目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報
第26話 口は災いの元

夕方、黄昏の光が街並みを柔らかく染める中、レイ、ルナ、そしてメフィストの3人は街を歩き続けていた。空はオレンジ色に染まり、少し冷たい風が頬を撫でている。街は夕食前のざわめきで賑わい、人々が帰宅を急ぐ中、屋台や商店は忙しげに商品を並べ、最後のひと稼ぎを狙っていた。


「ここで何か有力な情報が見つかればいいけどな…」とレイはつぶやきながら、周囲を見回した。


ルナはその言葉を聞いているのかいないのか、屋台の前で足を止め、何やら香ばしい匂いが漂う焼き菓子を見つめていた。その視線に気づいた屋台の主人が「これ、夕方の特別価格だよ」と笑顔で声をかけてくると、ルナは即座に手を伸ばし、焼き菓子を手に取った。


「おいしそう…」と一言つぶやきながら、嬉しそうに焼き菓子をかじるルナ。レイは苦笑しながらその様子を眺め、「…君の胃袋って本当に底なしだな。どれだけ食べるんだ?」と冗談めかして言った。


ルナは頬張ったままにっこりと微笑み、「だって、この街にはおいしいものが多いんだもの。食べないと損じゃない?」と返した。その無邪気さに、レイは思わず笑ってしまった。


その一方で、メフィストもある露店に足を止めていた。そこには、銀細工の美しいアクセサリーが並び、夕日の光を受けて優しく輝いていた。彼は一つの指輪を手に取り、じっと眺める。


「これ、いい出来だな…」とつぶやくメフィストに、魔剣ヴェシリアルが楽しげな声で口を挟んだ。「いい趣味ね、でもちょっと派手すぎじゃない?あなたって、もう少し渋い方が似合うと思うんだけど?」


メフィストは笑みを浮かべながら「そうか?たまには少し違う印象を持っても悪くないだろ」と、ヴェシリアルに反論するように言った。


「まあ、確かに新しいイメージも悪くないかもね。でも、あなたがその指輪をつけてる姿、なんだか想像できないわね?」ヴェシリアルがからかうように言うと、メフィストは困ったように眉をひそめ、手に持っていた指輪をそっと元の位置に戻した。


レイはそのやり取りを見て、「アクセサリーを選ぶ姿もなかなか様になってるじゃないか、メフィスト」とからかい気味に声をかけた。メフィストは軽く肩をすくめ「たまにはな。お前も何か買ってみたらどうだ?」と返し、3人の間に軽い笑いが広がった。


日が少しずつ沈み始め、街がオレンジ色の影に包まれていく中、3人は夕方の涼しげな空気を感じながらさらに歩を進め、気がつくと街の中心にある広場へとたどり着いていた。広場の中央には掲示板が設置され、多くの冒険者や市民が掲示板を囲んで話し込んでいる様子が見えた。


ルナが興味を引かれた様子で掲示板に歩み寄ると、何枚かの張り紙が並んでいるのに気づいた。その中でも一際目を引いたのは、「ギルドメンバー募集」と書かれた大きな張り紙だった。張り紙には豪快な筆致で、「最強のギルドへの道を歩みたい者、限界を超えられる者のみ集え」と力強いメッセージが書かれていた。


レイもその張り紙に目を向け、少し驚いたように言った。「なんだか…随分と自信満々だな。こういう言葉、やる気をかき立てられる冒険者も多いだろうな」


ルナは少し微笑みながら、「レイ、君も気になっているんじゃない?」とからかうように言った。


「いやいや、俺たちには別の目的があるからな」とレイは照れくさそうに肩をすくめて応じた。


すると、メフィストが冷静に言葉を重ねた。「力を求めることはいいが…こうして挑戦心だけで集まってくる人間も多いのか。まあ、俺もかつてはそんな気持ちで冒険を続けていたけどな」と少し遠い目をして言った。その横顔には、かつての自分への反省とともに、今の決意が浮かんでいるようだった。


