小鳥はランチA定食を前に、いつもの奥まった角の席に座った。相変わらず昼休憩の地下職員食堂は混雑している。両の手のひらをスッと合わせた。今日の献立は鯖の味噌煮。ほろほろとした砂糖の甘みが優しい鯖の身をほぐして白米を口に頬張った。
「相席、良いですか?」
「あ、はい。どうぞ」
「失礼」
赤い椅子の背もたれに手が添えられ、1人の男性が目の前に腰掛けた。
(懐かしい)
思い出すのは近江隆之介と急接近したこの席。小鳥はしみじみとあの日を思い出しながら箸を口に運んだ。まさかこんな気持ちで退勤時間までの一分一秒を指折り数える日が来るなんて思いも寄らなかった。
(近江さん、夕飯、何食べたいかなぁ)
小鳥は冷蔵庫の中のあれこれを思い浮かべた。
(コンビニ弁当、チャーハンだったような、チャーハン)
冷蔵庫の野菜室には玉ねぎ、ビーマン、人参。冷凍庫にはムキエビ。走って帰れば米も炊ける、その間にシャワーを浴びて、シャワー。
「シャワー」
「はい?」
「あ、いえ、何でもないです」
シャワー、思わず口から漏れたその単語に頬が赤らむ。耳たぶに触れると熱い。とうとう
『好きだ、一目惚れなんだよ』
記憶の引き出しを一段、二段と開けると、あの夜、301号室のベッドの上で近江隆之介が小鳥の耳元で囁いた言葉が蘇る。胸の奥底がジンジンと熱く、ドキドキと跳ねた。
(初めから両思いだったんだよなぁ)
思わずふっと口元が綻んでしまった。
「何か?」
「あ、いえ、何でもないです」
赤面したかと思えば独り言を呟きニヤニヤ笑う。これでは相席されたこの方はさぞ気味悪いだろうと気の毒になった小鳥は味噌汁をズズズと啜ってトレーを持ち、立ち上がった。
「お先に失礼します」
「あ、はい」
今夜はあの夜のようにウイスキーで乾杯しよう。
それならばチャーハンより軽くつまめる献立が良いだろうかと、小鳥は足取りも軽やかに本館エレベーターのボタンを押した。
チーン
エレベーターは3階で扉が開いた。
外廊下をカッポカッポとローファーが歩み、手にはエコバッグ、中身はチーズに餃子の皮、生ハムにカットされたメロンと少し奮発してしまった。
カナカナカナカナ
秋を告げる寂しげなひぐらし、草むらからはコオロギの鳴き声が聞こえる。
振り返る21世紀美術館の屋根の向こうに陽が沈む。
(近江さん、外回りだけど帰りは何時頃になるのかな)
金曜日ともなると議員を囲んでの会合も多い。その場所から久我議員の自宅まで送迎、一旦市役所に戻って帰宅となると逆算で20:00前後か。
(時間は、余裕、余裕)
のんびりと荷物を下ろして冷蔵庫に仕舞い、チャーハンの具材を確認。ブラウスの袖を捲り米を研いでスイッチを入れた。あとは炊き上がるまでにシャワーを浴びておつまみを作る、万全のタイムスケジュールだ。さて、とスカートを脱いでパイプハンガーに吊るしていると視界の端に何かが動き『虫!?』と振り向くと抱擁妖怪が立っていた。
「え、ちょ、なに!?」
「何って、ただいま、だろ。お帰りなさい、は無いのかよ」
「お、お帰り・・・なさい」
「変な顔してんなぁ」
「だって、はや、早すぎないですか!」
「早く帰るって言ったじゃん」
抱擁妖怪は本領発揮で小鳥を抱きすくめると顔を近付けた。
「ご、500円!」
「まだ有料なのかよ!」
「シャワーして、してからで良いですか」
「何を」
「え」
それはどうやら小鳥の早合点で、近江隆之介は『ただいま。』の挨拶をしたかったのだと言った。
「何、期待してんだよ」
「し、してません!」
そうして『お帰りなさい。』の抱擁が始まったが、それはそれは濃厚なキスでそのままベッドに傾れ込むのではないかと小鳥は内心ハラハラした。
「おまえ先にシャワーしろ」
「え、良いんですか」
「俺、ちょっとする事あっから」
