エルドリアの街門を抜け、レイとルナは賑やかな通りを歩き始めた。石畳の道沿いには露店が立ち並び、果物や手工芸品、薬草などが色とりどりに飾られている。周囲には商人や冒険者、旅人たちが行き交い、街全体が活気に満ちている様子だった。
「ここがエルドリアか…人が多くてにぎやかだな」とレイは感心したように周囲を見渡した。
「まずは宿を探しましょう。今夜の宿を見つけておけば、落ち着いて情報も集められるわ」とルナが提案し、二人は街の中心にある宿屋通りに向かうことにした。
通りを進んでいると、街の一角にある「星降る宿」という看板が目に入った。木製の重厚なドアがあり、外観も清潔で落ち着いた雰囲気が漂っている。レイとルナは顔を見合わせ、小さくうなずくと宿屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ!」宿屋のカウンターには年配の女性が立っており、にこやかに二人を迎え入れた。彼女の目には温かみがあり、どこか安心できる雰囲気が漂っている。
「部屋を一つ、お願いします」とレイが伝えると、女性は柔らかくうなずきながら、受付帳に二人の名前を記入するよう促した。
「エルドリアにお越しの方は増えていますね。鉱山で採れる新しい鉱石が見つかったそうで、それを目当てに来られる方が増えているんですよ」
「そうなんですね。でも…」ルナは言葉を濁し、宿の女性に尋ねた。「街の様子がどこか落ち着かないように見えますが、何かあったのですか?」
女性は少し困ったような顔をしてから、周囲を見回し、小声で続けた。「実は、街の外れにある古い遺跡で奇妙なことが起こっているという話が広がっているんです。最近になって妙な光が現れたり、そこで姿を消した冒険者がいるという噂も…」
「遺跡…?」レイはその話に興味をそそられ、顔をしかめながら耳を傾けた。
「ええ。遺跡は鉱山の近くにあるんですが、古くから“触れてはいけない場所”として知られていたんです。最近になって妙な現象が多発しているらしく、街の人たちは不安を感じています」
話を聞き終え、レイはルナと顔を見合わせた。宿の女性の表情には、不安と恐怖が滲んでいた。
「…その遺跡の話、他にも知っている人はいますか?」ルナが尋ねると、女性は再び周囲を見渡してから、小さくうなずいた。
「街の鍛冶屋のご主人が詳しいかもしれません。あの方は長年この街に住んでいるので、色々な話をご存知ですよ」
ルナは軽く頭を下げて礼を言い、カウンターの横に置かれた鍵を受け取った。「ありがとうございます。お世話になります」
二人は部屋に向かい、荷物を置くと、一息ついた。
「どうやら、この街には私たちの知らない謎がたくさんありそうね」とルナがベッドに腰掛けながらつぶやいた。
「ああ、気になるな。今夜はこの宿で休んで、時間がある時にでも鍛冶屋に行って話を聞いてみよう」レイも同意し、明日の予定を考えながら窓の外を眺めた。街の明かりが灯り始め、エルドリアの夜が静かに始まろうとしていた。
翌朝、宿に荷物を置いたまま、レイとルナはエルドリアの街中を散策することにした。エルドリアは活気に溢れており、至るところで商人や冒険者が商品や情報を交換し合い、通りには多くの人が行き交っていた。しかし、レイはどこか気まずい表情を浮かべていた。
(掲示板に書き込まれていた、あの“人の皮を被った悪魔”の噂がここにも広まっているとしたら…)
レイはふと周囲の視線が自分に向けられているように感じ、無意識に帽子のつばを深く被り、顔を伏せた。道行くプレイヤーや住人たちが何気なくこちらに視線を向けているのが気になってしまう。ルナもその様子を察し、近づいて耳打ちした。
「ねえ、そんなに警戒しないで。逆に目立っちゃうわよ」
「分かってるけど…もし俺が“噂の悪党”だって気づかれたら、面倒なことになりそうだからさ」
ルナは少し考え込むようにしてから、軽く肩をすくめた。「なら、変装したらどう?服装を変えて、ついでに仮面でもつければ誰も気づかないはずよ」
「仮面か…それなら確かにいいかもな」レイは納得し、二人は服装を変えるための店を探しに行くことにした。
しばらくして、通りの奥にある「幻想の衣装屋」という名の店にたどり着いた。店内には様々な服や小道具が並んでおり、色とりどりの衣装が美しくディスプレイされている。ルナは楽しそうに店内を見渡し、手頃な服や仮面を選び始めた。
「これなんかどう?」ルナが手に取ったのは、落ち着いた色の長めのコートと、シンプルな黒い仮面だった。仮面は顔の上半分を覆うデザインで、つや消しの黒が落ち着いた印象を与える。
