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第32話 アークウィング

レイとルナはヴェシリアルと朧を連れて街に戻った。道中、朧が何度も逃げようとしたため、レイはヴォイドウィーヴを使い、彼女の両手を粒子で固めて手錠のようにして連行することにした。


ヴェシリアルについては、どうやらメフィストの言っていた通り本当に酒場で「寝ていた」らしい。道中、完全に目覚めたヴェシリアルは、朧への文句や「酒場で酒を飲めなかった」という愚痴を延々とこぼし続け、レイとルナを少しばかり呆れさせていた。


しばらく歩くと、彼らの目の前にアルメアの魔法壁が現れた。どうやら夜が深まると魔物除けとして街の周辺に魔力の防護壁が張り巡らされる仕組みになっているようだ。その魔法の壁は淡い光を放ち、静かに街を守っている。


「魔族のヴェシリアルが引っかかるかもしれないな…」と少し不安に思いながら近づいたが、剣という姿のためか、何事もなく防護壁を通過することができた。


ヴェシリアルは通過できたことが少し誇らしいのか、「ふん、こんなもので私を防げるわけないでしょ!」と鼻を鳴らしたが、レイとルナは「ただの剣だから通過できただけじゃ…?」と心の中で突っ込みながらも、無事に街へと戻っていった。


そして、酒場の近くのベンチで眠っているメフィストの元へと3人は戻った。メフィストはすっかり眠り込んでいたようで、少し揺さぶるとようやく目を覚まし、ぼんやりとした表情で周囲を見渡した。だが、目が完全に覚めると、朧が捕まっていることに気づき、すぐさま表情が険しくなった。


「お前、朧…一体何をやってるんだ?」メフィストは厳しい声で問いただし、朧をじっと見つめた。朧は肩をすくめてごまかそうとするが、レイとルナも真剣な表情で彼女に向き合っていた。


朧はメフィストが寝ていたベンチに座らされ、3人がその前に立って彼女を見下ろす形になった。3人の目は、それぞれ疑問と困惑、そして少なからず怒りを宿しているように見えた。


ルナが一歩前に出て、鋭い視線を朧に向けた。「朧さん、あなたがこの街で生活しているのは分かったけど、どういう意図で私たちに近づいたのか、説明してもらえるかしら?」彼女の声には普段の柔らかさがなく、厳しい響きを帯びていた。


朧は少し躊躇しながらも、「ええと、別に深い意味はないんだけど…あんたたちが困ってるみたいだったし、ただ手を差し伸べただけで…」と、曖昧な言葉で答えた。だが、その様子を見たレイが眉をひそめる。


「ただの善意で助けてくれたなら、それはそれで感謝する。でも、もし何か他の意図があったのなら…?」レイが鋭く問いかけ、彼女の返答を促すように見つめた。


朧はしばらく言葉を探すように視線を彷徨わせたが、結局観念したかのように視線を落とし、静かに答えた。「…正直に言うと、少しだけ、あんたたちが持ってたヴェシリアルが気になったの。高そうに見えたし、売れれば宿代くらい稼げるかと思って…」


その言葉を聞いたメフィストの表情が険しくなり、拳を握りしめて低い声で「ヴェシリアルを…金にしようとしてたってことか?」と吐き捨てるように言った。朧はその言葉にビクッと肩をすくめ、怯えた様子でメフィストから目を逸らした。


ルナも朧を厳しく見つめ、「なるほどね。じゃあ、私たちが気を許してる隙をついて、ヴェシリアルを盗んで売ろうとしたってわけ?」と問い詰めた。朧は小さく頷き、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「分かってるわ、やってはいけないことをしたってことも。だけど…あんたたち、見たところ他の冒険者と違って、雰囲気がすごく強そうだったから…つい、興味を持ってしまったのよ」と彼女は小声で言い訳めいた言葉を口にした。