そう言うとネクタイを緩めた近江隆之介は黒いビジネスリュックからiPadを取り出し、パイン材の丸テーブルの上に書類を広げ始めた。帰宅を早める為に事務作業の仕事を持ち帰って来たらしい。それにしても狭い。床面積が狭く書類の山は小鳥のベッドの上に積まれている。
(ううむ。これは何とかしなければ)
ふとその時、近江隆之介が『9月定例議会が閉会したら引っ越す。』と言っていた事を思い出した。この部屋で二人で暮らすには狭いが、今となってはそれも何となく寂しい気がする。
(うーん)
微妙な面持ちの小鳥はバスルームのドアを閉めた。
炊飯器の中で米粒がぐつぐつ、炊けましたとその匂いが部屋に充満した。蓋を開けて硬さを確認、アチアチとつまんで口に頬張る、少し硬めでチャーハンには丁度いい。隣から手が伸びそれを摘む。
「なんか、硬くね?」
「チャーハンにするからこのくらいで良いかな、と思って」
「おぉ、チャーハン。チャーハンは味、濃いめでお願いします」
「かしこまりました」
卵を溶きながら電子レンジにシーフードミックスを入れ解凍スイッチを押す。ヴイーンとなるオレンジ色の庫内を覗き、餃子の皮を取り出しスティック状に切ったチーズを乗せ、端を水で濡らしてくるくると巻き出した。
「お、面白そうじゃん」
「してみます?」
「するする」
ぎゅうぎゅうに狭いキッチンで肩を寄せ合いながら手元を動かす。近江隆之介は器用にクルクルと餃子のチーズ巻きを作り山盛りにしている。
「そんなに食べるんですか」
「そりゃ食うだろ」
「にしても、手早いですね」
「当たり前だろ、あの久我今日子の第一秘書だぜ。」
「はぁ」
「チンタラしてたら怒鳴られるわ、うるせぇ、うるせぇ」
「お疲れ様です」
楽しい。触れる肩の熱に胸が高鳴る。けれど、もうしばらくすればこうして夕飯を一緒に作る機会も無くなるのかと思うと、小鳥は何だかしんみりしてしまった。思わずチャーハンを炒める手が止まる。
「おい」
「はい?」
「はいじゃねぇよ、焦げるぞ」
「あ、すみません」
小鳥の顔を覗き込んだ近江隆之介の眉がぴくりと上下した。
「おまえ、また何かいらねぇ事、考えてんだろ」
「え」
「何も隠し事なんかねぇから、そんな顔すんな」
「な、変な顔してますか?」
「してるしてる、またとんでもねぇ事言い出しそうな顔」
「そんな、事は」
「おい、これ、グリルで焼けば良いのか?」
「はい」
一人暮らしが長いのか、近江隆之介は餃子のチーズ巻きをさっさと魚焼きグリルに並べ、中腰になって火加減を調整しながら呟いた。
「小鳥」
「はい」
「俺、小鳥だけだから」
「はい?」
「小鳥しか目にはいらねぇ」
「は、はぁ」
「小鳥だけ居れば良い」
「はぁ」
突然の真剣な声色に、小鳥の手が再び止まった。
「おい、おま、どんだけ醤油入れてんだよ!」
「あ、え、あ!」
結果、チャーハンは追い米飯で4人分ほどの量になった。餃子のチーズ巻きも良い感じに焦げ目がつき、白い平皿にはカットメロンと生ハムを盛り付けた。熱々の金曜日、宴の始まりである。
ハフハフとチャーハンを頬張る、口角に米粒が付いている。至近距離、猫の額のリビングは手を伸ばせばすぐに届く、小鳥は近江隆之介の口元に付いた米粒を摘んだ。
パクリ
「こんな事もありましたね」
「あぁ、食堂でな」
「不思議ですね」
「そう?俺、なんかこうなるような気はしてたんだけど」
「そうですか」
「おう」
「でも、そんな余裕なさそうでしたよ。マカロンとか、顔隠して帰宅とか」
ブホッ
思わず吹き出す、黒歴史。
「そ、それ言ったら駄目でしょ」
「可笑しかったです」
「ふーん」
「誤魔化してますね」
「ねーし」
「そういや、こんな事もあったじゃん」
「え」
「素麺の時」
「何でしたっけ」
