休む間もなく、ルナの容赦ないスパルタレベリングが続く。
目の前に現れるのは、ゾンビ、グール、巨大なコウモリ、毒を帯びた巨大蜘蛛、そして物理攻撃が効かないゴースト──次々と現れるモンスターたちに、レイは休む暇さえ与えられない。流れるように戦闘が繰り返され、気づけばレイは機械のように攻撃を繰り出していた。
(ルナの狙いは…これだったのか)
ルナの計画通り、敵の出現率が異様に高いこのエリアで、レイは延々とモンスターを狩り続けていた。どのモンスターも単体での経験値が非常に高く、感情的な疲労を覚えながらも、HPとSPがほとんど減らずに戦闘を続けられているのは幸いだった。
それから2〜3時間が経過しただろうか。これでもかというほどモンスターを倒し続け、ふと気づけばレベルは21まで上がっていた。戦闘の熱気が少し冷め、ようやく一息つけるかと思ったその時、ルナが「ストップ」と短く告げた。
「どうした?何かあったか?」レイはスキルを止め、訝しげに彼女を見つめる。
ルナは無言で頷くと、ステータスウィンドウを開くように指示した。レイがステータスウィンドウを開き、そこに表示された数値をルナに見せると、彼女はしばらくじっと見つめ、やがて「そろそろ行けるかもしれない」と、意味深な微笑を浮かべた。
レイはその言葉に、嫌な予感が胸中に湧き上がるのを感じた。「行けるかも」とは、一体何に対しての言葉なのか。
ルナが指さした先には、カタコンベのさらに奥へと続く暗い階段があった。ひんやりとした空気が階段から流れ出し、冷たい腐臭が漂ってくる。レイはごくりと唾を飲み込み、恐る恐る彼女に尋ねた。
「あの下に…何がいるんだ?」
だが、ルナは微笑んだまま「行って見ればわかるわ」とだけ言う。レイは不安を隠し切れず「本気か?」と目で訴えたが、ルナは返事の代わりに「ファイト」と親指を立てるだけだった。
レイは深いため息をつき、意を決して階段を降り始めた。足音が階段の石に響き、異様な静寂が耳に重くのしかかる。数歩降りたところで、闇の奥底から何かがこちらに向かって漂い出してきた──それは、腐臭と共に広がる不気味な気配、重苦しい空気の塊だった。
(この先には、触れてはいけない何かがいる…)
レイは階段を進むたび、薄暗い闇の奥から強大な存在の視線を感じるような気がした。そしてついに、階段の下からボロボロの黒いローブをまとった影が浮かび上がってきた。それは、どす黒い瘴気に包まれたスケルトン──リッチだ。しかも、その頭上にははっきりと「レベル30」と記されている。
レイは一瞬息を飲んだ。これまでの敵とは次元の異なる強敵を目の当たりにし、緊張が走る。リッチの暗く燃える眼窩がこちらを捉え、まるですべてを見通すかのように不気味な光を放っている。ゆっくりと浮遊しながら接近してくる姿に、レイは思わず背筋を冷たい汗が伝うのを感じた。
(確かに、あれだけ暴れれば気づかれるか…)
そんな考えが頭をよぎるが、今はそんなことを考えている暇はない。リッチは腕を前に突き出し、静かに手のひらに火の玉を生成し始めた。その赤黒い炎がゆらめき、まるで彼の邪悪な意志そのものを体現しているかのようだった。
「まずい!」
レイは本能的にその場を離れ、急いで階段を駆け上がった。瞬間、火の玉が背後で爆発を起こし、凄まじい爆風が響き渡る。辛うじて火の玉を避けきったレイは息を整える間もなく振り返り、後方からリッチが浮遊しながら追いかけてくるのを見た。
「…こいつ、速い!?」
その動きは見た目に反して驚くほど機敏で、しかも、リッチは次々と異なる魔法を放ってくる。灼熱の炎、雷鳴のような稲妻、そして氷の刃──それぞれが凄まじい威力で、レイは回避に専念するしかなかった。
「…避けるだけで精一杯だ!」
必死に体を動かし、次々と飛び来る魔法の刃をかわし続けるレイ。しかし、次第に体力が削られていくのが感じられる。
リッチは腕をかざし、暗い魔力をその身に集め始めた。レイはその禍々しい気配にわずかに緊張を覚え、すぐにヴォイドウィーヴを構える。地下空間全体に漂う冷たい重圧が、彼の肌を刺すように感じられた。
「来い…!」低く呟くと、心の中で一瞬の覚悟を決め、レイは手を胸元に当てる。そして、エンハンスボディのスキルを発動。全身に力がみなぎり、筋肉が増幅されたような感覚が広がる。視界が研ぎ澄まされ、動きが速くなると同時に、心拍が高まるのを感じた。