「悪くないな。これなら街の中でも目立たずに歩けそうだ」とレイは仮面を手に取り、試しに顔に当ててみた。仮面をつけることで表情が隠れ、自然と周囲の視線を意識せずに済むような気がした。
店主にコートと仮面を買い、店を出ると、レイはその場でさっと仮面を装着した。服装も新しく変えたことで、先ほどまでとはまったく違う印象になった自分に少し驚いたが、ルナも満足げにうなずいた。
「いい感じね。これで堂々と街を歩けるんじゃない?」
「確かに…ありがとう、助かったよ」レイは少し照れたように仮面の内側で微笑んだ。街中の視線を気にせず歩ける安心感とともに、気持ちが少し軽くなった。
こうして二人は再びエルドリアの街を歩き始めた。人々が行き交う大通りや、様々な露店が並ぶ活気ある市場を抜け、街のあちこちを探索していく。活気あふれる街の中で、二人は情報を探りながら次の冒険への期待を胸に、街の隅々まで足を運んだ。
仮面をつけたことでレイもリラックスできるようになり、エルドリアの街を楽しむ余裕が生まれてきた。
宿に戻り、部屋に入るなり、レイは少し迷いつつも掲示板のウィンドウを開こうと手を伸ばした。自分がどのように噂されているのか知るのが怖い気もしたが、現状の情報は知っておくべきだと考えていた。
その瞬間、ルナがすっと手を伸ばし、彼の手をやんわりと押しとどめた。「今は、掲示板を見ない方がいいわよ」彼女の冷静な言葉の裏には、どこかレイを気遣う気持ちがにじんでいるように感じられた。
「どうして?何かまずい情報でもあるのか?」レイは少し驚き、彼女の顔を見つめた。
ルナは一瞬視線を逸らしてから、ゆっくりとうなずいた。「別に隠したいわけじゃないの。ただ…君には、あまり必要のない情報かもしれないから」
その答えに、レイは少し戸惑いながらも、彼女の思いやりを感じ取った。彼女が気を遣ってくれていることは明らかだった。
「…わかったよ、ルナ。君がそこまで言うなら、頼む」レイは少し肩をすくめるようにして、代わりに彼女に掲示板の確認を任せることにした。ルナは彼のために、掲示板の情報を確認してくれるというその申し出に感謝の念を抱きつつも、どこかもどかしさを感じていた。
ルナは静かにうなずき、少し目を細めながら、レイの代わりにウィンドウを開いた。指先でスクロールしながら掲示板を確認する彼女の横顔を、レイは複雑な表情で見守っていた。やがて、彼女はゆっくりと掲示板を閉じると、少し冷静さを取り戻したように話し始めた。
「今のところ、まだ脱出に成功した人はいないわ。外部との連絡も一切取れないまま、進展はゼロ。脱出方法の情報はどこにも見当たらないし、皆が不安に駆られている…」
レイはその報告を聞くと、小さく息を吐き、視線を落とした。まったく先が見えない状況が、彼の心に重くのしかかっている。
「そうか…まだ誰も帰れてないのか」レイはふと窓の外を見つめ、月明かりに照らされるエルドリアの街を眺めながら静かに呟いた。「俺たちの体は今どうなってるんだろう…この世界に囚われてる間、俺の帰りを祖父が待っているはずなんだ」
自分を育ててくれた祖父のことを思い出すと、胸が痛むようだった。もしかしたら、このまま二度と家族に会えないかもしれない。そんな不安が頭をよぎり、冷たい感覚が体中を覆っていくように感じられた。
ルナはしばらく黙ってレイの話を聞き、考え込むようにしていた。そしてふと、彼の肩に手を置き、落ち着いた声で語りかけた。
「わかった、ここから抜け出す方法を一緒に探すわ。きっと最後には、この世界から出られる日が来るはずよ」
ルナの言葉には、どこか優しい響きと信念がこもっていた。それはいつも冷静で距離感を保つ彼女にしては珍しい態度だった。レイの不安がふと和らぎ、わずかながら希望の光が胸に差し込むように感じられた。
「ありがとう、ルナ…君の言葉で、少し気が楽になったかも」
ルナはその言葉に、うっすらと微笑んでみせた。「それまでは私もそばにいるわ」
レイはそんな彼女の言葉に感謝の気持ちを感じつつ、ベッドに横になった。「先に寝るよ。…また明日な」
ルナは軽くうなずき、静かに彼の姿を見守り続けた。レイは彼女に背を向け、目を閉じたが、先ほどまで感じていた眠気が嘘のように消え、心がざわつくまま眠れずにいた。祖父のことや、この見知らぬ世界での日々が頭の中を巡り、まるで心が休まらない。
しばらく目を閉じたまま眠れずにいると、微かに部屋の扉が開く音が聞こえた。レイは薄く目を開け、ルナが部屋をそっと出ていく姿が視界に入った。気配を殺すようにして、静かにドアを閉める彼女の姿を見て、レイはさらに不思議な気持ちになった。
(ルナ、どこへ行くんだ?)
気にはなったが、彼女の後を追うべきか迷いうも、再び目を閉じることにした。