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第2話 「ヴァルハラへの導き」

あっという間に数ヶ月が過ぎ、嶺二は卒業式を迎えた。淡々とした卒業式を終え、いよいよ彼はヴァルハラ・アルケイン・オンラインのテスターとして正式に集められることになった。


会場は都内某所にある施設で、電車で10分ほどの距離だった。到着すると、同じくテスターとして集まった30人ほどの顔ぶれが見えた。他の地域にも接続用の支店が点在しているらしく、ここはその一つに過ぎない。


会場に到着した嶺二は、テスターとして集められた他の参加者たちを見回した。男女ともに幅広い年齢層が揃っているが、皆どこか緊張した面持ちだ。周囲には「ヴァルハラ・アルケイン・オンライン」のロゴが刻まれた大きなモニターや、スタッフたちが忙しなく動き回る姿が見える。今まで仮想空間での冒険は夢物語だったが、いよいよ現実の一歩手前まで来ていると実感し、嶺二の胸は高鳴った。


「皆さん、ようこそ。今日は皆様にヴァルハラ・アルケイン・オンラインの最初の体験をしていただきます」と、進行役の女性が声を張り上げる。簡単な挨拶の後、接続方法や仮想空間内でのマナー、そして万が一のトラブル時の対処法など、詳細な説明が続く。その内容は膨大で、いかに「ヴァルハラ・アルケイン・オンライン」が国家プロジェクトとして厳重に管理されているかが伺えた。


嶺二は長時間の説明に少し疲れを感じながらも、初めての接続テストが近づいていることを思うと期待で胸がいっぱいになった。ようやく説明が終わり、テスター全員に専用のヘッドギアが配られると、参加者たちからざわめきが上がった。


「それでは、ヘッドギアを装着してください。接続までのカウントダウンを開始します。」


嶺二は深呼吸し、ヘッドギアを慎重に装着した。目を閉じると、心臓の鼓動が耳元で響き、期待と緊張が入り混じった気持ちに包まれる。そしてカウントダウンが「ゼロ」を告げると同時に、意識が一気に暗闇に包まれた。


不思議な静寂の中で、ゆっくりと意識が浮かび上がってくる。無限に広がる「無」の空間で、嶺二はまるで自分が漂っているような感覚を味わった。


その瞬間、彼の耳にやわらかくも力強い女性の声が響いた。


「ヴァルハラ・アルケインへ、ようこそ。」


その言葉が嶺二を導くように、視界に仄かな光が差し込み、次第に新しい世界の輪郭が浮かび上がり始める。


最初に映し出されたのは、どこかの建物の中。しかし、まるでモザイクがかけられたようにぼんやりとしており、壁や床、天井すら輪郭がはっきりしない。嶺二は周囲を見渡し、手元や足の動きも確かめながら、この不思議な空間に戸惑いを隠せなかった。視界が晴れる気配はなく、ただ無音と静寂がその場を包んでいる。


そんな中、突然、背後から柔らかな女性の声が響いた。


「チュートリアルを担当させていただきます、エルルと申します。」


声に驚き、嶺二は慌てて振り向く。そこには、現実では見たこともない複雑なデザインの服を身にまとった女性が立っていた。長い黒髪が静かに流れ、金色の瞳が光を反射する。その美しさに一瞬見惚れたが、すぐに我に返り、思わず自己紹介を試みる。


「えっと、俺は…」


しかし、エルルは彼の言葉を無視するかのように、流れるように説明を続ける。


「まず、こちらでの操作方法をご案内いたします。この世界では簡単な動作で物を拾ったり、会話をしたりすることが可能です。また、この仮想世界でのプレイ時間は1日あたり6時間までと制限されておりますので、ご了承の上お楽しみください。」


淡々と話すエルルの姿を見ていると、嶺二は現実のようにリアルな表情と動作に思わず息を飲んだ。まるで生身の人間がそこに立っているようだが、仮想空間の存在であることを思い出し、不思議な感覚が心に渦巻く。


説明を一通り終えると、エルルが言った。「では、これから必要な設定を行っていきます。まず、あなたがこの世界で生きていくための名前を教えてください。」


一瞬考え込んだ後、嶺二は「レイ」と名乗ることにした。現実の自分から一歩離れ、新しい自分になりきるための名前だ。


「承知しました、レイ様」と、エルルは微笑みながら応える。その笑みがまた現実離れしていて、嶺二の胸にざわつきを感じさせた。


次に、目の前にキャラクターの立ち絵が浮かび上がり、容姿の設定ができるようになった。髪の長さ、目の色、顔の輪郭から体型に至るまで、細かな調整が可能だった。嶺二はこの作業に没頭し、数十分かけて自分の理想の姿を完成させた。


設定が終わると、エルルが再び口を開く。「次に、あなたの故郷にしたい街をお選びください。」


表示されたリストから、嶺二は「リストン」という街を選んだ。なんとなく響きが気に入ったからという理由だったが、それでもこの世界での新しい生活の拠点となる場所だと思うと、少しだけ感慨深いものを感じる。


そして、最後の設定が始まった。「現在、レイ様はまだ職業についておりません。街に降り立った後、冒険者ギルドか商人ギルドに向かい、職業を選択してください。」


エルルの説明を聞きながら、嶺二の中で興奮が一層高まっていく。ついに、この仮想世界での冒険が始まるのだ。説明が終わると、視界の中央に「街に転移しますか?」というメッセージが浮かび上がり、【はい】【いいえ】の選択肢が表示された。


「ここから、俺の新しい人生が始まるんだ。」


嶺二――いや、レイは心の奥から湧き上がるワクワク感を抑えきれず、迷わず【はい】を選択した。次の瞬間、目の前が一瞬で光に包まれ、彼の冒険が幕を開けた。

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