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第31話 狐の獣人

3人と狐の女の子はそのまま食事を共にし、夜が更けるまで楽しい会話に花を咲かせていた。彼女は自分の名前を「朧(おぼろ)」と名乗り、このアルメアを拠点に冒険を続けていることを教えてくれた。親しみやすい彼女の笑顔と、初対面とは思えない距離感に、3人もすぐに打ち解けていく。


朧は自然体でどんな話題にも対応し、彼らの言葉に丁寧に相槌を打ちながら巧みに会話を広げていった。ルナもレイも次第に話に夢中になり、それぞれの関係性やこれまでの冒険について、朧に話せる範囲で語り始めた。メフィストは、過去のことを少しだけ交え、控えめに自分の物語を話す。彼のいつもの冷静な表情が、柔らかく和らいでいるのが印象的だった。


酒場の賑やかさに身を任せる中で、メフィストは杯を重ねていくごとに上機嫌になり、笑い声も次第に大きくなっていった。普段の落ち着いた様子からは考えられないほどで、親しげに肩を抱いたり、陽気に声をあげたりと、すっかり酔いが回っているようだった。レイとルナもそんな彼の意外な一面に驚きながらも、自然と笑みを交わし、暖かな空気に包まれていた。


「本当に楽しい時間だったわね」ルナが杯を置き、にこやかに微笑むと、メフィストが大きく頷いて「そうだな!今夜は最高だ!」と声を張り上げ、再び杯をあおった。


やがて夜も更け、店内の活気も少しずつ静まってくる。朧が微笑みを浮かべて話を聞いていたが、ふと何かを思い出したかのように視線を逸らし、そっと席を立つ様子が見えた。その動作は非常に自然で、誰も気づくことはなかった。


さらに時間が過ぎ、店主が店の片付けを始めると、3人も席を立つ準備を始めた。メフィストはすっかり酔いが回っている様子で、ふらふらと立ち上がろうとしては、レイに肩を貸されながらようやく歩けるといった具合だった。


店主が「そろそろ閉めるから、お開きにしてくれ」と声をかけると、レイとルナはメフィストを支えつつ、外に出る準備を整えた。しかし、ルナがふと何かに気づき、辺りを見渡した。


「…あれ?朧がいないわ」彼女は不安そうに言葉を漏らし、レイも気づかぬうちに姿を消した彼女に疑問を抱いた。思い返しても、彼女がいつ立ち去ったのか、まったく思い出せない。


「朧、トイレか外の空気でも吸いに行ったのかな…?」と呟きながらも、レイの心には淡い不安がて広がる。その時、ルナがさらに一つ、気がかりな点に気づいた。


「メフィスト、ヴェシリアルは?」ルナの問いかけに、メフィストは一瞬混乱した表情を見せ、腰に手をやった。しかし、そこにあるはずのヴェシリアルが見当たらないことに、彼の顔から酔いが引き、一気に真剣な表情へと変わっていく。


「ヴェシリアルが…ない…」メフィストは急に顔色を変え、目を見開いたまま口を動かす。どうしても剣が見当たらないことに気づき、レイとルナも不安げな表情を浮かべた。


「まさか、置き忘れたのか?ちょっと確認してみる」レイはそう言って、急いで店の中に戻り、店主に「忘れ物で剣がないか?」と尋ねた。店主は困惑した表情で、店内を見回しつつ、「いや、見当たらないね」と首を振る。


レイがため息をついて、メフィストとルナのもとに戻り、「置き忘れたわけじゃないみたいだ」と告げると、2人の表情はさらに険しくなった。


「まさか…盗まれた?」ルナが眉をひそめながら呟き、彼らの視線が自然と一点に集まる。その視線の先には、突然姿を消した朧がいたはずの空席がある。まるでその事実を示すかのように、テーブルにぽつんと置かれた朧のグラスだけが、3人の目に焼きついていた。


「まさか…朧が?」レイが疑念を口にすると、ルナも黙って頷いた。


メフィストは一瞬呆然としていたが、やがて怒りに震えるように拳を握りしめた。「あの狐娘…まんまとやられたってことか…」


その言葉に、3人はただ無言のまま、夜の街に佇んでいた。


酔いつぶれる寸前のメフィストを近くのベンチに座らせたレイとルナは、街中の人々に尋ね歩きながら、わずかな手がかりでも掴もうと必死に動いていた。酒場を出たばかりの冒険者や、夜道を歩く商人、通りすがりの衛兵にも声をかけたが、朧やヴェシリアルの姿を見た者はいなかった。返ってくるのは「今夜は人通りも少ないからなあ」とか、「狐耳の女性なら何度か見たが、もう帰っただろうよ」など、いずれも頼りにならない言葉ばかりだった。