「これで…仕留める!」
レイはエンハンスボディの効果を最大限に活用し、目にも留まらぬ速度でリッチに突撃した。ヴォイドウィーヴを強化された腕から放ち、一気に距離を詰めると、リッチの胸元に深々と命中。骨が砕ける音が響き、リッチの体が後方へ押しやられる。
しかし、リッチは怯むどころか、不気味な笑みを浮かべ、闇に包まれた手を再びかざす。彼の周囲には暗黒の魔法陣が浮かび、次々とスケルトン兵士が召喚され始めた。
「召喚魔法か…!」レイは苦々しく呟くが、今は立ち止まる暇はない。エンハンスボディの効果が続いている今、流れるように次々とスケルトン兵士をヴォイドウィーヴで撃ち倒していく。その一撃一撃に威力が宿り、スケルトンたちは粉々に砕け散っていった。
だが、リッチはその様子を悠然と見つめたまま、次の魔力を練り始めている。大きな火球を生み出し、その暗い光が地下を照らし出した。その火球は通常の数倍の大きさを誇り、熱気がじわじわと伝わってくる。
「こんなものを…!」
レイは間一髪で身を引き、火球を避けると、背後で爆発音が響き渡り、周囲が揺れ動く。亀裂が走る床を跳び越えながら、彼は一瞬、次の一手を考える。だがリッチはその隙を与えず、続けて雷の矢と氷の槍を放ち、レイを追い詰めようとする。
「くそっ、これじゃ埒が明かない!」
レイは動きのパターンを読み、リッチが魔法を放つ合間のわずかな隙を狙うことに決めた。ヴォイドウィーヴを強化された体から再び練り上げ、瞬間的にリッチの懐へと駆け寄る。リッチの目が一瞬だけ赤く光ったかと思うと、彼の両手に再び闇の魔力が宿る。
(今しかない…!)
レイは力を込めたヴォイドウィーヴを全力で放ち、リッチの顔面を直撃させた。暗い閃光が炸裂し、リッチの頭蓋骨が砕け、闇のエネルギーが弾け飛ぶ。リッチはふらつきながらもなお動きを止めないが、その体は明らかにダメージを負い、限界が近いことが伺えた。
「これで終わりだ…!」
レイは最後の一撃を込めて、ヴォイドウィーヴをリッチの胸元へと解き放った。暗黒のエネルギーがリッチの体を貫き、そのまま消滅へと導く。リッチの姿が闇に溶け込むように消えていき、地下には再び静寂が戻った。
荒い息を整えながら、レイは膝に手をついて立ち尽くす。体は重く、汗が頬を伝って落ちるが、勝利の実感が心に広がる。
「お疲れ様。あなた、本当によくやったわ」
ルナがそっと近づき、戦いで消耗したレイに手を差し伸べる。レイはその手を取ると、暖かさがじんわりと伝わり、戦いで張り詰めた緊張が少しずつほぐれていくのを感じた。
ふと、レイはリッチを倒したことで自身のレベルが24に上がっていることに気づいた。たった一戦で一気に3も上がるとは、さすがはボスモンスターだと感嘆する。
その間に、ルナは無言でリッチの亡骸に近づき、何かを探し始めていた。レイが不思議に思いながら彼女の動きを見守っていると、ルナは「…あった!」と小さな声でつぶやき、何かを拾い上げてこちらに見せた。
「これは…何だ?」レイが目を細めてそれをじっと見つめると、ルナは楽しそうに説明を始めた。
「これは『ソウルストーン』というレアドロップなの。装備や魔法の強化に使えるし、冒険者ギルドに持ち込めば、100kゴールドくらいで売れるわ」
「100k…?」レイは一瞬、頭が真っ白になった。「つまり、いくらだ…?」
ルナは呆れたようにため息をつく。「1kが1千ゴールド、10kが1万ゴールド、100kが10万ゴールドよ。これくらい、覚えておいてね。恥ずかしいから」
レイは目を見開き、衝撃を隠せなかった。これまで2回のクエストでようやく600ゴールドを手に入れたというのに、たったひとつのアイテムが10万ゴールドにもなるとは…。その金額を想像しただけで、一瞬にして金持ちになった気分だった。
「す、すごい…!」レイは勢いよく立ち上がると、今度は自分からルナに手を差し伸べ、「早く売りに行こう!これで生活も安泰だ!」と、意気揚々に言い放った。
その勢いに、ルナは少し引き気味に「ちょっと、落ち着いて…」と苦笑いを浮かべたが、レイはルナの手をしっかりと握り、引っ張るようにして歩き出した。「好きなもの、なんでも買ってやるからな!何でも言ってくれよ!」
「一人で歩けるから、離しなさいってば…!」とルナはやれやれとため息をついたが、レイの浮かれた姿を見て、心なしか微笑んでいるようだった。