レイは隣を歩くルナに疑問をぶつけた。
「他にも強そうな武器がたくさんあったのに、なんでこの武器を選んだんだ?見た目はどう見ても弱そうだし…」
ルナは彼の不安そうな顔を見て、「着いてきて」と言い、彼を人通りの少ない路地裏へ案内した。
レイは首をかしげながらもルナについていき、二人は静まり返った裏路地にたどり着いた。ルナはそこで立ち止まり、真剣な眼差しで彼を見つめた。
「その短剣を手に持ってみて」とルナが促す。
レイは指示通り、袋から取り出した短剣を手に取った。持った瞬間、その軽さと古びた外観に再び疑問が湧いたが、ルナが次の指示を続けた。
「次に、ヴォイドウィーヴを発動して。刃先に粒子を集めるようなイメージで」
言われた通り、レイはヴォイドウィーヴを発動し、粒子を短剣に集め始めた。すると、黒い粒子が短剣を包み込み、徐々に形が変化していく。短剣はみるみる黒光りする剣へと変貌し、まるで闇を宿したような威圧感を放ち始めた。レイは思わず息を飲んだ。
「これ…すごい…!店で見たどの武器よりもかっこいいじゃないか!」
驚きと喜びでルナに向かってその剣を見せようとするが、彼女は即座に鋭い声で制した。
「危ないから!それは絶対に人に向けないで!」
その声に驚き、レイは反射的に手を離してしまう。剣は地面に落ち、その瞬間、レンガ敷きの道が真っ二つに切り裂かれた。落ちた剣から粒子が散って消え、あっという間に元の短剣へと戻った。
「…なんて恐ろしい代物なんだ、これ…ただ落としただけで地面が裂けるなんて…」
レイは呆然と裂け目を見つめ、武器の強大な力に圧倒されたようだった。ルナはため息をつきながら冷静な声で言う。
「この力、わかったでしょ?使い方を誤れば、ただでは済まないわ」
レイは裂けた地面に目を向けたまま、心の中で強烈な興奮と期待を抑えきれなかった。この武器を使えば、戦いを有利に進められるに違いない。
そんなレイを見つめ、ルナは静かに告げた。「やり方がわかったなら、行きましょう」
彼女は背を向け、来た道を先に歩き始めた。今日の彼女はいつもよりピリピリしているように感じる。遺跡攻略が控えていることもあるだろうが、彼女がメフィストフェレスへの警戒を強めていることも理由かもしれなかった。
レイはその背中を追いながら、ふと気になっていた疑問を口にした。
「そういえば、最初にヴォイドウィーヴを使った時と、最近じゃ集まる粒子の色が違うんだ。これって何か理由があるのか?」
ルナはその質問にさらりと答えた。「それは君のレベルが上がったからよ。レベルが上がると集められる質量が変わって、粒子の色も変化するの。詳しい理由は私も知らないけどね」
「なるほど」とレイは納得しながら頷いた。
二人はそのまま街でポーションや万能薬などの必需品を買い集め、準備を整えていった。やがて、日が暮れかけた頃、メッセージウィンドウの通知音が響いた。
メフィストフェレスからのメッセージだった。
「そろそろ集まって行きましょうか?集合は現地でいいかしら?」
ルナと顔を見合わせ、彼女も頷いたので、その旨をメフィストフェレスに返信する。準備を整えた二人は、遺跡へと向かって歩き始めた。
遺跡までは街から見える距離であり、道中にアクティブモンスターもいないため、思いのほかスムーズに到着した。遺跡は少し斜面に建てられ、その奥深くまで広がっているようだった。入り口からは冷たい空気が漂い、不気味な雰囲気を漂わせている。
メフィストフェレスはまだ到着していないようだったので、二人はしばし景色を眺めながら待つことにした。遺跡の前から見るエルドリアの街並みは、昨日訪れた高台からの眺めに負けない美しさがあり、街は今も賑やかに活気づいているのだろうかと、レイはふと考えた。
そのとき、遠くからメフィストフェレスの声が響いた。
「おーい!お待たせ!二人とも早いわね!」
走ってくる彼にレイは軽く手を振り、「俺たちも今来たばかりだよ」と答えた。メフィストフェレスは微笑を浮かべて、「やっぱりレイ君は優しいのね」と、まるで恋する乙女のように言ってみせた。その仕草に少し引きつつも、レイは応じた。
一方、ルナはすぐにメフィストフェレスに向き直り、真剣な表情で告げた。
「メフィストフェレス、私は事情があってパーティーには入れないけど、それでも良いかしら?」
メフィストフェレスは一瞬考える仕草を見せたものの、すぐに肩をすくめて「全然構わないわよ」とあっさりと了承した。ルナは感謝の意を込めて一礼した。