3人はその張り紙を眺めつつ、周りに集まっている人々の様子にも目を向けた。彼らの表情には期待や不安が入り混じっており、仲間を見つけるための熱意が感じられた。


レイがふとつぶやく。「やっぱり、こういう熱意に溢れた人たちも、きっとこの世界で何かを見つけたくて集まってるんだろうな…」


ルナは頷き、「ええ、みんなそれぞれの理由があってここにいるのよね。それに、私たちにも見つけたいものがあるわ」


夕暮れに染まる街の中で、3人は掲示板の前に佇み、エルドリアの街並みがゆっくりと夜へと移り変わっていく様子を見守っていた。


夕闇が広がる中、広場の片隅で急に人だかりができ、3人の冒険者が壇上に立っているのが見えた。その一団は、先ほど掲示板で見た「メギド」というギルドの者たちだ。中央には一際目を引く重厚な鎧に身を包んだ戦士の男が立ち、鋭い視線を人々に投げかけながら大きな声で演説を始めた。


「我々はこの世界最強のギルド、メギドの者だ!」彼の声は低くも力強く、広場中に響き渡った。「皆も知っている通り、この世界は現実世界から切り離されている。もしここが我々の新たな現実だというなら、我々はここで生きるための秩序を築かなければならない!」


その言葉に、群衆の中から小さなざわめきが起きる。戦士はさらに声を張り上げ、勢いを増して話し続けた。「秩序のない世界に正義はない。混沌を防ぐには力が必要だ!だからこそ我々メギドがこの世界のルールとなり、秩序をもたらすのだ!」


そして彼は片手を掲げ、人々に熱意を伝えるように声を張り上げた。「我々は、この世界を守り、正義を貫くための『世界政府』に代わるギルドを立ち上げた!悪を許さず、力ある者が正義をもたらす。そのために、志を共にする強者を集めている!困難に立ち向かう覚悟がある者、我々と共に歩もうではないか!」


その演説に耳を傾けていたレイは小さく息をつき、呆れたように呟いた。「どこにでもこういう奴らはいるもんだな…」


隣で静かに見ていたルナが笑みを浮かべ、「彼らもただ自分の感情に従っているだけよ。きっと悪意なんて持っていないんじゃない?」とさらりと言った。


メフィストは鼻で笑い、淡々とした声で付け加えた。「くだらないな。全くもって興味がわかない…そんな力の誇示に付き合うつもりはない」


すると、その言葉を聞いた魔剣ヴェシリアルが嬉しそうに囁く。「人間って…やっぱり面白いわねぇ。アタシ、こういうの好きよ!力でねじ伏せたくなるような連中!」


メフィストはやれやれと肩をすくめ、ヴェシリアルを軽くポンポンと叩き、「少し黙ってろ」と穏やかな笑みを浮かべて抑えた。



黄昏の街に重苦しい緊張が漂い始めた。メギドの戦士がレイたちの方へと迫ってくる中、周囲の冒険者たちも興味津々に視線を向けていた。レイはその場の空気に焦りを感じ、軽く汗を滲ませながら思わず心の中で舌打ちする。


「これは…まずいな。目立つとろくなことがないってわかってるのに…」レイはそう思いながら、魔剣ヴェシリアルの勝手な挑発が予想以上に面倒な事態を招いてしまったことに、呆れるしかなかった。


ルナは横で小さく溜息をつき、肩をすくめながら「やっちゃったわね…」とぼそりと呟いた。彼女も、ここでの騒動は得策ではないとわかっているのだろう。戦士の怒りの矛先が自分に向けられたことを感じ、わずかに眉をひそめた。


戦士は大股で彼らの前まで歩み寄り、重厚な鎧の音が響き渡る。彼はルナを睨みつけ、声を荒げた。「貴様、今の発言で我らメギドにケンカを売ったということで間違いないな?この大衆の中で我々を侮辱するとは、PVPの申し込みとみなしていいんだな?」


ルナは一瞬たじろいだが、すぐに冷静を装い、「私じゃないわ、そこの金髪の男が持ってる剣が…」と弁明を試みる。


だが、戦士は鼻息荒くそれを一蹴する。「剣が喋るわけがないだろう!何を馬鹿なことを言っている?お前が言ったに決まってるじゃないか!仮に、そこの男が喋ったとしても明らかに女の口調だっただろう!」


その言葉に、ルナはうんざりした表情で目を伏せ、ヴェシリアルを一瞥するが、当の魔剣はしれっと黙ったまま何事もなかったかのように振る舞っている。まるで「知らぬ存ぜぬ」とでも言いたげに、鋭い金属の輝きを纏って、静かにレイの手に収まっていた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?