空閑嶺二(くが れいじ)にとって、学生生活は何の変哲もない、ただの退屈な日々だった。友達は少なく、運動も苦手。周りが将来の夢に胸を躍らせる中、自分には目標なんて何もなかった。現実から逃げるように、彼の中で膨らんでいくのは、いつか適当に死んで異世界で活躍するという夢ばかりだった。
高校卒業を控えた嶺二は、周囲が皆大学進学を考えているのを見て「自分も行くべきだろうか」と悩んだが、結局は「どうせ何も変わらない」と思い、進学を諦めた。今の時代、人気の職業といえばプログラマーやデザイナーなど、AIを補佐するものばかり。どれも退屈で、自分にはまったく向いていない気がした。
そんなある日、嶺二の目に飛び込んできたのは「ヴァルハラ・アルケイン・オンライン」のベータテスト募集の広告だった。彼は画面を見つめ、無意識に息をのんだ。
ヴァルハラ・アルケイン・オンラインは、日本政府と大手企業が共同開発した最新の仮想空間で、そこにアクセスすることで人々は現実の収入を得ることができると説明されていた。仮想空間内では「戦士」「魔法使い」「冒険家」や様々な役職が用意され、選んだ職業に応じた活動を通じて仮想エネルギーを生成する。そのエネルギーは現実世界で再利用され、経済再建を支える基盤として扱われるのだという。
このシステムの斬新さに、嶺二の心は一気に惹きつけられた。異世界での冒険のように、仮想空間内での活動が直接現実に影響するなんて――「まるで夢のような仕事だ…!」
嶺二の中で久しく感じたことのない興奮が湧き上がった。現実での人生がどんなに退屈でも、この仮想世界なら、彼が求めていた「生きがい」を見つけられる気がした。
嶺二は迷うことなく応募ボタンを押した。「俺にも、こんな場所があってもいいはずだ…」
ベータテストの合格通知が届いた瞬間、嶺二は抑えきれない喜びに震えた。「俺が、あの仮想空間の一員に…!」その知らせをすぐに祖父に伝えた。幼い頃、両親が離婚して嶺二を置いて去ってしまい、彼を引き取ってくれたのが祖父だった。祖母はすでに亡くなり、祖父との二人暮らしが続いている。
いつも「進路は好きにしろ」と言っていた祖父は、嶺二の興奮した様子に少し驚いた様子を見せたが、やがてゆっくりと微笑んだ。
「今日はお祝いだな」と、祖父は嶺二の好きな赤飯を炊いてくれた。家族と呼べるのは祖父だけだが、そのひとときが温かく感じられた。二人は黙々と食べ続け、嶺二の胸に小さな幸せが広がった。
翌朝、嶺二は学校で、数少ない友人たちにこの知らせを誇らしげに話した。「ヴァルハラ・アルケイン・オンラインのベータテストに参加することになったんだ!」友人たちは「おめでとう」と声をかけたものの、そこに嶺二と同じ興奮は見えなかった。どこか距離を置いた視線が、淡々と彼を見つめていた。
「まあ…皆、理解できないよな」と、彼は思い直した。嶺二にとって、仮想空間での冒険はただのゲームではなく、退屈な日常から抜け出し、「生きている」と感じられる唯一の希望だった。多少の寂しさを胸に抱えながらも、彼は自分を奮い立たせた。「俺はここを出て、新しい世界で生きていくんだ」と。
卒業式が近づくにつれ、嶺二の心はますます高揚していった。この卒業は、ただの儀式ではなく「次の世界への扉」だった。