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第34話 メフィストの悩み

朝の静寂の中、レイが目を覚ますと、すでにルナが起きていた。彼女は窓際で薄い朝日を浴びながら、ウィンドウを開いて何かを調べているようだった。


軽く目をこすりながら起き上がると、ルナがこちらを振り返り、小さく手招きをする。レイは周囲を見回し、まだ眠っているメフィストと朧を確認すると、そっと廃墟を抜け出してルナの後を追った。


外は澄み切った空気が心地よく、鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。廃墟の外は小さな草原が広がり、朝の穏やかさが辺りを包んでいた。しかし、そんな空気を破るように、ルナは真剣な表情でレイに向き合った。


「レイ、これを見てほしいの」


そう言って、ルナはウィンドウを表示させた。そのウィンドウには掲示板が映し出されており、「メギド」というキーワードで検索された書き込みが一覧になっていた。ルナは指を使ってスクロールしながら、重要そうな箇所を次々と見せていく。


「この辺りから見て」と、彼女が指差した箇所は、ログアウトが不可能になった日以降の書き込みだった。


レイはその内容を目で追いながら、ざっと要点を掴む。メギドに関する投稿は、メンバー募集やギルドの活動報告から、他の冒険者たちの批判や愚痴、さらには期待の声まで、多岐にわたっていた。その中には、一見すると無駄話に見えるものもあったが、貴重な情報も隠れていた。


ルナがスクロールを止め、重要な部分を指し示す。「ここ、見て。この書き込みなんだけど、メギドの勢力がどれだけ広がっているか分かるわ」


レイは頷きながら内容を読む。現在、メギドのギルドは「メギド」を冠する同盟を含めて大きな勢力を誇っており、総勢100人以上に及ぶ規模だという。そして、その増やし方が非常に荒々しいことが批判されていた。メギドに反対意見を述べる者が痛い目に遭わされることが暗に示されており、掲示板にはそのような恐怖を抱いた投稿が多数寄せられている。


一方で、メギドを崇めるような信者じみた書き込みも多く見られた。それらは、メギドがこの世界の秩序を立て直す存在だという期待を込めたものだった。


さらに注目すべき情報として、メギドが「神器」と呼ばれるレジェンダリーアイテムや装備を積極的に集めていることが判明した。どうやら、各地のダンジョンや冒険者たちの戦利品に目をつけ、それを効率的に回収することで、この世界の覇権を握ろうとしているようだ。


「…あいつら、ふざけた連中だと思ってたけど、実際はかなりの強豪ギルドなんだな」と、レイは苦々しい表情で呟いた。


「ええ、それに目に余る所業も多いみたい。でも、彼らがやっていることには一定の戦略があるのは間違いないわ」とルナも冷静に分析する。


レイは顎に手を当てながら考え込む。「朧が言ってた搾取も、その流れの一環かもしれないな。冒険者がダンジョンで得たものを管理するために、ギルドが圧力をかけている可能性が高い。そうやって神器を効率的に集めるつもりなんだろう」


「そうね…でも、あくまで私たちに直接的な被害がない限りは、関与しない方がいいかもしれないわ」とルナが慎重に提案する。


レイはしばらく考えた後、小さく頷いた。「基本的には放っておこう。ただ、目に余る行為があったり、助けを求められたりしたときは容赦しない。俺たちができるのは、そのくらいだろうな」


ルナもその結論に納得したように頷き、ウィンドウを閉じた。


「さて…戻りましょうか。朝食の時間になるわ」とルナが言い、二人は廃墟へと歩き出した。まだ淡い朝日が、静かに二人の背中を照らしていた。


朝の冷たい空気が辺りに漂う中、レイとルナは廃墟に戻った。足音を忍ばせながら扉を開けると、メフィストがすでに起きていた。彼は窓辺に腰掛け、腕を組んでじっと遠くを見つめている。その瞳にはどこか物思いに沈んだ影が宿っていた。


「おはよう、メフィスト」とレイが声をかけると、メフィストはわずかに肩を震わせ、思考の中から引き戻されたように顔を上げた。軽く微笑みを浮かべながら「おはよう」と返事をするが、その表情にはどこか晴れないものがあった。


