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第25話 新たな仲間

夜が明け、3人はまだ冷え切った早朝の空気の中、少しずつ歩を進めながら丘を後にしていた。夜の戦いと語らいを経て、それぞれが新たな目標や疑問を抱えているのが感じ取れた。静かな空気の中、最初に口を開いたのはメフィストだった。


「これからは、俺がしてきたことの答えを探す旅に出ようと思う。…この手で殺してしまったプレイヤーたちがどうなったのか。もし死んでしまったのなら、罪は重すぎる…だが、もしかすると何らかの形で意識が囚われているのか、リスポーンできる場所があるのか、VAOに残るのか、それとも現実に戻れているのか…。知るべきことは山ほどある」


彼の決意は固く、そしてその瞳には深い後悔と覚悟が宿っていた。魔剣ヴェシリアルを見つめるメフィストの横顔は、もう逃げることをしないと誓っているようだった。


「ふん、ずいぶん殊勝じゃないの。ま、罪滅ぼしなんて肩の凝る話だけど、アタシも付き合ってあげるわ」と、ヴェシリアルは軽く笑いながらも、その言葉にはどこか真剣な響きが含まれていた。


その言葉に、レイもふと立ち止まり、これまで避けてきた疑問と向き合わざるを得なくなった。自分がこのVAOの世界に来た理由や、どのようにして現実に戻れるのか、その答えがどこにあるのかも分からない。


「…どうやって現実に帰るかなんて、俺も考えないようにしていたけど、やっぱり気になるよな…この世界で何が起きてるのか。自分が現実世界でどんな状況にあるのかさえ分からない」


レイの声は少し震えていた。彼にとっても、帰るという問題は大きな不安を伴う問いだった。


「確かに…今は手がかりが少なすぎるわ」とルナも同意する。「でも、誰もその答えを持っていないからこそ、私たち自身で探るしかない。それが罪滅ぼしでも、現実への帰還でも…この世界が何を意味しているのかを知るために」


3人はそれぞれの決意を胸に抱きながら、冷たい朝の風を感じ、光が差し始める丘の上をゆっくりと下っていった。そこから見えるエルドリアの街が、少しずつ朝日に照らされて輝き始める。


レイがふと呟くように言った。「まずは街に戻って、少し情報を集めるか…」


すると、ルナは信じられないような表情で彼を見つめ、「え?何を言ってるの、君は…」と反応する。


レイが怪訝そうに「ん?どうした?」と問いかけると、ルナはため息をつきながら言った。


「調査も大事だけど、まずは食事と睡眠よ。睡眠はまだしも、食事を取らないなんてありえないわ」


彼女の真剣な訴えに、レイは苦笑しつつ「はい、分かりました…」と素直に応じた。その様子を見ていたメフィストが、ふっと笑い声を漏らした。


「君たち、本当に仲がいいな。息が合ってるのか合ってないのか分からないくらいだけど、絶妙に噛み合ってる」


メフィストの柔らかな笑顔を見て、ルナは安堵の表情を浮かべ、少しだけ肩の力を抜いた。


それを見たレイは心の中で思った。やはり、ルナもメフィストのことをどこか心配していたのだろうか。彼の無事を確認したことで、自然に安心の色が表情に出たように見える。


そしてレイは、改めてこの世界の不思議さを感じずにはいられなかった。NPCと呼ばれる存在が持つこの感情のようなものは、他のゲームやアプリで目にするものとは明らかに違う。それは単なるプログラムの作り物ではなく、まるで本物の感情を持っているかのようだった。


そんなことを考えていると、ルナが彼をじっと見つめていた。視線が合った瞬間、彼女はさらりと告げた。「お腹が空いたの。早く街に戻るわよ」と言い、レイの手を引っ張った。


それにつられてメフィストも足を早める。彼はどこか懐かしそうな表情で、前を歩く二人を見つめていた。その瞳の奥には、かつて失った仲間たちとの思い出がよぎっているかのようだった。


街のシルエットが朝日に照らされ、柔らかな輝きに包まれているのが見えた。その姿を見つめながら、3人は歩みを進め、いつも立ち寄るパン屋へと向かった。


朝の静かな店内には、パンの焼きたての香りが漂い、戦いと語らいの疲れが癒されていくような安らぎがあった。パン屋の店主が笑顔で迎え入れてくれ、3人は席に座ると、温かいスープと新鮮なパンがテーブルに運ばれてきた。


