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第33話 メギドの悪意

朧は少し目を伏せ、まるでその時の情景を思い浮かべるかのように、丁寧に言葉を選びながら話を続けた。


「アークウィングのマスターは、ただ強いだけじゃなくて、本当にみんなのために戦ってきた人だったんだ。初期地点で何も持たない冒険者たちが少しでも安全に、そして希望を持って生活できるように、ギルドを作って、街の人たちとも積極的に協力していた。だから、彼女のことを信じて支えていた仲間も多かったんだ。でも…」


朧の声が少し震える。「ログアウトができなくなって、混沌としたこの世界で生き抜くために、彼女はきっと焦っていたんだと思う。そんなとき、メギドのギルドからの同盟の話が持ちかけられた。最初は、アークウィングの仲間たちもその決断に賛同していたよ。だって、他に頼るものがなくて、不安な毎日が続いていたからね」


「でも、メギドが条件として送り込んできた幹部は…思ってた以上にアークウィングに影響を与えたの。穏やかな顔つきと礼儀正しい言葉で、最初はみんなに好印象だったんだけど、少しずつギルドの中核メンバーたちの信頼を得ていったんだ。そして、いつの間にか、ギルド内での発言権を握り込んで、アークウィングの方針まで変えてしまったのよ…」


「幹部がアークウィングの内部に入り込んだことで、次第にメギド派とマスター派に分裂してしまった。それでも、マスターは一生懸命に仲間たちの絆を保とうとしていたけど、メギド派の人たちはその絆を徐々に壊していったんだ…」


朧の言葉には、深い悲しみが込められていた。仲間同士の裏切りが、どれほど残酷で、どれほど心を傷つけるものかを知っているかのように、彼女の瞳は遠くを見つめていた。


「そして、その日が来たの。マスターとメギドの使者が直接対決することになってしまったんだ…」朧は息をのむように言葉を区切り、記憶をたどるように一瞬、瞳を閉じた。「結果は…マスターの敗北。あの強かったマスターが、メギドの使者に屈してしまったんだ」


その出来事は、アークウィングの運命を決定的に変えた。マスターが敗れたことで、アークウィングは完全にメギドの支配下に置かれ、内部での反抗は許されなくなった。そして最も残酷なのは、その日の夜、アークウィングの仲間だったメンバーたちが一斉にマスターに襲いかかったことだった。


「マスターは仲間だと思っていた人たちに裏切られて、装備やレアアイテムを根こそぎ奪われたんだ。その上、彼女はこの街から、そして自分が築き上げたギルドからも追い出されてしまった…」


朧は悔しそうに唇を噛みしめ、拳を握りしめた。かつて信じていた仲間たちに裏切られ、すべてを奪われたマスターの無念さが、彼女の表情に映し出されているようだった。


「彼女が街を去った後、アークウィングは完全にメギドの思うがままになった。ギルドはもう、助け合う場所なんかじゃなくなって、弱い冒険者たちは搾取されるだけの存在になってしまったの。私もそのひとりで、いくら努力しても報酬の半分以上を持っていかれるし、少しでも反抗しようものなら…酷い仕打ちが待っている」


朧の声には、抑えきれない怒りと無力感が混じっていた。信じていたギルドが、今では力ある者だけがのさばり、弱き者を苦しめる場と化してしまったという現実が、彼女の心を深く傷つけていた。


「本当は…あんたたちのことを掲示板で知って、もし力を貸してくれるならって、少しだけ希望を抱いてしまったのかもしれない。でも、最初から話せなかったことはごめんなさい…信じてくれなかったかもしれないって思って…」


朧は少し俯き、申し訳なさそうに目を伏せた。その言葉に、レイとルナはお互いに視線を交わしながら、彼女が抱えている苦しみと孤独を少しずつ理解し始めていた。


そして、レイが静かに言葉を継いだ。「…そんな事情があったのか。正直、アークウィングがそんなギルドだなんて、聞いて驚いたよ」


朧は苦しそうに微笑み、「今のアークウィングには…あの頃の仲間の面影なんて、もうないの」と、目に涙を浮かべながら呟いた。「皆、ただ生きるために仕方なく従ってるの。でも、本当は…昔のアークウィングみたいに、助け合って安心して活動できる場所に戻りたいだけなんだ」


