それは、二年前のことだ。
その日も、また同じように雨が降っていた。
雨は、もしかしたら遠く離れた誰かの涙のなのかもしれない。そんな涙を浴びるから、雨が降ると僕の心は自然と涙とつながるのかもしれない。
僕はその時、
彼女は明るい女性であったけど、病気を患っていてあと何日生きられるかわからないと医師に余命宣告を受けていた。
僕はそのことを付き合う前に知っていた。それでも彼女と付き合いを始めることを選択した。付き合うことをやめようとは一切思わなかった。命が残り少ないことと恋をすることは関係ないと当時の僕は思っていた。「やめておいた方がいいよ」と珍しく後ろ向きな言葉を彼女が一度だけ言っていたのを今でも覚えている。そのことについて僕は彼女としっかり話し合わなかった。僕が一人になっても、何か困ることは浮かばなかったから。でも、ちゃんと彼女とそのことについて話し合うべきだった。病気のことを知った上で、彼女を最期の瞬間まで愛そうと、何があっても一緒にいようと心に決めていたのだ。
こんな言い方をするのは、僕がそれをすることができなかったからだ。
その日、彼女の両親から今すぐ来てほしいと連絡があった。
僕の中で、嫌な予感はどんどん膨らんでいった。
それは、僕が予想していたより遥かに大きな感情だった。
僕は、息を切らして彼女の元に駆けつけた。
彼女はとても穏やかな顔をしていた。
周りの人に目を向けると、僕のように慌てている人はいなくて皆下を向いていた。何かを話している人もなぜかいなかった。
「涼華は、今さっき命を引き取りました」
涼華のお母さんは、そっと僕に近づいてきて静かにそう告げた。
お母さんの声は、とてもか細かった。普段はこんな感じではない。それほどまでに心身が弱ったいたのだろう。
「そんな……」
僕はその先が言葉にならず、その場で泣き崩れた。色々な感情が混ざりあって僕の体の中で暴れていた。情けないけど、立っていることができなかった。
「最期まで歩さんのことを話していました」
「涼華は、ずっと歩さんを待っていました」
彼女のお母さんに悪意があってそう言っているのではないとわかっている。
でも、それらの言葉は僕の胸にグサグサと刺さっていく。
こんな日がくるのはわかっていたはずなのに、どうして僕は今こんなに後悔しているのだろう。
僕は、毎日彼女に会いに行っていた。
彼女はいつも笑顔で僕を迎えてくれた。
彼女が弱音を吐くことは一度もなかった。
僕は彼女を元気づけようと色々とお話をした。
彼女はそれを聞いて、いつも笑顔になっていた。
「私は大丈夫だから」と彼女はよく言っていた。
きっと僕の心配をしてくれていたのだろう。自分が一番辛いはずなのに、僕にそんな言葉をかけてくれた。
本当に優しい人だった。
そんな彼女が、最期の時ずっと僕が来るのを待っていた。
その思いをしっかり受け止めたかった。
きっと何か伝えたいこともあったのだろう。
彼女は、最期に僕に一体伝えたかったのだろう。
それを僕は知りたいと思った。いや、知らなきゃいけない。
人は、強くなんてない。
彼女も強かったわけではないと、今ならわかる。強いふりをして僕を不安にさせないようにしていた。
自分の方が遥かに大変なのに、僕は彼女に気を遣わせていた。
そうであったなら、彼女は誰にも本当の気持ちを打ち明けず、ずっと辛かったのかもしれない。
きっとすごく孤独だったと思う。彼女は愛する人に囲まれながらも、本当の気持ちを伝えられる相手がいなかったから。
僕は彼女に何もすることができなかった。
最期の時に間に合わなかった。毎日会いに行っていたのに、彼女の望むことが全然わかっていなかった。僕の覚悟も伝えていなかった。
そして、本当に大切な時に僕はいなかった。
彼女は毎日一人で孤独と戦っていたのに、僕はその気持ちに寄り添えていなかった。
彼女の感情をもっと大切にするべきだった。
彼女のしたいことをさせてあげたかった。安心させてあげたかった。
限りある時間をもっと大切にしたかった。
そんな風に思っていたことは確かだけど、実際は何もできていなかった。
いくら後悔しても、もう彼女はこの世に戻ってこない。
頭ではわかっているけど、そのことを僕は何度も思い出す。