「…どうする?」ルナが不安そうに問いかける。


「どこにもいないっていうのが、逆に不気味だな」とレイは眉をひそめた。通常であれば、魔剣ヴェシリアルが黙っていることなどほとんどなく、むしろ頻繁に自己主張してくる存在だ。それが酒場に入ってからずっと静かだったことが、かえって異常に思えてならなかった。


「ヴェシリアル…本当に、どうして喋らなかったんだろう」レイは小声で独りごち、頭の中で思考を巡らせる。


しかし、酔いの回ったメフィストに尋ねても、「んー、たぶん寝てたんじゃないか…?」と曖昧な返答しか返ってこない。その頼りない言葉にレイとルナは顔を見合わせ、思わず溜息をついた。何か異変が起きているのは間違いなさそうだが、それを解決する手がかりも見当たらず、時間だけが静かに過ぎていった。


「くそ…何も手がかりがないってのが、こんなに苛立つなんて」レイが肩を落としたときだった。


突如、夜空を裂くようにして、街の外れにある森の方角から赤い光がまばゆく輝き、空に向かってまっすぐに伸びていくのが見えた。その光は一瞬で消え去ったが、異様なほど強烈な力が放たれたことが周囲に伝わる。


「…今の、何かあったに違いない!」ルナが声を震わせる。


レイも息を呑み、視線を光の方角に固定した。「あそこだ…きっと、朧とヴェシリアルがいるはずだ」彼は確信に満ちた声で言い、ルナと目を合わせる。


「じゃあ、行きましょう!」ルナも頷き、二人は足早にその方向へと駆け出した。メフィストをベンチに残していくことに一抹の不安を抱きつつも、今はそれどころではない。今の閃光が意味するものを、確かめる必要がある。


走り出して間もなく、町の灯りが遠くなり、冷たい夜風が二人の顔を切るように吹き付けた。道は静まり返り、聞こえてくるのは二人の足音と夜の虫の音だけ。空には雲が広がり、月も隠れてしまったため、辺りはほとんど暗闇だったが、二人の胸には見えない焦りと不安が募っていた。


「レイ、あの朧って子、目的はいったいなんなのかしら?」走りながらルナが問いかける。


レイは少しの間沈黙した後、「わからない…けど、あの笑顔に油断したのは事実だ。もしかしたら俺たち、完全に騙されてたのかもしれないな」と苦々しく答えた。心の中で後悔がよぎりつつも、彼は足を止めずに駆け続ける。


そして、二人が暗闇の中を駆けるうちに、赤い光が放たれた場所が少しずつ近づいてきた。そこには、古びた木々が密集した一帯があり、木々の間からもやがかかっているように見える。闇の奥からかすかに人の気配が漂ってきた。


「ここだな、きっと…気をつけろ、何かある」レイがそう呟くと、二人は慎重に足音を殺して接近した。


前方から聞こえてくる声に、レイとルナは思わず足を止めて耳を澄ました。どうやら言い争いをしているようだが、どこか間の抜けたやり取りが続いている。


「普通、剣が喋るなんて思わないでしょ!」朧が半ば呆れたように声を荒げる。


「ふん、アタシだって寝てる間に持ち主が変わるなんて想像もしないわよ!」と、ヴェシリアルが不満げに返す。


レイとルナはその会話に思わず顔を見合わせた。どうやら深刻な状況ではなさそうだ。むしろ、二人は何かくだらない理由で口論をしているらしい。


「そもそも、勝手に人の所有物を持ち出して売ろうとするなんて、あんた何考えてるのよ!」ヴェシリアルが怒りをあらわにして言い放つ。


「だって、高級そうだったから…金になると思ったんだよ!」と朧が気まずそうに言い訳をする。「宿代くらい稼げると思ったし、ちょっとしたお小遣い稼ぎになればって…」


ルナが小声で「…どうするの?止めに入る?」と問いかけると、レイは肩をすくめ、少し呆れた様子で「うん、さすがにこれ以上放っておけないな」と答え、二人は朧とヴェシリアルの方へと近づいた。


二人の気配に気づいた朧とヴェシリアルが、気まずそうにこちらを見た。レイが軽く咳払いし、「なるほどね、ここで何をしているのかと思ったら…まさかこんなくだらない理由で喧嘩してるとは」と笑みを浮かべた。


朧はバツが悪そうに視線をそらし、「いや、ちょっとした小遣い稼ぎって思っただけで、まさかこんな面倒になるとは…」と小声でぼやく。


ヴェシリアルは呆れたように「金に目が眩むにも程があるわよ!」と再び言い返し、レイとルナはそのやりとりを見て、半ば呆れつつも少し笑ってしまった。

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