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第15話 カタコンベ

どこか時代に取り残されたような、不気味で異様な雰囲気が漂っている。古びた教会の外観は傷みきっており、苔むした石壁や割れた窓が、かつての栄華が失われたことを語っているようだった。内部からはかすかに低く呻くような亡者の声が漏れ聞こえ、霧のような冷たい空気がレイの肌を撫でる。息を呑むような静寂がその場を支配し、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


(こういう場所は、あまり得意じゃないんだけど…)


一瞬ためらうが、そんなレイを尻目に、ルナはまるで気に留めることなく、軽やかに教会の中へと足を踏み入れていく。薄暗い中、彼女の背中が頼もしくも見え、レイは自分のために言い聞かせた。「ここで引くわけにはいかない…男として、堂々と進まなければ」と。そして、意を決してルナの後を追って教会の内に足を踏み入れた。


中に入ると、荒廃の光景が一層不気味さを際立たせていた。古びたベンチは倒れ、ステンドグラスの破片が散乱して床にきらめく。割れたガラスから射し込む陽の光が、わずかにこの廃れた空間を照らし出しているが、その光さえも冷たく、重苦しい空気を漂わせている。


「地下への入口を探すわよ」と、ルナは毅然とした声で言い、教会の奥へと進んでいく。レイも深呼吸をして気を取り直し、再び慎重に周囲を見渡した。彼女が言うには、亡者の声が聞こえる方向を辿れば、地下へと続く道が見つかるはずだという。


長いこと荒廃したまま放置されたかのように埃まみれの空間を、レイは一歩ずつ歩き回りながら慎重に探索を続けた。柱の影や崩れた壁の裏など、見逃さないように目を配るが、そのどれもがただの廃墟であり、進むべき道の手がかりは見当たらない。


やがて、レイは教会の片隅にひっそりと隠された、仄暗い細い通路を発見した。その奥からは、かすかに低くくぐもった唸り声が漏れ聞こえてくる。腐敗した空気が鼻を突き、不快な感覚が背筋に走るが、確かにここから亡者の声が聞こえてくる。


「ルナ!こっちだ!」と、レイは声を張り上げて彼女を呼んだ。ルナがすぐに駆け寄り、耳を澄ませてじっと通路の奥に意識を集中させると、確かに奥から、亡者の呻きが響いてくることが分かった。


「どうやら正解のようね」ルナがほっとしたように微笑む。二人で顔を見合わせると、レイは再び決意を固め、「ここは男として前を行くべきだ」と、わずかながら震える胸を抑え込むように、自分を奮い立たせて先頭に立った。


「迷子にならないでよ?」と、ルナが少し冗談を交えながら、彼の後ろをついてくる。レイは内心の緊張を隠そうと努め、冷静さを装いながらも、心拍数が上がっていくのを感じていた。


しばらく進むと、通路はさらに暗くなり、もはや目の前さえほとんど見えないほどの闇が支配し始めた。まるで闇そのものが生きているかのように、レイの視界を奪い、彼の中にかすかな恐怖を植え付ける。思わず「ここで引き返した方が…」と弱音を吐きかけるが、ルナがその隣でランタンを取り出し、あっさりと火を灯した。


「こういう準備は、忘れないのよ」と、彼女はどこか頼もしい表情で言いながら、ランタンを高く掲げて道を照らし出す。レイはため息をつきながらも、諦めつつ再び歩を進める。


奥へと進むたびに、無機質な石壁がランタンの灯りに浮かび上がり、壁に施された謎めいた刻印が次々と目に入ってくる。誰が何のために掘り出したのかも分からないこの通路は、歴史の記憶を秘めているかのようであり、同時に何かをひた隠しにしているかのような、冷たい意志が伝わってくる。


やがて、豪華な装飾が施された古びた扉が二人の前に姿を現した。風化した金属の装飾が陰影を帯びて輝き、厳かな雰囲気を漂わせているが、その美しさとは裏腹に、禍々しさも感じられる。レイが後ろを振り返ると、ルナは無言で頷いた。「間違いないわ、ここが入口よ」


レイは緊張をほぐすために深呼吸をすると、ドアノブに手をかけ、祖父の教えを思い出しながら一気に扉を開けた。その瞬間、目の前に腐敗したゾンビが立ちはだかっているのを目にし、思わず凍りついた。


「うわっ!」レイは驚きのあまり、声にならない悲鳴を上げ、腰が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。眼前のゾンビは、どす黒い肌が剥がれ落ち、血走った目がじっと彼を見つめている。その狂気に満ちた表情と腐敗臭が彼を襲い、体が完全に硬直してしまう。


「何してるの!」と、ルナが冷静な声で叱咤し、素早くレイを後ろへ引き寄せてゾンビとの距離を取る。幸運なことにゾンビは足が遅く、すぐに追いつかれることはないが、それでも彼女の的確な判断にレイは少し落ち着きを取り戻す。


ルナに支えられ立ち上がったレイは、息を整え、ヴォイドウィーヴのスキルを発動させた。粒子が手のひらに集まり、勢いよく放たれるとゾンビの体は大きく吹き飛ばされる。しかし、ゾンビはそのままでは終わらず、今度は上半身だけで這いずるようにして彼に向かってきた。


「なんて気持ち悪いんだ…!」レイは焦りのあまり、さらに連続でヴォイドウィーヴを放ち、ようやくゾンビを完全に粉砕することができた。荒れた呼吸を整えながら、彼は冷や汗を拭い、ルナに対して申し訳なさそうに「ごめん、実はこういうの苦手で…」と謝った。