近江隆之介の素足が丸いテーブルの下を這うように動き、親指の先が小鳥のルームウェアのパンツの裾を捲り上げ、その中へと滑り込んだ。
「え、ちょっ」
「何だよ」
「こんな事、していません!」
「似たようなもんだろ」
「ちょ、あ」
親指が微妙な動きを繰り返し、パンティの中央付近で上下した。小鳥の頬が赤らみ、手に持っていた餃子のチーズ巻きがコロリとテーブルの上に落ち、皿にコツンとぶつかった。近江隆之介の膝が上下し、テーブルがガタガタと小刻みに動く。
「あ、ちょ」
「ちょっとも何もねぇよ」
「あ」
「・・・・」
「ん」
「はい、おしまい」
「え」
「飯、食おうぜ。冷めるぞ」
「さ、冷めるって」
耳まで真っ赤になった小鳥が乱れた着衣を整えながら上目遣いで近江隆之介の顔を見ると、その薄い唇がニヤリと吊り上がっていた。わざとだ。小鳥の反応を見て楽しんでいる。
「お、近江さん」
「何よ」
「た、楽しいですか」
「楽しいよ」
「楽しいって」
それだけ言うと近江隆之介は素知らぬ顔でフライパンから追加のチャーハンを盛りつけた。
「ちゃ、チャーハンそんなに美味しいですか?」
「美味いよ、あとでもっと美味いもん食うけどな」
「今日はデザートありませんよ」
「バァカ、おまえだよ」
「ば、馬鹿って!」
「ばーか、馬鹿馬鹿」
小鳥は餃子のチーズ巻きをむんずと掴んで撒き散らしたが、近江隆之介はそのうちの2本を拾って頭の上に突き立てた。
「ガッ、ガッ、シャキーン」
「も、もう!何やってるんですか!」
「へっへっへっ」
「もう!」
ふざける近江隆之介に腹を立てた小鳥がチャーハンの皿に手を掛けた瞬間、動きを止められ、そのまま身体を引き寄せられた。テーブル越しに軽いキスを2回。
「怒らないの」
「だって!」
目尻がとろける程に緩んでいる。これが庁舎内で冷酷だと噂されている近江隆之介。この表情が自分だけに向けられていると思うと足の裏がむずむずする。小鳥はメロンと生ハムを口に放り込み、モグモグと照れ臭さを飲み込んだ。
小鳥が食べ終えた皿をテーブルの上で重ねていると、ヨイショ、近江隆之介が立ち上がりそれをキッチンへと運んだ。ポイと片手でダスターを小鳥に投げると、そこを拭いておけとばかりにニカっと笑う。意味もなく笑顔が眩しい。
「あ、あの」
「良いって、俺が洗うし」
「すみません」
「任せなさい、一緒に暮らしてんだから遠慮はなしなし」
(近江さんの中では
「は、はい」
テーブルを拭き終えた小鳥は、シンクに向かい♪ふんふん♪と鼻歌を歌いながら皿の泡を流している近江隆之介の背中に抱きついた。
「お、終わっ、まだ終わってねぇし」
「こんな事もありましたね」
「500円、徴収するぞ」
「5000円払います」
「領収書でねぇぞ」
「要りません」
鼻先を大きくて引き締まった背中に埋める。これまで『男みたいだ。』と同年代の男性陣から嫌厭されていた小鳥だが、近江隆之介の前では華奢な『女』になれた。初めは戸惑ったが、今は嬉しい。
「ばっか、濡れるから離れろよ」
「嫌です」
「ガキかよ」
「はい」
無言、流れ落ちる水道水の飛沫、音だけがキッチンに響いた。
チリンチリン
階下のベランダから、やや季節外れな風鈴の音が聞こえる。
「小鳥」
「何ですか」
背中を通して心臓の音が聞こえる。
ドッドッ ドッドッ
「おまえ、座っとけ」
「はい?」
「ベッド、座っとけ」
「え、えぇ」
「えぇじゃねぇよ」
小鳥はおずおずとその背中から腕を離し、パイン材のベッドフレームを軋ませて腰を下ろした。近江隆之介の眉間に皺が寄る。
「なんでだよ」
「は?」
「何で
くいくいと顎がアイアンフレームのベッドを指した。
「俺のベッドの上書きするんじゃねぇの?」
「あ、はい」
「ならそっち座れよ」
