レイは粒子を纏った黒い剣を構え、メフィストに立ち向かった。再び火蓋が切られた戦いは、先ほどとは比べ物にならないほどの激しさに達していた。魔剣に支配されたメフィストの動きは恐ろしく鋭く、まるで魔剣が自らの意思で彼を操っているかのように、残酷で冷酷な一撃が次々と繰り出される。
レイは全身の力を込めて応戦した。粒子を纏った剣でなんとか防御し、黒い刃を飛ばして反撃を試みる。しかし、メフィストの一撃一撃には、まるで魂を削るような重圧が乗っていた。視界の端で月明かりが輝き、崩れかけた遺跡の天井から光が差し込む。その中で、彼らは闇と光の戦いを続けていた。
激しい剣撃の応酬の中、ふいにメフィストの動きが一瞬、鈍った。彼の目がかすかに揺らぎ、虚ろな瞳に一瞬だけ人間らしい感情が戻ったように見えた。その瞬間、いつもと違う口調に変わり、メフィストが低く囁くように声を漏らした。
「お前達と戦うことになるとはな…本当は…こんなこと…望んでいなかったんだ」
レイはその口調と言葉に一瞬動揺したが、剣を下ろすことはできなかった。戦いの中で、メフィストはかつて仲間だった者たちのことを語り始めた。彼の目に一瞬、苦悩と後悔が浮かび上がる。
「俺には…かつて仲間がいた。お前たちのように、信頼し合い、共に戦ってきた連中が…でも、あの剣を手にしてしまってから…」メフィストの声は震えていた。
彼は辛そうに唇を噛み締め、続ける。「剣に…剣に操られて…俺は、自分の手で奴らを…あの時、俺は何もできなかった。ただ…ただ、奴らの命を奪って…気づいた時には、仲間は全員倒れていた…」
その言葉を聞いたレイの胸が痛んだ。メフィストの言葉はまるで魂の叫びのようで、その声の奥には長い年月の間に積み重なった苦しみがにじみ出ていた。
「それ以来、俺はこの遺跡にこもり、冒険者を呼び寄せては剣に従い、殺し続けてきた…。どれだけ罪を重ねても、この剣は俺の手を離れない。俺の望みなんか、聞いてもくれない。もう…もう疲れたんだ…楽にしてくれ…頼む」
その言葉を聞き、レイは胸が締め付けられるような思いに駆られた。しかし、ルナが後方から視線で問いかけているのを感じる。レイは強い決意を抱き、拳を握りしめて叫んだ。
「そんなこと、できるわけないだろ!お前をここで見捨てて終わらせるなんて、俺は絶対にしない!」
メフィストは驚いたようにレイを見つめ、瞳の奥にかすかな希望の光が宿った。しかし、その一瞬の表情は魔剣によってすぐに掻き消され、冷たい目に変わってしまった。魔剣は再び彼を完全に支配し、無慈悲な刃となってレイに襲いかかる。
レイも全身の力を込めて応戦した。粒子の力を操り、黒い剣をさらに強化し、メフィストの激しい一撃を受け止める。剣が交わるたびに雷鳴のような音が遺跡に轟き、床には大きなひびが入る。月明かりの下、二人の剣はまるで光と闇のように交錯し、火花を散らしながらぶつかり合った。
メフィストが剣を振るたび、遺跡の壁が切り裂かれ、瓦礫が飛び散る。そのたびにレイは粒子の力で防御壁を張り巡らし、なんとか攻撃を耐え凌いだ。しかし、メフィストの力は圧倒的で、常に彼の一歩先を行く。
「くそっ…どうすれば…!」レイは必死で頭を巡らせながら考えた。
その時、レイの頭に浮かんだのは、先ほどルナから感じ取った戦闘の記憶だった。観測者としての力の使い方が、彼の中に鮮明に蘇った。
レイは再び構え直し、黒い粒子の剣を握りしめた。彼の視線の先には、魔剣に完全に支配され、不気味なオーラに包まれたメフィストが立っている。彼の目にはもはや生気はなく、冷たい闇が支配していた。
「ようやくその気になったかしら、レイちゃん?でもね、アタシが本気を出すと、すぐに後悔しちゃうわよ?」魔剣の不気味な声がメフィストの口を借りて響き渡った。その口調は、良く知るメフィストのものだったが、完全に人格を支配された証拠でもあり、その声には背筋が凍るような冷たさと狂気が入り混じっていた。
レイは無言で応え、意識を集中させた。体の中に力がみなぎり、粒子が剣に纏わりついて黒い刃を形成していく。そして、瞬間移動を発動し、目にも留まらぬ速さでメフィストの懐へと入り込んだ。