メフィストが重々しく頷き、「そんな事情があれば、無理もないな。だが…それでどうする?お前はそのために、俺たちにどうして欲しいんだ?」と真剣な目で問いかけた。


朧は一瞬戸惑いを見せたが、やがて勇気を振り絞るように言葉を紡いだ。「あの…お願いです、どうか、アークウィングに潜むメギドの幹部たちを倒してほしいの。私だけじゃ、どうにもならなくて…」


ルナが穏やかな口調で応じる。「それがあなたの願いなら、私たちもできる限り力になりたいわ。でも、話を聞く限りメギドに挑むのは大きなリスクを伴う。朧さん、覚悟はできているの?」


朧は頷き、強い意志を込めた目でルナを見つめ返した。「覚悟はあるわ。少しでも、この街を昔のような平和な場所に戻したい。そのために、何でもする」


レイは深呼吸をしてから、ゆっくりと笑みを浮かべた。「分かった。俺たちも手伝おう。ただし、無茶はしないこと、そして俺たちの指示には従ってくれること。それが条件だ」


朧の顔に安堵の色が浮かび、涙ながらに感謝の言葉を口にした。「…本当に、ありがとう」


その場に立ち尽くす3人の姿が、冷たい夜風の中でひっそりとたたずんでいたが、彼らの心には、新たな使命感と結束の光が灯り始めていた。


気づくと、周囲の民家の灯りは消え、街は静まり返っていた。夜の冷たい空気が、まるで彼らを急かすかのようにじわりと肌に染み込んでくる。レイたちは、行く先をどうするか悩んでいたが、そこでふと、朧が口を開いた。


「一つ提案なんだけど、街の外れに廃墟があるの。そこなら、今夜くらいは休めると思うよ」と、朧が少し控えめに言う。


その言葉を聞いたルナが頷き、「街中で夜を明かすのはあまりいい策とは思えないし、疲れも取れないわ。それなら廃墟にでも行って休みましょう」と賛成の意を示す。


レイとメフィストもその案に同意し、3人が揃って頷くと、朧は満足げな笑顔を浮かべ、「ついてきて!」と声をかけ、素早く前を走り出した。後ろを振り返りながら、軽快な足取りで案内する朧を見て、レイたちは自然とその後ろに続いていった。


夜風が冷たく吹き抜ける静かな街外れの道を進み、やがて古びた廃墟が月明かりに照らされて浮かび上がってきた。かつては宿泊施設か何かだったのだろうか、今は荒れ果てているが、建物自体はしっかりとした造りをしている。


「ここよ。少し古いけど、雨風はしのげると思う。前に中を確認したことがあるけど、危ない場所もなさそうだったから安心して」と朧が言い、建物を見上げながら少し誇らしげに微笑んだ。


ルナがその廃墟に目をやり、「ありがとう、朧。ここなら静かに休めそうね」と安堵の表情を浮かべる。


レイとメフィストも廃墟の中に入ると、手早く休む場所を探してそれぞれの寝床を準備した。部屋の隅に簡易の寝具を敷き、それぞれが今夜の休息に備える準備を進める。朧は少し離れた窓際に腰を下ろし、じっと外の景色を見つめていた。彼女の表情にはどこか切なさが漂っている。


レイはそんな彼女に気づき、優しく声をかけた。「朧、今日は色々ありがとう。君の助けがなかったら、今頃どうなっていたか分からないよ」


朧は少し照れくさそうに微笑み、「いいの、私はみんなに迷惑をかけてしまったし…、このくらいさせて」と静かに答えた。


窓から差し込む月明かりが、彼らの周囲を穏やかに包み込んでいく。その夜、廃墟の静けさの中で、レイたちはそれぞれが抱える思いを胸に、ゆっくりと眠りについた。

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