その後、メフィストフェレスがふと思い出したかのように言った。「そうそう、アタシの名前だけどね、メフィストフェレスってちょっと長いから、メフィストとかメフィーでいいわよ」
レイとルナはそれを聞いて少し安堵した。確かに呼びやすく、馴染みが増したように感じた。
「それじゃあ、早速パーティーを組んで行こうか」レイがそう言い、メフィストにパーティーの加入申請を送信した。
PT申請を受け取ったメフィストは軽い笑みを浮かべ、「それじゃあ、早速行きましょう」と言うや否や、何のためらいもなく遺跡の奥へと足を踏み入れた。その無警戒さに、レイとルナは思わず顔を見合わせる。
メフィストに遅れないように二人も後に続くが、ルナがそっとレイの耳元で囁いた。
「何も警戒せずに進んでいくところを見ると、彼はこの遺跡の内部について何か知っている可能性が高いわ。十分注意して進みましょう」
レイは表情を変えず前を向いたまま、悟られぬように「…あぁ」と低く答える。
遺跡の中は想像していたよりも明るく、月の光が入口から差し込んでいるためか薄暗くも不気味さが和らいでいる。壁には奇妙な模様や彫刻がびっしりと刻まれ、その合間を縫うように古いランタンが並んでいる。遺跡内の道は意外に一本道で、複雑な迷路を想像していたレイには拍子抜けだった。
「思ったより単純な構造だな」と、レイがつぶやく。
「ええ、けど、注意して」ルナが小さく答えた。「この道に刻まれている紋章や文字、見覚えがあるの。このレベル帯の遺跡にあるべきものじゃないわ」
「どういうことだ?」
ルナは眉をひそめて、古びた石壁に刻まれた紋章を指差した。「この紋章は、高貴な魔族にだけ許されるものなの。本来、レベル70から80のダンジョンでしか見られない。ここに刻まれているということは、何か特別な理由があるはずよ」
さらに彼女は壁に浮かぶ文字を指さしながら言葉を続けた。「そして、これらの文字は魔族の言葉。普通、このエリアに配置されるダンジョンには存在しないものなのに」
レイはルナの指差す先に視線を移し、魔族の言葉と刻まれた紋章をじっと見つめた。装飾は古めかしく、時間の経過を物語っているが、その意味が伝える威圧感はまだ色あせていない。
「ここに何が隠されているんだろうな…」
ルナは少し考え込むようにして答える。「わからない。でも、ただの遺跡ではないのは確かだわ。この紋章が意味するのは、ここにかつて高位の魔族が関与していた証拠よ。もしかしたら、何かを封印するために建てられたのかもしれないわ」
その話に、レイの中で薄れかけていた警戒心が再び浮上した。彼らが足を踏み入れたのはただの遺跡ではない。探索を進めるたびに、この場所が持つ独特の異質さがじわじわと迫ってくる。
その一方で心に浮かんだ疑問を口にすることにした。
「魔族ってやっぱり危険な存在なのか?」
ルナは少し考えるようにしてから、静かに答えた。
「魔族が危険かどうかっていうのは、場合によるわね。確かに強力な力を持っているし、人間とは違う倫理観や価値観で生きているから、人間側から見れば“危険”と見えることも多いわ。でも、それは彼らがただ異質な存在だから。人間にも危険な人がいるのと同じよ」
「それに、魔族と人間の関係はどうなってる?」レイは続けて尋ねた。
ルナは頷き、「人間と魔族の関係は、地域や時代によって変わってきたわ。長い間、敵対してきた時代もあれば、共存しようとする動きがあった時代もある。今でも一部の地域では商取引や交流があるけれど、やっぱり互いの違いからくる不信感は根強い。だから、完全に分かり合えているわけではないの」
レイは頷きながら、さらに問いを重ねる。「じゃあ、魔族の王って…やっぱり魔王として恐れられているのか?」
その問いに、ルナは少し表情を引き締め、答えた。
「魔族の王についてだけど…彼は確かに“魔王”と呼ばれているわ。でも、恐れられているのはその力や威厳だけじゃないの。魔王は、魔族全体の統率者であると同時に、魔族の世界で絶対的な存在。彼が持つ力やカリスマは計り知れないから、敵対すれば確かに“恐れ”の対象になるわね」
ルナは少し間を置いて続けた。「でも、魔族にとっての魔王は、ただの暴君というわけではなく、むしろ守護者や指導者としての側面もあるの。だから、魔族から見れば尊敬されている存在でもあるわ。人間から見た一方的な“恐怖の象徴”とは少し違うかもしれない」
レイはその答えに静かに頷きながら、改めて目の前の遺跡の壁に刻まれた模様を見つめた。魔族の世界の深さと、彼らにとっての「魔王」の存在感を少し感じ取った気がする。
メフィストの背中を追いながらも、レイとルナは注意深く遺跡の奥へと進んでいく。