「ふふ、速いじゃないの。でも、それでアタシを倒せるかしら?」魔剣は嘲笑を浮かべ、メフィストの体を操って鋭い一撃を繰り出した。レイは反射的に防御しようとするが、凄まじい衝撃が体を襲い、遺跡の壁に叩きつけられた。
「くっ…この力、尋常じゃない…」レイは咄嗟に壁を作り出して身を守るも、メフィストの剣がそれを次々と切り裂いていく。瓦礫が飛び散り、月明かりが差し込む崩れた天井から、かすかな冷気が広がった。
「どうしたのかしら、アタシのこと怖いの?」魔剣は楽しげに、だが冷酷にレイを嘲笑う。レイは再び粒子を腕に集中させ、一気に攻撃を仕掛けた。周囲に無数の黒い蛇が現れ、蛇行しながらメフィストに向かって猛然と突進する。
「きゃあ、蛇がいっぱい、怖いわ~!でも、そんなの通用しないのよ!」魔剣は笑いながら、メフィストの剣を振るい、次々と黒い蛇を切り裂いていく。蛇はまるで生き物のように動きながらメフィストを取り囲み、隙を狙って反撃の機会を探っていた。
レイは攻撃の勢いを緩めず、さらに粒子を凝縮させて一気に放つ。爆発的なエネルギーがメフィストに直撃し、彼の体が一瞬揺らいだ。その隙を突いてレイはさらに距離を詰め、剣を振り下ろした。
しかし、魔剣は瞬時に攻撃を防ぎ、メフィストの体を操って鋭いカウンターを繰り出してきた。レイはとっさに体を反らして避けるが、間一髪のところで斬撃が頬をかすり、鋭い痛みが走った。
「早くおしまいにしないと、アタシ、待ちくたびれちゃうわ…?」魔剣は不気味に笑いながら、再び黒いオーラを解き放つ。強烈な魔力が周囲に放たれ、遺跡の天井や壁が次々と崩れていった。
「こんなでたらめな力を…使うなんて…!」レイはなんとか粒子の壁を作り出して衝撃を防いだが、足元が崩れ、瓦礫に足を取られながらも必死に踏ん張った。
メフィストが操られたように振り返り、再び剣を構え直す。彼の目は完全に魔剣の支配下にあり、すでに仲間だった頃の面影はなかった。だが、その一瞬、レイの視界の中で、メフィストの表情がほんのわずかに揺らいだ気がした。
「頼む…お前たちだけは…殺したくない…もう…」
メフィストがかすれた声でそう呟いた瞬間、魔剣が嘲笑を浮かべてその声を打ち消した。「ふふ、そんなこと言っても無駄よ。アタシは、ずーっとあなたといるんだから!」
その言葉にレイは戦慄を覚えた。だが、メフィストの言葉が心の奥で響き渡り、彼を救う決意がさらに固まった。
「ルナ、どうすればこの剣の呪いを封じられる?」レイは叫び、後方のルナに助言を求める。
ルナは短く指示を出し、「粒子の力で彼の魂を束縛する方法があるわ。だけど、これ以上の闘いに耐えられるかしら?」と静かに返した。
レイは彼女の言葉に頷き、気力を振り絞った。「できる。絶対に、彼を助け出す!」
再びメフィストと対峙し、観測者としての力を最大限に発揮する。レイは粒子を体中に集中させ、無数の黒い刃を生み出した。刃は月明かりを反射し、まるで生き物のようにメフィストの周りを取り囲む。
「アタシに囲い込もうなんて、面白いわね。でも、ちょっと足りないわよ?」魔剣が嘲笑を浮かべたまま、再び剣を振り回す。だが、レイは素早く粒子を操作し、瞬間移動の力で再びメフィストの背後に現れると、剣を一閃させた。
「終わらせる!」レイは全身の力を込め、黒い刃をメフィストに向かって放つ。それは一つ一つが精密に制御された粒子の塊で、メフィストを取り囲む魔剣のオーラに干渉し、呪いの力を抑え込もうとする。
「ちょっと、何する気!?アタシの自由を奪うなんて、許せないわ!」魔剣は必死に抵抗するが、レイは観測者としての力を限界まで引き出し、黒い刃で魔剣の呪いを次第に封じ込めていく。
「なんで…そんな事が貴方達にできるのよ…。」
勝負は一瞬だった。呪いの抑制が予想を超える性能を見せ、ものの数秒で魔剣から自由を奪い制圧した。
「ありがとう…レイ…俺は…やっと…」
メフィストの瞳がほんの一瞬、穏やかに揺らめき、長い年月の苦しみから解放されるかのように静かに閉じられた。
その場に倒れ込んだレイの耳に、ルナの穏やかな声が響いた。「お疲れさま、よくやったわ」