「何か考え事でもしてたのか?」レイが尋ねると、メフィストは少しだけ躊躇した様子を見せた後、「いや、ちょっとな…」と曖昧な返事をする。目線を窓の外に向けたまま、その言葉以上を語ろうとはしない。


「どうした?」レイがさらに問いかけると、メフィストは少し俯き、「レイ、ちょっと外の空気を吸いに行こう」とだけ言った。


「帰ってきたばかりなのにまた外か…」レイは聞こえないほどの声で呟き小さくため息をついたが、メフィストの様子が普段と違うことに気づき、深く追及することはしなかった。「分かったよ、付き合うよ」と頷き、後を追う。


「いってらっしゃい」とルナが手を振りながら見送る。彼女はまるで2人の事情を察しているかのように静かに微笑んでいた。


廃墟を抜け出すと、再度ひんやりとした朝の空気が肌を撫でる。道端には霧が薄く漂い、昨夜の寒さを感じさせた。メフィストはしばらく無言のまま歩き続け、やがて街の方角を背にした小高い丘の上で足を止めた。


「ここでいいだろう」と呟きながら振り返ったメフィストの顔は、どこか決意を秘めたものに見えた。レイはその表情にただならぬものを感じながら、無言で彼の言葉を待つ。


しばらくの沈黙の後、メフィストがぽつりと口を開いた。「レイ…俺はどうすればいいんだろう…。ルナに嫌われてるのかもしれない…」


その言葉に、レイは目を見開き、「えっ?!」と驚きの声をあげた。普段、冷静沈着なメフィストがこんなことを言うとは思いもしなかった。


「昨日の夜、フレンドリストを何気なく眺めてたんだよ。昔の仲間を懐かしみたくなってさ。そしたら、ふとルナもフレンドに入れておこうって思ったんだ。でも…」


メフィストは苦い表情を浮かべたまま続ける。「フレンド申請が送れなかったんだ。何度やっても、エラーが出る。多分、ブロックされてるんだと思う。俺、ルナに嫌われるようなことしたのかな…?」


メフィストの声には、いつもの自信に満ちた響きはなく、ただ戸惑いと不安が滲んでいた。その姿は、冷静な剣士としての彼ではなく、迷える青年そのものだった。


レイはしばらく言葉を失っていたが、ふと何かに気づいたように顔を上げ、メフィストに声をかけた。「メフィスト!それは違う!」


「違うって…何がだ…?」


「実は、まだ言ってないことがあったんだ」とレイは一呼吸おいてから、意を決して続けた。「ルナは…NPCなんだ」


その言葉に、メフィストは呆然とした表情を浮かべた。「えっ!?ルナがNPC?!嘘だろ…。全然気づかなかったぞ…。ていうか、何で今まで言わなかったんだよ!」


「悪かったよ。タイミングを見失ってて…」レイは申し訳なさそうに頭を掻いた。


しばらくの沈黙の後、メフィストは深々と息を吐き、「そういうことか…嫌われてるわけじゃないんだな。いや、良かった。本当に良かった…」と胸を撫で下ろした。


その瞬間、腰に差してあったヴェシリアルが口を開いた。「あんた、本当にそんなことにも気づかなかったの?呆れるわねえ…」


「はいはい、悪かったな」とメフィストは苦笑しながらヴェシリアルをポンポンと叩く。


「それやめなさいよね!」とヴェシリアルが怒るが、メフィストは気にも留めず無視を決め込む。


話が一段落し、2人は廃墟への帰路についた。朝日が昇り始め、さらに空が明るく染まっていく中、レイとメフィストは少し軽くなった気持ちで歩き続けた。


廃墟に戻ると、ルナがすでに朝食の準備を始めていた。その姿を見て、メフィストは安堵の笑みを浮かべ、そっと彼女に声をかけた。「おはよう、ルナ」


「おはよう、メフィスト」とルナは振り返り、優しい笑顔を見せる。その光景に、メフィストは安心したように深く頷いた。再び日常に戻った彼らの姿が、廃墟の朝の光に静かに包まれていた。

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