久我先生の勧めも(ゴリ押しとも言う)あり、私と近江さんの結納結婚式の仲人は自主党議員団団長のタヌキの田辺五郎議員が手を挙げた。何事もつつがなく粛々と事は進んだが、金沢神社での三々九度では近江さんが盃を一気飲みしてしまいやり直しとなった。おかげで日本酒に弱い近江さんは顔を真っ赤にし、議会事務局職員や近しい友人知人を招いた二次披露宴では呂律が回らない状態だった。
「近江さん、しっかりして下さいよ!」
「んん?」
そこで突然、マイクを握った近江さんはいきなりあの歌を歌い出した。
♪こっとり〜こっとり〜こここここここっとり〜♪
ひな壇に着座した近江さんの背中を叩くと彼は至極真面目な表情で答えた。
「もう!何しているんですか!」
「ん?結婚式バージョン」
「小鳥の歌にはいくつバージョンがあるんですか!?」
「ん?小鳥といるかぎりどんだけでも」
「バッ、ばばば、馬鹿じゃないんですか!?」
近江隆之介はテーブルにアレンジメントされていた装飾花からカスミソウを2本抜くと、頭のてっぺんに突き刺してビョンビョンさせて笑った。その瞬間、会場は水を打ったように静かになり、会場を見渡した私と目が合うと皆、気を取り直して会話を楽しみ、ビールのお酌をするなど、カクカクとぎこちなく動き始めた。
「近江さん、バレましたよ」
「何がだよ」
「ピョーンピョン」
「ピョーンピョン?」
その翌々日、月曜日には
最後に自主党の議員控室に挨拶に訪れた近江隆之介は藤野建議員にマカダミアナッツチョコレートと訳の分からない儀式のお面を渡していた。
「なんだい、これ」
「えぇ、藤野議員が
「まじないぃ?呪いの間違いじゃないの?」
そうなのだ。
結婚式のあと、和装から披露宴用のウェディングドレスに着替えた私に藤野議員が駆け寄り抱き締めた。近江隆之介は凍り付いた。
「小鳥ちゃん、本当は僕も君の事が好きだったんだよ!」
「え、あ。その。」
「それがこんな、僕のチラシに鼻水や涙を流させる男と結婚するなんて、信じられないよ!」
「信じられないのはテメェだよ!」
「おやめ!隆之介!」
大輪の薔薇の花に一喝された近江隆之介は藤野議員のスーツの襟から手を離したが、二人は何とも形容し難い表情で睨み合っていた。
(こ、これって私、人生のモテ期!?)
いや、モテ期も何も、今まさに結婚式を済ませてきたのだからと自分を落ち着かせた。
(議員秘書夫人より、議員夫人の方が良かった?いやいやいや)
そして議員といえば、例の爆弾投下で一時期は形を潜めていた国主党の一部議員だが、近江さんの予想した通りに楠木大吾は市議会議員としてふんぞり返っている。
結婚式を終えた私にタヌキの田辺議員が渋い顔をした。
「小鳥くん、君が居なくなるのは寂しい。けれど対立政党の議員秘書さんとうちの事務員である君が繋がっている事は、支持して下さる有権者の中には腑に落ちない、納得出来ない方もいらっしゃる」
「はい」
「わかるね?」
「はい」
「小鳥くんとは今年度3月末でお別れだ」
「はい」
私の履歴書は金沢市議会事務局の分厚いバインダーから消えた。
やがて私は選挙カーの中でマイクを握り、街頭では国主党のチラシを道ゆく人に頭を下げながら手渡し、市政報告会ではお茶や資料を政党支持者に配った。そして小さな居抜きの選挙事務所でパイプ椅子を並べ、テレビのチャンネルを石川テレビの選挙投票結果速報番組に合わせた。
20:00丁度、選挙カーから降りた近江隆之介が濃緑に白い縁取りの襷を掛けて事務所に飛び込んで来た。放送局のマイクやレコーダーが翳される。カメラのフラッシュが焚かれ、赤い大きな達磨に少し歪な黒い目が書き込まれた。
「万歳、万歳、ばんざーーい!」
私は涙を流す。
テレビ画面の選挙投票結果速報の棒グラフには、久我今日子議員の5段下に近江隆之介の名前があった。
「隆之介さん」
「何だよ」
「いい加減、その喋り方、やめません?」
「良いじゃん、外では大人しいもんだろ」
「ええ、相変わらず別人です」
「だろ?」
近江隆之介は金沢市議会議員となり、同じ年齢の藤野建と相変わらず犬猿の仲で議会以外でも噛み付き合っているのだと言う。
「お前、議会傍聴に来るなよ」
「何でですか」
「藤野が喜ぶからな」
「ば、馬鹿みたい!」
近江隆之介は隣で微笑み軽く口付ける。
そして私の左隣にはもう一人の隣の彼、両脇の彼に愛される、そんな毎日。
了
2024/01/25