彼女から屋上に来てほしいと連絡があった。
屋上は僕たちが初めて出会った場所だ。僕たちの関係は、ここから始まった。
そこから彼女は少しずつ、他人を知り、自分を知っていった。
色々なことに触れ、考え方を深めていった。
今はもうあの時の彼女ではない。
あのときの彼女は何も信じていなかった。
短期間で彼女は本当に急激に成長した。
屋上に呼び出すと言うことは、きっと彼女は大事な話したいのだろう。
空を見上げると満月が浮かんでいた。
「笑わないで聞いてくれる?」
彼女はまだ僕の方を向いていない。
優しい青色のロングスカートがふわりと揺れている。
「はい、ちゃんと聞きます」
僕の言葉を聞いてから、彼女は僕の方を振り向いた。
彼女のあどけない顔が、今日はしっかりしているように見える。
「私、孤独にも負けないものがやっと見つかった」
彼女は嬉しそうに笑った。
「何ですか」
僕はドキドキした。彼女が出した答えはなんだろうか。
彼女には孤独死せずに、この先ずっと生きてほしいから。
「自分自身だよ」
彼女は僕に近づいてきた。
「私、わかったよ。私は『生きること』自体が怖かった。ただ怖かった。だから今まで逃げていた。できないことからも、不幸なことからも、私自身からも、本当に全てのことから。一度も向き合ったことがなかった」
僕は彼女に温かい視線を送った。
彼女の不幸な境遇は、色々な要因から起きていたと思う。それをどう捉えるかも確かに大切だ。
「そして、淑子さんや尊君の信じるものに触れて、私はこのままじゃダメだと強く思った。彼女たちは、もっと生きたいのに生きることができなかった。もっとやりたいことがあるのにできなった。私は違う。死ぬ運命じゃないのに、生きることから逃げていた。そして、向き合ってみれば、変えられることもあるかもしれないと思った」
僕は二人の話を話してよかったと思った。彼女にはしっかり僕の思いが届いていた。
「私が信じられるものってなんだろうってずっと考えてた。その答えがやっとわかった」
彼女はゆっくりと深呼吸した。
「それは自分自身。物事に向き合えば、辛い思いになる時もきっとある。でも、それを乗り越えられるかどうかは自分自身にかかっていると思った。心を癒すこと、物事の捉え方を変えるのは本人がすることだから。私は私を信じたい。簡単なことじゃないのはわかっている。でも誰よりもそばにいる自分をもっと大切にし愛してあげたい」
「そう思えたこと自体がすでにすごいです」
「私は、これから先ももっと生きたい。孤独なんかに負けない。もう自殺もしない。自分自身を信じて、決められた未来を変える」
彼女が信じたのは自分自身だけじゃなく、僕という他人もだった。
僕はそのことを彼女に伝えた。
「言われてみればそうだね。歩さんのことはなぜか信じられた」と頬を少し赤らめていた。
「どうしたの?」と僕は聞いた。
「いや、こんなにネガティブで自分に自信がない私が、自分を信じれるのかって思っちゃうかなあって」
「そんなこと思わないですよ。美優さんからは本当に頑張りました。どんな自分も受け入れて信じるってすごく大変なことです。それをやってみようと思ったのはすごいことです」
僕は本心からそう思っていた。
「歩さんがそばにいてくれたから、考えることができた。本当にありがとう。すぐにはできないかもしれないけど、私、自分を信じてみるよ」
彼女は自分自身を信じて、これから生きていていくことになるだろう。辛いこともあると思う。立ち止まるときもあると思う。
それでも、彼女なら乗り越えられそうな気がした。
自分自身を信じること。それは強さがあり、すごく素敵なことだから。
僕は彼女のそばにいれてよかったと思った。
こんなにも人には力があるんだと改めて思えた。僕も彼女から生きる力をもらえた。
そして、何より彼女の命を救えて本当によかった。
看取るだけじゃなくて、僕にも人の命を救うことができた。
看取ること、人の命を救うこと、それらが僕にあの時のことを完全に思い出させた。
いろいろなピースか重なりあって、全て思い出せた。
今まで記憶の奥底に押し込んで意図的に隠していた。
僕も、ただ逃げていただけだった。
決して忘れてはいけないことなのに、思い出さないようにしていた。
それは、優しくて強くもある人の最期の日のお話だ。