黄昏が深まる中、重苦しい緊張が街に漂い始めた。メギドの戦士がルナに向かってさらに苛立った声で叫ぶ。「おい、そこの女!まだ言い逃れをする気か?このPVP申請を受けろ!」戦士は完全に勝負を挑む意志を露わにしている。
周囲の冒険者たちは、次第に二人の対峙に興味を抱き始め、興奮した声援や野次が飛び交う。レイは小さくため息をつくと、ルナの前に出て、冷静な表情で言った。
「うちのパーティメンバーが失礼しました。もし良ければ、パーティリーダーである自分が代わりに相手になります。彼女が一番レベルが低いので、微力ながら一番高い俺が受けます」
レイの申し出に、戦士は冷笑を浮かべて彼を見下し、「良いだろう、そちらのパーティを見る限り、せいぜいレベル20前後だろう?リーダーでもその程度なら、底が知れている。貴様が責任を取れ!」と吐き捨てるように言った。
そのまま戦士はあっさりと標的をレイに変え、PVP申請を送ってきた。ルナは小声でレイに、「君が一番出たらダメなのに…」と困ったように言い、「やりすぎないでね」と付け加えながら後ろに下がった。
レイは静かに頷き、戦士と向かい合う。戦士が不敵な笑みを浮かべて、「そちらのリーダー殿、自分のパーティのためにどこまでやれるか見せてもらおうか」と挑発すると、レイは深く息を吸い、軽く構えながら応じた。
「無駄な戦いは好まないけど、侮られるのも嫌いなんでね。こっちもパーティの名誉のために、全力でお相手するよ」
戦士がその言葉に反応する間もなく、周りから「やれやれ!」と煽るような声が上がる。ルナは心配そうに「本当に大丈夫?やりすぎないでね」と再度伝え、レイが軽く頷き、ルナに微笑んだ瞬間、戦士は鋭い目つきでレイを睨みつけた。
「貴様の覚悟、たっぷりと味合わせてもらおうじゃないか!」
互いの視線が交わり、戦いの火蓋が切られようとしていた。
PVP申請を許可した瞬間、周囲に響くように10秒のカウントダウンが始まった。静かにレイを見下ろしていたメギドの戦士が、勝利を確信したかのように笑みを浮かべながら口を開いた。
「俺のレベルは30!貴様ら如き弱者が相手にできるレベルでは無い!」
カウントダウンの最中、PVPモードの特殊機能で相手の基本ステータスが表示され、レイはメギドの戦士のレベルとステータスを一瞥する。確かにレベルは30で、HPと防御力が特に高く、強力なタンクとしての構えが見て取れる。自分のレベルが24であることを考えると、相手からすれば勝負は決まったようなものだろう。圧倒的な自信に満ちた表情で、戦士はさらに余裕を見せる。
カウントダウンが残り3秒に差し掛かった瞬間、戦士は手際よくステータス強化アイテムを取り出し、次々と食べ始めた。瞬時に全ステータスが底上げされ、その巨大な体にさらに力がみなぎる。
「さあ、この俺の強さの前にお前が何ができるか…楽しみだ!」戦士の声が響く。
レイはその挑発を受け流すように静かに構えを整えた。そして、自身の観測者のスキル「エンハンスボディ」を発動し、身体全体を強化する。カウントダウンの音が消え、次の瞬間にはもう戦いが始まるという緊張感が空気を包んだ。
「さあ、どう出るか見せてもらおうか」と戦士が不敵な笑みを浮かべるのに対し、レイもわずかに口元を緩めた。
「俺だって、簡単にはやられないさ」
二人の視線が交錯し、重苦しい緊張感が漂う中、ついに開戦のファンファーレが鳴り響いた。
戦いが始まった瞬間、メギドの戦士は巨大な斧を肩に担ぎ、凄まじい勢いでレイに突進してきた。「一撃で倒してやる!」と息巻き、まるで勝利を確信しているかのように叫びながら、全力で接近する。
レイは冷静に構え、接近してくる戦士をじっと見つめ、迎撃のタイミングを測る。戦士が目前まで迫り、大きく斧を振り上げると、周囲の観客にもその圧倒的な力が伝わり、息を呑む者が多くいた。
「皆見るがいい!これが我々メギドの力だ!」戦士が宣言した瞬間、レイの拳が閃き、黒い粒子を纏った一撃が戦士の体を正確に突き刺した。
勝負は一瞬だった。戦士の体は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、黒い粒子の渦に包まれて空中を舞うように飛び、ついには先程まで彼が演説していた壇上に激突し、木片や石の破片を飛び散らせて崩れ落ちた。