レイがパンを一口かじり、ほっとしたように息をつくと、メフィストがふと小さく笑みを浮かべた。「街に戻ってきたって感じがするな…」


ルナも微笑んで、「無事戻ってこれてよかったわ」と頷いた。その言葉にメフィストは少し照れくさそうに肩をすくめたが、表情には感謝の色がにじんでいる。穏やかな時間が流れ、3人は静かにその場を楽しんでいた。


食事を終えて店を出たところで、メフィストは「しばらく自分の部屋に戻って、考えることがある」と言い、2人と別れることにした。彼が去っていく背中を見送りながら、レイとルナも宿に向かって歩き出した。ようやく一息つける安堵感と疲労が、彼らを静かに包んでいた。


宿に戻ると、2人は部屋に荷物を置き、ベッドに倒れ込むとすぐに眠りに引き込まれた。その日はあまりにも濃密な一日だったせいか、深い眠りにつき、気がつくと外は既に夕方になっていた。部屋の窓から差し込む淡い夕日が、街の喧騒を遠くから響かせている。


レイが眠りから覚め、軽く伸びをすると、隣のベッドで目をこすっているルナが微笑んで、「よく寝たわね」と声をかけた。2人は軽く身支度を整え、情報収集のために宿を出ることにした。夕方の風が心地よく、街の活気が戻りつつあるのが感じられる。


すると、宿の入り口に立っていたのはメフィストだった。いつもとは違う、どこか真剣な表情を浮かべている彼に、レイとルナは少し驚きつつも彼の前に立った。


「どうしたの?」とルナが声をかけると、メフィストは一瞬言葉を探すように間を取り、やがて決意を込めた声で話し始めた。


「…俺を仲間に加えてくれないか」


レイとルナは一瞬驚き、姿勢を正して彼の言葉に耳を傾けた。メフィストの瞳には、長い間心に抱えてきた苦悩と、新たに歩み出そうとする決意が浮かんでいるようだった。


レイとルナは勿論嫌では無い、しかし、急な事で言葉を詰まらせている。


そんな中、最初に口を開いたのはレイだった。「…メフィスト、本気なのか?」


レイの問いに、メフィストは一度目を伏せ、静かに息を吸い込んでから、深く頷いた。「ああ。本気だよ。俺は、あの剣に支配されて、たくさんのプレイヤーを…多くの人たちを傷つけた。そんな俺が一緒にいていいのか、正直、自分でも分からない。でも、今の俺には、やるべきことがあると思ってる」


ルナが一歩前に進み、真剣な眼差しでメフィストを見つめる。「メフィスト、君は仲間の事を思い出す時とても辛そうにするわよね、それでも、また私達を仲間として見てくれるの?」


彼女の質問に、メフィストは一瞬ためらいながらも、強い決意を込めた表情で答えた。「…正直、怖い。自分がまた誰かを傷つけることがあるかもしれないと思うと、足がすくむ。でも、君たちといると、かつて仲間と過ごしていた頃のことを思い出せるんだ。俺が、かつて失ってしまった大切な時間を。だから、もう一度やり直したい」


その言葉に、ルナの表情がわずかに和らいだ。「メフィスト…君がそう思ってくれるなら、私は…」と彼女が言いかけた瞬間、メフィストは軽く手を挙げて遮った。


「ただ、ひとつ分かってほしいことがある。俺には、過去の償いを果たす義務がある。今まで傷つけた人たちの行方や、このVAOの世界で起きていることの真実を、俺は調べるつもりだ。だから、君たちには迷惑をかけるかもしれない。それでも一緒に居ても良いか…?」


その真摯な問いに、レイは一瞬思案するように目を細めたが、やがて決意を固めたように頷いた。「もちろん、俺たちは君を信じるよ。迷惑なんて思わない。むしろ、君が一緒にいることで力になれると思ってる」


ルナも深く頷き、静かに微笑みながら「そうね。私も、君が自分を変えたいと願っているのなら、全力で支援するわ」と告げた。


メフィストの目がかすかに潤み、わずかな笑みが浮かんだ。「ありがとう…本当に、ありがとう」


レイとルナは彼の感謝を静かに受け止め、3人の間には新たな絆が芽生えたように感じられた。レイが軽く肩を叩き、「さて、仲間も増えたことだし、情報収集もはかどるな」と笑い合い、心は高揚していた。

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