「助けて」
夜中に彼女から電話があり、僕は急いで彼女の家に向かった。
僕は心が大きく乱れることがあったのだろうと思った。
電話越しの声が震えていた。
家に着くと、彼女はキッチンで包丁を持ちながら泣いていた。
電気もついていない部屋から彼女の泣き声だけが響いていた。
彼女は独り言のように話し始めた。
「ふとした瞬間に、私って独りだなと感じる。そうするとどうしようもないぐらい死にたくなる。その感情を止められない。私って弱い?」
彼女は死にたい理由を初めて僕に話してくれた。
「弱くないです」
僕はしっかりと彼女の目を見て話した。
「本当に?」
「本当です」
僕は彼女の手から包丁をゆっくりと切り離した。
「でも、独りだよね?」
「僕がそばにいます」
「歩さんだって、ずっとそばにはいてくれないよね。私が自殺しないとわかればきっといなくなっちゃうんだよね。そんなの嫌だ。ずっとそばにいてよ」
彼女の本心がどんどんあふれてくる。
誰しも独りでは生きていけない。
ただ彼女は誰よりも独りになることを恐れていた。
いや、もうこれ以上独りでいることに耐えられなくなっていたという方が正しいかもしれない。
「確かに、僕は美優さんが孤独で自殺をしてしまうことを防ぎにやってきました。それが終わっても、僕たちの関係が完全になくなることはありません。いつでも会えますよ」
「ホントに? 歩さんは私のことを裏切らない? 私をおいてどこかにいってしまわない?」
彼女は僕が思っていたよりずっと自分と闘っていた。前に進もうとしていた。
彼女は今また誰かを信じようとしている。それをすることは彼女にとってとても勇気のいることだっただろう。
僕はその気持ちに応えたい。
「大丈夫ですよ」
「ありがとう。私頑張る」
それは、彼女と心が触れあった瞬間だった。
それから数日が経ったある日のことだ。
「歩さんが看取った人の話をもっと聞かせてくれない?」
今僕は彼女の部屋の中にいる。
そう話す彼女はなんだかいつもより明るい表情をしている。
あの日を境に、彼女はよく僕を頼ってくるようになった。
前よりも呼んでくれる回数が増えた。それは些細なことの時もあった。
彼女は彼女のペースで、ちゃんと自分と向き合おうとしている。
その力に僕はなりたかった。
僕は淑子さんの話をした。
彼女は死を迎える最期の瞬間まで愛を信じて生きてきた。
美優さんにとって、愛とはわからないものかもしれない。
今まで人を信じられず、本気で愛したことがないと言っていたから。
でも僕は愛を一番に信じている人もいると、知ってほしかった。
世の中にはたくさんのものがあって、何を心の拠り所にするかは自分自身で選択できるから。
そのためにも心の拠り所になりそうなものを僕は教えたい。
「そんな人もいたのね。その人も強い」
僕は淑子さんの幸せそうな顔を思い出して、いつの間にかホッとした気持ちになっていた。
その後に、尊くんについてもさらに話をした。
僕にとって、淑子さんも尊君も大切な人だ。
初めは赤の他人だった。
でも関わっていき、その人のことを知っていった。
そして、一緒に時間を過ごしていると、その人を大切に思うようになっていった。
彼女は話を聞き終わると、少し考え込んでいた。
頑張らなきゃと思いすぎているのかもしれないと僕は少し不安になった。
彼女はきっと頑張りすぎてしまう癖があるから。
「確かに二人とも強い人でした。でも美優さんと同じようにすごく悩んでもいました。最初から強い人なんていないですよ」
「ホントに? なんだか歩さんがそういうなら信じられる。強い人も迷ったり悩んだりするんだね」
誰だって死は怖い。
受け入れることは簡単なことではない。
でも、信じられるものや支えてくれる人がいるからまた立ち上がれる。
彼女にそれも伝えた。
彼女の緊張が解けた音が聞こえた気がした。