目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報
第28話 魔剣の過去

朝の光が差し込み始めたころ、レイは静かに目を覚ました。昨夜、ルナとメフィストと共に、今日この街を出て次の旅路へ向かうことを話し合っていたため、心の中には新たな覚悟が芽生えていた。彼は身支度を整え、短剣を手に取ってその刃を丁寧に磨き始める。粒子を練らなければ本来の黒い剣にはならないため、この短剣の手入れは毎朝のように行っている。


しばらくすると、控えめなノックの音がドア越しに聞こえた。「おはよう、レイ。準備してる?」と、ルナの穏やかな声が響く。彼が返事をすると、ドアが開き、ルナとメフィストが姿を現した。


「おはよう、レイ」とメフィストも軽く挨拶をし、部屋に入ると、テーブルの上に持ってきた荷物を置いた。ルナも「おはよう。朝のパン屋に立ち寄ってきたの。これ、旅の途中で食べられるようにって」と、微笑みながら焼きたてのパンが入ったカゴを差し出した。


レイはパンの香ばしい匂いを感じながら軽く笑みを浮かべ、「朝からありがとう、ルナ」と感謝の気持ちを伝えた。ルナもにっこりと頷き、カゴをテーブルに置いた。


メフィストは床に荷物を広げ、持っていくアイテムの最終確認をしている。「…水と食料、包帯もこれで揃ったな。薬草も持ってるし、これで大丈夫だろう」と、ひとつずつ確認するように呟く。昨夜の話し合いの際も慎重だった彼が、今朝もその真剣な表情で一つ一つ確認していく様子に、少しばかりの緊張が漂っていた。


レイも短剣の手入れを終え、荷物をまとめながら、「よし、これで準備は整ったな」と言って二人に視線を向けた。3人は、まるで昨夜の決意を再確認するかのように、静かな頷きを交わした。


部屋を出て、3人は宿屋の階段を降りていく。外の空気はまだ冷たく、街は静かに朝を迎えている。宿の前で最後の確認をし、彼らは再び旅路へと歩みを進めることにした。


「この街、意外と思い出深い場所になったわね」と、ルナが街を振り返りながら言うと、メフィストも遠くを見つめるように頷く。「確かにな。少し名残惜しい気もするが、前に進むしかない」


レイは二人の言葉に微笑み、「そうだな、まだ先は長い」と応え、3人は連れ立って歩き出した。


3人は昨夜の騒ぎがどのように収束したのか知らぬまま、街の通りを歩いていた。すると、広場の片隅で話している冒険者たちの声が耳に入ってきた。


「昨日のメギドをぶっ飛ばしたやつ、相当なやり手だったよな!」


「ああ、あのレベル差をワンパンで倒すなんて、流石にチートを疑うくらいだよな」


「実際、あのぶっ飛ばされたやつも、『あいつのジョブは見たことない!チートだ!』って騒いでたしな」


「けど、あのメギドに喧嘩売った奴、この世界じゃ生きていけないんじゃないか…」


「メギドってそんなにやばいのか?」


「ああ、あそこのギルドマスターもチートレベルで強いって話だぜ?」


「そうなのか…ならば、ぜひ昨日のアイツとメギドのマスターがタイマンするところを見てみたいものだな!」


冒険者たちの会話はまるで噂話の渦のように、次々と広がっていく。


レイはそれを聞きながら、頭を抱えるようにして小さくため息をついた。「やっぱりこうなるかぁ…」と呟きながら、2人と目を合わせた。


「早くこの場を離れたほうが良さそうね」とルナが苦笑し、メフィストも同意するように頷いた。「ここで話題になるのはまずいからな…さっさと出るぞ」


3人は互いに合図を交わすと、慌ただしく街を抜け出すために走り出した。周囲の冒険者の視線を避けるように、人混みを駆け抜け、ようやく街の門へとたどり着く。気づかれないうちにと急ぎ足で門を出た彼らは、ようやく静けさを取り戻した道を進み、次の冒険へと向かって歩き出した。


3人は広がる草原の中をゆったりと歩いていた。柔らかな風が吹き抜け、遠くには青々とした山々が連なっている。ふと、レイが気になってメフィストの腰にあるヴェシリアルをちらりと見やり、軽い調子で問いかけた。