観衆が息を呑む中、メギドの戦士はそのまま動かなくなり、倒れ伏している。場は静まり返り、誰もが一瞬、状況を理解するのに戸惑っていたが、やがて驚きと称賛のざわめきが広がり始めた。
レイは冷静に拳を戻し、深い息を一つついてその場を見渡す。「さて、メギドの力…そんなもんか?」と小さく呟き、ルナとメフィストの方に視線を向ける。
ルナが小さく笑みを浮かべ、「見事だったわね」と一言。メフィストも肩をすくめながら、「まさか一撃とはな…」と感心したように口にする。
こうして、レイはメギドの戦士を圧倒的な力で退け、周囲に自らの実力を知らしめることとなった。
レイたちはその場から一刻も早く立ち去ろうと、視線が集まる中を急いで足早に広場を後にした。人々のざわめきや驚きの声が背中に届くが、3人は一言も発さず、ただひたすら南の酒場を目指して走り続ける。
酒場の入り口にたどり着くと、扉を勢いよく押し開け、3人は安堵の息をつきながら中へと滑り込んだ。薄暗い照明と雑多な喧騒が落ち着いた空気を作り出し、戦いの余韻から一転して居心地の良い静けさが彼らを包み込んだ。周囲に目立った知り合いもおらず、ようやく一息つける場所にたどり着いたことに気づく。
席につくやいなや、レイがふっと笑い出し、「いや、あの戦士の顔、すごい迫力だったな!特にヴェシリアルが一言かました瞬間なんて…」と話し出す。彼の顔には、多少の緊張から解放された安堵の色が見える。
ルナもそれに応じて、「ふふっ、確かにね。あの一言でどれだけイライラさせたかと思うと…」と肩を震わせながら笑う。彼女も先程の危機感が嘘のようにリラックスした表情だ。
「まったく、俺のせいにしないでほしいね」とメフィストが苦笑しながら言い、魔剣ヴェシリアルに向けて少しだけ睨む。「お前があんな挑発するからだろ?」
するとヴェシリアルが軽く応じ、「なによ、場を盛り上げただけじゃない?それに、あなたたちの反応も楽しかったわ」とからかうような口調で返す。その言葉に、3人はまた顔を見合わせ、つい吹き出してしまう。
「でもまあ、あの戦士が一撃で吹き飛ばされた瞬間の顔、最高だったわよ!」ルナが笑いをこらえきれずに話すと、レイも同意するように頷きながら、「あんなに気合い入れて登場したのに、ほんとにあっけなくて…」と再び思い出して笑ってしまった。
メフィストも、肩をすくめながら一杯の飲み物を手に取り、「さすがの君も、今日はやり過ぎたんじゃないか?」とレイを軽くからかうように言う。
レイは苦笑いしつつ、「まあ、これでちょっとは静かになるかもな」と言いながら、自分の手に握られたグラスを掲げ、軽く乾杯のポーズをとった。それに応じて、3人はグラスを合わせ、酒場の雑踏の中、笑い声がいつまでも響いていた。
3人は酒場でしばらくの間、先ほどの出来事について笑い合いながら、飲み物を楽しんでいた。しかし、夜も更けてきたこともあり、次第に話題も落ち着き、少しの静けさが彼らの間に訪れた。
「さて、そろそろ戻るか」とレイが言うと、ルナも名残惜しそうにグラスを置き、少し伸びをしながら「そうね、さすがに今日はもう十分よ」と応じた。
メフィストも軽く頷き、「まあ、今日はいろいろと騒がしかったからな。少し休んで体力を取り戻さないと」と笑顔を見せた。彼の表情にも、一日の充実感と安堵の色が浮かんでいる。
店を出ると、夜の冷たい空気が3人を包み込んだ。エルドリアの街はすっかり静まり返っており、灯りが漏れる家々の窓が点々と夜空を彩っている。通りに差し込む月明かりが、街並みを幻想的に照らしていた。
「今日は思ったよりも刺激的な一日だったな」とレイが呟くと、ルナが笑みを浮かべながら「まさか、あんな騒ぎになるとは思わなかったわ」と小声で返す。メフィストも、「いや、こういう予測不能な出来事も悪くないさ。これだから旅は面白い」と肩をすくめながら言った。
そして、角を曲がると、見慣れた宿屋の看板が視界に入ってきた。3人は無言のまま歩き続け、宿の入り口に到着すると、互いに軽く手を挙げて挨拶を交わした。
「それじゃあ、また明日な」とレイが言うと、メフィストも「おやすみ」と微笑みながら応じた。ルナも小さく頷き、「ゆっくり休んでね」と言葉を添えた。
それぞれの部屋へと向かう階段を上がりながら、レイは今日一日の出来事を思い返し、自然と微笑みがこぼれた。ドアを閉めると、ベッドに倒れ込み、静かな夜の安らぎが身体に染み渡るのを感じながら、彼は次第に深い眠りに引き込まれていった。