの仕方があくまで「俺を鍛える」という大義名分があったため、俺の方でも対応に戸惑ったというのが正確な所だ。
もっとわかりやすくヤツらにイジメられていたなら、俺の対応も変わっていたはずだ。