「ヴェシリアルって普段は大人しくしてるけど、何か考え事とかしてるのか?」


メフィストはその質問に少し驚いたような表情を浮かべ、口元に手をやりながら考え込む。「確かに…どうなんだろうな」


その様子を見たヴェシリアルが、ふいにふっと息をつくように喋り出した。


「何も考えちゃいないわよ」


レイとメフィストはそのあまりに普通の答えに思わず肩透かしを食らったような気分で、「ふーん、そうなのか」と、特に何も言わずに会話を終えようとした。だが、ヴェシリアルは納得がいかない様子で言葉を続けた。


「ちょっと待ちなさいよ、もう少しアタシに興味を持ちなさい!人間の男ってのはどうしてこうもつまらないのかしら?」


その勢いに押され、レイとメフィストは少しだけ顔を見合わせた。そんな中、ルナが興味を持ったように口を挟む。


「私は、あなたがどうして魔剣になったのかが気になるわ」


その言葉にヴェシリアルは一瞬黙ったが、やがて気にする様子もなく、あっけらかんと答えた。


「魔王に裏切られたのよ」


その一言に、レイとルナは面食らったように戸惑いの表情を浮かべる。裏切られたという重い内容の詰まった言葉が、思った以上に深い過去を感じさせた。


「裏切られたって…?なんで?」レイは率直に問いかけた。


「知らないわよそんなの!アタシが要らなくなったんじゃないの?」ヴェシリアルは少し不機嫌そうに答え、鼻で笑うようにそっぽを向いた。


そこでルナが再び問いかける。「メフィストは、ヴェシリアルの過去を知ってるのよね?」


メフィストは頷きながら、少し渋い表情を浮かべた。「ああ、こいつの過去のことは、根掘り葉掘り聞かせてもらったさ。そうでもしないと、俺の気持ちは落ち着かなかったしな」


その言葉に、ヴェシリアルはため息をつきつつ、やがて語り出した。「分かったわよ…これから仲間として行動を共にするかもしれないから、今のうちに話しておいてあげる」


風に乗るように、彼女の物語がゆっくりと広がり始めた。


ヴェシリアルは静かに語り始めた。レイとルナ、そしてメフィストもそれぞれ真剣に耳を傾け、彼女の話を逃すまいとするかのように静かな姿勢をとった。


「まず、アタシがまだ魔王軍の将だった頃から話すわね」


彼女の声はどこか遠い記憶を辿るように、少しだけ悲しげだった。


「あの頃、アタシは魔王の右腕として仕えてた。軍を指揮し、忠実に任務を果たしてきたわ。魔王には深い信頼を寄せていたし、あの方がこの世界を統べるのが当然だと思っていた。だから、どんな命令にも従い、力を尽くして戦ってきたのよ」


ヴェシリアルは語り続けるうちに、その声がどこか激情に揺らぎ始めた。彼女の話を真剣に聞いていたレイとルナも、その異様な迫力にわずかに息を飲む。


「でも、魔王からしたらアタシはただの駒でしかなかったの。ある日、唐突に突きつけられた刃を今も忘れないわ。魔王の力は絶対的だった…アタシは抵抗する気さえ無かった。そして肉体は滅ぼされ、魂は剣に封印されて、あの遺跡に閉じ込められたのよ」


彼女は一瞬言葉を飲み込み、低く続ける。「もちろん、裏切られた理由なんて知らないわ。全てが突然だったから…。でも、そのときアタシは決めたの。復讐するってね。自分の手で魔王を引きずり落として、奴に土下座させるまで戦うって」


その言葉には鋭い怨念が込められていて、聞く者すべてが一瞬で緊張に包まれた。彼女はさらに語る。「そのためには、この剣に力を蓄えなきゃならなかった。だから、冒険者を何人も喰らったわ…でも、それでも足りないのよ…。力さえあれば、この剣を内側から破ってでも出て行ってやるのに!」


ヴェシリアルの声が震え、怒りが頂点に達していることが見て取れた。異常な雰囲気に気づいたメフィストがそっと彼女をポンと叩き、穏やかに言った。「お前のやってきたことは確かに外道そのものだ…だが、その一方で、冒険者の魂が消えずどこかに残されている可能性を示してくれたのもお前だ。人を喰らうのは許せないが、魔物を狩って力にすることくらいなら手伝ってやる」


ヴェシリアルは一瞬沈黙し、何かを噛み締めるようにして「…ふん、あんたたち、本当にお人好しね」と呟いた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?