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五節 「決して忘れない」

 太陽の光りが差し込んできている。こんなに晴れたのはいつぶりだろう。

「必ず個展を成功させますから」

 彼の最期の日がやってきた。

 彼だって自分の体調のことはわかっているはずだ。

 やはり今回も避けることができなかった。

 僕にはどうしようもできないことはわかっているけど、やっぱりやるせなかった。

 本当は看取るのではなく、命を救いたい。

 看取る人の内面を知れば知るほど、そう強く感じた。

 彼が前に言った「助けて」という言葉がずっと頭に張りついて離れない。

 彼はベッドで横になっている。体はもうほとんど動かせない。

 部屋には、絵の具の匂いが変わらず漂っている。

 それは彼がここで生きてきたことを強く証明していた。

 僕は彼にそう伝えながら、考えていた。

 彼は本当に孤独ではなかったのだろうか。

 夢をひたすらに追いかけ、僕とたまに話をして、少しでも安心できただろうか。

 僕にはまだできることがある。

 それは、言葉をかけることだ。

 そして、彼が亡くなっても、個展を開くことだ。

 彼が生きた証であり努力の成果であるから。

 また、彼が評価される可能性もあるからだ。でも、たとえ誰かに評価されなくても彼の生きた姿は僕がしっかり心に焼き付けている。

 彼は小さく頷いた。

「きっとたくさんの人が来てくれますよ。なにせ目玉はあの絵ですからね」

 僕はとびきりの笑顔をみせた。

 彼が最後に描いた女性と子どもが笑いあっている絵を目玉にした。あれは彼の魂のような作品だから。

 彼も笑っているように見えた。

「僕は尊さんが正真正銘の画家だったと思います」 

 僕はゆっくりと話を続ける。

「絵に対する情熱。ひたすらに絵だけに向き合ってきた人生。人を魅了する実力。それを備わっているのに、『画家』と呼ばずしてなんと呼びますか? あなたはすでに立派な画家ですよ。だからあなたの夢は叶いましたよ」

 僕が画家と認めることで、彼の中で何か変わるかはわからない。自分や世間が認めないと納得できないかもしれない。

 でも、僕は彼を認めたかった。

 そして、彼は一人じゃなかったと伝えたかった。彼は夢に情熱を燃やし、夢と共に生きてきた。

 彼は手を動かしたので、僕は彼の手を握った。

「僕は尊君が画家だったことを絶対に忘れません。だから、」

 だから、決して孤独じゃなかったですよとはっきり言えなかった。

 自信がなかった。

 それは僕が決めていいものではない気がしたから。

 僕が言葉に迷っていると、彼が何かをしゃべった。

 しかし、それは言葉になっていなかった。

 それを最期に彼は静かに息を引き取った。

 彼がなんと言ったか聞きたかった。

 死を前にして、彼は何を思ったか知りたかった。

 でも、それはできなかった。

 苦しみが雪崩のように押し寄せてきた。自分でも感情を抑えることができなかった。悲しくて仕方なかった。彼がいなくなるのが嫌だった。

 どうしてこんなに心が苦しいんだろう。

 彼とはほんの少しだけ関わっただけだったのに、僕の中で彼が大きな存在になっていた。

 こんな気持ちになるなら、直接聞けばよかった。

 孤独だと言われたら、彼の望むようにする。

 それでよかったのに……。

 僕はまた一人後悔をした。

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