小鳥は顔を赤らめながら丸いテーブルを跨いで向かいの厳ついベッドにゆっくりと座った。静かに腰掛けたつもりが思いの外大きく、フレームの音がギシッツと耳に着いた。それだけで心臓が飛び出しそうになる。
(初めてじゃ、ないのに。き、緊張する。耐えられない)
「なんちゅー顔してんだよ」
「え、変、変ですか」
「そんな顔出来ないくらい上書きしてやっから」
「ば、な、な・・に」
「バナナ?」
「くっ、くだらない、ですよ!」
「俺のバナナは・・・、ブホッ!」
小鳥は手元にあったクッションを思い切り近江隆之介の背中に向けて投げ、それは見事な弧を描いて後頭部を直撃した。
皿やフライパン、洗い物の量はそこそこ多かったが、近江隆之介は手慣れた風に水切りカゴへと並べて行く。その背中を眺める小鳥の足元はムズムズして落ち着かない。尿意を感じてトイレに向かったが、なんとなく気になりシャワーで淫部を洗った。水音に気が付いたのかドアの外から声を掛けられた。
「おい」
「な、なんですか」
「えらい気合い入ってんじゃん」
「違います!」
「へっへっへっ」
「その気持ちの悪い作り笑いやめて下さい」
「へっへっへっ」
「ん、もう!」
気配が遠ざかりそっとドアを開けると、蝶番の隙間からニヤついた視線が小鳥を捉えた。思わず動きが止まる。
「騙されてやんの」
「ず、ずる!」
近江隆之介は上半身は素裸、下半身もグレーのボクサーパンツ一枚。厚い胸板、緩やかなラインの脇、太ももと脹ら脛には筋肉の隆起が生々しい。
「近江さんだって気合い入ってるじゃないですか!」
「当たり前よ」
「ちょ」
腕を引かれたリビングは良い感じにシーリングライトの光量が調節され、生成りのカーテンは閉じられていた。小鳥モチーフのモビールがクーラーの風にゆらゆらと揺れている。
「え、と。電気、消さないんですか」
「なんで」
「なんでって」
「見えねぇじゃん」
「み、見なくて良いです!」
「勿体ねぇだろ、そんな綺麗な身体」
「だ、から、からだ」
「ほれ、脱げ脱げ」
近江隆之介は小鳥の腕を万歳させるとバッとトップスを脱がせた。ポロリと溢れ落ちる乳房。淡いベージュの程よい大きさの乳輪。それにしても雰囲気も何もあったものでは無く、小鳥は口をあんぐりとさせた。
「何、変な顔してんだよ」
「い、いきなり」
薄い唇、悪戯めいた口元から窄められた舌先が伸び、乳首をペロリと舐め上げた。
「ひ、ひゃっつ」
「もう勃ってるじゃねぇか」
「ちょ」
「ほれ、脱げぬげ」
近江隆之介は小鳥のショートパンツのウェストゴムに手を掛けると、何の躊躇いもなく、これまたズルっと下ろした。その素早さは小鳥から逃げ回っていた頃の、天然記念物のそれだった。
「もう!」
「牛かよ」
「雰囲気とか無いんですか!?」
「ねぇよ。待ちに待った、待った。もう待てねぇ」
近江隆之介は小鳥の両脇を抱え、猫の額のフローリングを一歩、二歩、そのままアイアンフレームのベッドへと倒れ込んだ。
「い、痛っ!」
「あ、悪ぃ」
膝をフレームにぶつけた小鳥はガサツな近江隆之介を睨みつけた。
小鳥の右膝には痛々しい赤い痣が出来た。申し訳ないと謝罪した近江隆之介はゆっくりとした動きで膝裏を持ち上げ、痣を眺めるとペロリと舐めた。
「ちょ、近江さん!」
「大丈夫そうだな」
「痛いですよ!」
「そうか、すまん」
「あ!」
そう言いながら近江隆之介は膝裏を上へと持ち上げた。
「ちょ、近江さん!」
舌先が膝裏から太ももを伝い、内股へと滑り降りてゆく。慌てた小鳥は両手でそれを静止しようと近江隆之介の肩に手を掛けたが、左手で両手首を掴まれ身動きが取れなくなってしまった。焦らすように脚の付け根に辿り着いた舌先はまた太ももを舐め膝へと向かう。
「お、近江さん!」
「黙っとけ、どうせするんだから今更恥ずかしがるんじゃねぇよ」