ルナは呆れたようにため息をつき、「そんなことなら早く言いなさいよ」と言いながらも、ふと顔をほころばせ、くすくすと笑い始めた。


「何がそんなにおかしいんだ?」とレイが尋ねると、ルナは口元を押さえながら答えた。「ごめんね、君がこんなに怖がりだとは思わなかった。森で3人組を襲った時の君とは、まるで別人ね」


ルナのその言葉に、レイは思わず自嘲気味に笑みを浮かべた。「…確かに、あの時は我を忘れていたかもしれない」


二人はしばらく笑い合い、自然と緊張が和らいでいった。まるで暗闇に閉ざされた恐怖が和らぐように、暖かい空気が二人を包み込む。


「さて、これからが本番よ」とルナが言い、再び歩みを進める。扉の向こうには、地下へと続く果てしない階段が現れた。レイとルナは無言で階段を降り続け、その一歩一歩が不気味な響きを生む。


約500段を降りたところで、ようやく階段は終わりを告げた。薄暗い空間が目の前に広がり、湿り気を帯びた冷たい空気が辺りに漂っている。ランタンの弱々しい光が洞窟のような壁に反射し、人の手で掘り進められたかのような狭い通路が奥へと続いているのが見えた。


(ここが…カタコンベか)


レイは身の引き締まる思いで周囲を見渡した。壁には無数の手彫りの刻印や古びた紋様が浮かび上がり、それらはまるでここに眠る何かを封じているかのように見える。暗がりに潜む未知の存在に警戒しつつ、レイは緊張をかみしめながら一歩、また一歩と進んだ


前方にうごめく影が見えた。薄暗い通路の奥で、レイはその正体を見極めようと目を凝らす。先程遭遇したゾンビと同じ種類のようだが、今回は群れを成している。ざっと数えても五体はいるだろうか。


(先程のゾンビはレベル15だった。この数に囲まれるのはさすがに危険だな)


そう判断したレイは、距離を取ったまま攻撃することに決め、ヴォイドウィーヴを構えた。いつもより多くの粒子を手に集め、ゆっくりと練り上げてから、一気に放つ。放たれたエネルギーがゾンビの群れに着弾し、轟音と共に爆発を引き起こした。


粉塵が舞い上がり、視界が一瞬遮られる。その様子は、攻撃の威力がどれほど強力だったかを物語っている。爆風が収まると、そこにはもはやゾンビの上半身すら残されていなかった。見事に消し飛ばしたようだ。


「これは…効率がいいな」と、レイは満足げに呟いた。モンスターを一掃し、経験値もたっぷりと得た。すぐにレベルが上がり、11レベルへ到達したことで気分が高揚する。


だが、隣にいたルナが冷ややかな視線を投げかけ、注意を促す。「そんなにでかい音を立てたら、他のモンスターまで呼び寄せてしまうわよ」


「余裕さ」と自信満々に返すレイ。ゾンビの動きは鈍重で、もはや相手にさえならないとタカをくくっていた。


しかし、現実は甘くなかった。遠くから何かが地響きを立てるような音が聞こえてくる。それは全力で走ってくる足音だった。


レイは困惑しながらも、警戒を解かずその音の正体を待つ。やがて、通路の角を曲がって姿を現したのは、さらに数を増したゾンビの群れ――いや、ゾンビよりもさらに危険な存在だ。


「グール…レベル19!?」信じられない思いでその名を口にする。通常のゾンビと違い、グールは俊敏で、今まさに全速力でこちらに突進してきている。


「言わんこっちゃないわ…なんとかしなさいよ」とルナが冷静に言いながら、レイの背中を軽く押す。


「くっ…!」レイは焦りながらも、次々とヴォイドウィーヴを放って応戦する。数発放つたびにグールが倒れていくが、息つく暇もなく次のグールが波のように押し寄せてくる。


次々と迫りくるグールを六体ほど倒した頃、再びレベルが上がり、今度は12レベルになっていた。上昇したステータスを確認する間もなく、グールたちはその死体を越えてなお突撃を続ける。レイは覚悟を決め、さらに多くの粒子を練り上げ、一度に吹き飛ばす作戦を取ることにした。


迫り来るグールたちに、再度大きくヴォイドウィーヴを溜める。焦る心を抑え、すべてを集めきったその瞬間、目の前のグールの腕が伸び、彼の衣服にかすりそうになる。レイは間一髪で粒子を解き放ち、エネルギーの奔流がグールたちを後方へと押し戻し、曲がり角で壮絶な爆発を引き起こした。


爆風と共に周囲のゾンビの死体も巻き込み、吹き飛ばした。粉塵が収まり、静寂が戻る。どれほどの数を倒したかを確認する余裕もなく、気づけばレベルは一気に14まで上がっていた。


重苦しい静寂が戻る中、もはや足音は聞こえない。レイは大きく息を吐き、その場に座り込んだ。


「お疲れ様」と、ルナが近づき、肩にポンと手を置く。その軽い触れ方に、レイはほっとしたように「ありがとう」と言ったが、次の瞬間、ルナはすかさず言葉を続けた。


「でも、休んでる暇なんてないわよ。まだまだ奥があるんだから」


レイはその言葉に呆然としつつも、「まさか、これが…レベル上げの序章なのか…」と実感し、覚悟を新たにした。

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