メフィストはそれを聞いて呆れたようにため息をつき、腕を組み直して「どう責任を取るつもりだ?」と厳しい表情で問うた。


朧は何か言い返そうと口を開いたが、言葉が見つからないのか、再び視線を彷徨わせる。明らかに後悔している様子だったが、謝罪の言葉はまだ口にしない。


「自分の行動には責任が伴うのよ、朧さん。もしヴェシリアルが売り飛ばされていたら、私たちはどうすれば良かったのか、分かる?」ルナが冷静に問いかけ、彼女の意識をこちらに向けた。ルナの真剣な視線に、朧もようやく自分のしたことの重さを実感したかのように、顔を俯かせた。


「…ごめんなさい。本当に、悪かったと思ってるの。でも、他にどうやってお金を稼げばいいのか分からなくて…」朧は静かに謝罪の言葉を口にしたが、3人はまだ彼女を許したわけではなかった。


「ヴェシリアルがどれだけ大切なものか、君には分からないだろうな。これがただの剣じゃないってことは、話を聞いて分かっていたはずだ」レイが淡々とした口調で指摘し、彼女の行動の軽率さを責めた。


朧は小さく頷き、もう一度「ごめんなさい」と謝ったが、3人の表情は変わらない。


朧の肩が震え、ついに涙がこぼれ落ちた。声を上げて泣く彼女に、レイとメフィストは面食らい、互いに顔を見合わせて戸惑うばかりだった。女の子に泣かれるなど、二人にとっては完全に予想外の展開で、どう対応すればよいのか分からない様子だった。


「いや、そんなつもりじゃなかったんだ。ちょっと…言い方がきつすぎたかもな。ほら、みんなだって大事なものを盗まれたら困るだろ?」レイは焦りながら、朧を宥めるように言葉を探した。メフィストもその隣で気まずそうに口をつぐみ、どうにも困惑した表情を隠せない。


一方で、ルナだけは冷静だった。彼女は泣き崩れる朧に対して、特に焦ることもなく、淡々とした表情でその様子を見つめていた。ルナにとっては、ここで感情に流されることよりも、状況をしっかりと理解し、必要な情報を引き出すことが先決だった。


「朧さん、もし他に話したいことがあるなら、今のうちに言っておいたほうがいいわよ?」と、落ち着いた声で問いかけた。ルナの言葉には、どこか安心感が漂っており、泣き止むきっかけを与えるように響いていた。


朧は涙で濡れた顔をこすり、しゃくり上げながらも、ぽつぽつと話し始めた。「…私がこんなことをしたのには、理由があるの…。この街の冒険者ギルド、アークウィングの連中が、私たちみたいな弱い冒険者から搾取しているのよ…」


その言葉に、3人は思わず目を見開いた。レイが「搾取…って、どういうことだ?」と驚いたように問い返す。今まで彼らが知っているギルドは、基本的に仲間同士の助け合いや支援の場であり、搾取など考えたこともなかった。


朧は震える声で続けた。「アークウィングは、この街で大きな勢力を持っているから、私たちに仕事を回す代わりに高額な手数料を取ったり、報酬の半分を奪ったりするの。少しでも反抗すると、もっと酷い仕打ちが待ってる…」


メフィストが拳を握りしめ、「そんな…ギルドって、本来は支え合うためのものじゃないのか?」と呟いた。その言葉には、彼の怒りと困惑が混じっていた。


「そうよ、でも彼らにとっては違うの。自分たちの利益だけが大事で、弱い冒険者なんて、ただ利用する対象でしかないの…」朧はそう言って涙を拭い、彼らに目を向けた。


レイとルナはしばらく黙り込み、互いに視線を交わした。彼らは朧の話が真実であることを理解し、次第に同情と共に憤りを感じ始めていた。


ルナが静かに頷き、「分かったわ、朧さん。あなたがその状況で苦しんでいること、今やっと理解できた。でも、あなたが私たちに協力を求めたかったのなら、もっと早く伝えてくれればよかったのに」と、柔らかな声で伝えた。


朧は再び俯き、「ごめんなさい…。でも、誰も助けてくれないと思っていたの。だから…あんなことをしてしまったの」と消え入りそうな声で呟いた。


彼女の言葉に、レイは静かにうなずき、気持ちを落ち着けた様子で「…大丈夫、俺たちにできることがあれば協力するから。まずは、何が起きているのかをもっと詳しく知ろう」と、彼女を安心させるように微笑んだ。

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