「で、でも、ん」
薄い唇がぽってりとした唇を覆う。メロンの青い味がする。
「ん、ん」
舌が小鳥の口腔を貪るように動き、次第に小鳥の舌もそれに応え絡みあい始めた。
「あ」
「小鳥、あの日の続き、始めるぞ」
「あ、は、はい」
「今度は寝るなよ」
「え、私寝ちゃったんですか!?」
「寝たよ」
「えええええ、最悪」
「最悪だろ」
思わず赤らむ顔を両手で覆ったが、畳み掛けるようにあの金曜日の夜を詳らかに口にする。意地が悪い。
「おまえ、積極的でまじビビったわ」
「せ、せっ積極、て、き」
「言っとくけど、おまえが誘ったんだぜ」
「え、もういいです。それはもう、言わないで下さい」
「その口が吸い付いて来たんだぞ」
「も、もう!」
小鳥を見下ろす目は熱を帯び、唇は鎖骨の窪みを舐めまわし、胸の膨らみへと向かう。この感覚、グリーンウッドの匂い、甘い声、確かに覚えがある。
あの春の歓送迎会の夜、このベッドで絶頂を迎えた。その快感が尾骶骨から後頭部へと痺れが走った。
「お、思い出した、かもしれません」
「だろ」
「は、はい」
「おまえエロすぎ」
「え」
「ほれ、足の指」
「あ、あれ?」
「あれじゃねぇよ」
絡み合った脚、その近江隆之介の足指の隙間に小鳥の指が割り込んでウネウネと生き物のように蠢いている。
「くすぐってぇ」
DNAの螺旋のように絡み合う小鳥と近江隆之介、ギシギシと歪むアイアンフレーム、波打つマットレス。
「小鳥」
「は、はい」
「好きだ」
「はい」
「もう2度と言わねぇ」
小鳥がふっと笑った。
「それ、前、聞きました」
「え」
「3回くらいは聞きました」
「お、おま」
「
細い腕が広い背中をぎゅっと引き寄せ、両脚がその腰に回された。
「近江さん」
「おう」
「良いです」
「え」
「もう、良いです」
その言葉に弾かれた近江隆之介の左手はマットレスとヘッドボードの隙間に伸び、器用な手付きであっという間にそれの封を開けた。
「早いですね」
「小鳥のためにトレーニングした」
「ふふ、馬鹿」
「馬鹿だよ」
「おまえ、すんの5年ぶりなんだろ」
「は、はい」
「痛かったら、言え」
「い、痛いかも、です」
「き、キッツ」
近江隆之介は一瞬迷ったが、もうその動きを止める事は出来なかった。
両脚が跳ね、太ももの付け根が強張り、背中に回された細い腕が震えている。
「悪ぃ、加減無理かも」
「い、た」
「我慢出来そうか、やめとくか?」
目をぎゅっと瞑った小鳥が無言でコクコクと頷き、消え入る様に大丈夫、そう答えた。けれど無理をしている事が手に取る様に分かる。
「今度は途中でやめねぇからな」
「は、はい」
ふぅ、深呼吸したその瞬間を逃さず、近江隆之介は小鳥の中へと入った。目眩がする。
「ん」
「あ」
「ちょ、我慢しろよ」
動きが早くなり、小鳥の脚が力無く上下し始める。ベッドに近接した丸いパイン材のテーブルがガタガタと揺れ、その音は次第に大きく早く小鳥を揺さぶった。
「ん」
「は」
近江隆之介の眉間に皺が寄り、口が半開きになる。額に汗が滲む。
「ん!」
「ん、んん!」
二人はようやく深く繋がった。
ギシッ
「ふぅ」
マットレスに腰掛け、一息付く。部屋の中は熱い吐息で満ち、隣を見下ろすと腹這いに横たわった小鳥が微かに微笑んでいた。
「お疲れ」
「お疲れとか、変、なの」
屈んでそっと口付け、汗ばんだ背中に腕を添え、引き寄せるとぎゅっと力強く抱きしめた。
「痛かったか?」
「少し」
「ごめんな」
「ありがとうございます」
「何だそりゃ」
小鳥の目線が足元に落ちる。
「でも」
「何」
「202号室の人、うるさかったかもしれませんね」
「あちゃあ」
初めての夜から5ヶ月、待ちに待った熱い2度目の金曜日。あ、もう土曜日ですね。お疲れ様でした。