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第34話 微妙な朝 近江隆之介

 朝、目を覚ましたら隣のベッドに小鳥の姿は無かった。シンと静まり返った部屋。これまで暮らしてきた301号室と何ら変わりのない間取りなのに、広く、物足りなく感じる。



「チェっ」



 ボサボサの頭を掻きながら洗面所に向かう。小鳥の歯ブラシからは水滴が垂れ、まだほんの少し前までここに居た事を示している。青い歯ブラシに歯磨き粉をニュルりと絞り出し、口の中に放り込む。ガシガシと歯を磨きながらリビングに戻り、小鳥のベッドに触れてみるとまだ温かかった。



(うおっと)



 口の端から涎が垂れそうになり慌てて洗面所へと走った。

もしここに小鳥が居たら


『濡れちゃいます!変な事しないで下さい!』


 などと小言を言われただろう。その賑やかさが無い。ガランとした空虚を背に顔を洗いブルブルと振る。顎に手を伸ばした。


(ひでぇ顔、してるわ)



 目の下が少しばかり黒ずんで見える。これは、姉ちゃんに不摂生だとか自己管理が出来ていないとか、嫌味の一つも言われるに違いない。



「マジ、俺はアホか」



 自分の阿呆さ加減に気分は急降下だ。10歳も年下の恋人の発言に気分を害したからと、何をあからさまに不貞腐れて寝てしまったのか。



「余裕、無さすぎだろ」



 壁に掛かった時計を見上げるとまだ6:30。コーヒーでも飲むかとヤカンで湯を沸かした。シュンシュンと上る湯気。振り向けば食器棚の上から二段目、同じ柄でグリーンとオレンジのマグカップが隣り合わせに並んでいた。白く丸いフォルム、黒いくちばしと羽根。



「俺がシマエナガとか、まじありえねぇし」



 思わずの苦笑いに口の端が歪んだ。青椒肉絲の具材を買ったに近江隆之介の黒い箸とこのマグカップを選んだのだろう。色々と考え、店頭で悩んでいる小鳥の姿が目に浮かんだ。


(それにしてもこんな朝早くに何処に行ったんだよ)



(市役所、まさかな)



 近江隆之介はガスコンロの火を止めるとグレーのルームウェアを脱ぎ、ドラム型洗濯機の中に放り込んだ。



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