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第31話 初めての夜!?

 その夜はピザ。8種類のトッピングが賑やかしいLサイズ、デリバリーで届くまで20分と思いの外、早かった。それまでに交互にシャワーを済ませ、早速、お揃いのルームウェアに着替えてリビングと言う猫の額のフローリングに座った。



「やっぱり狭いですって」

「エアコン付けてても、なんか暑苦しいな」

「酸素不足ですよ」


「いや、冬になれば暖房費節約」

「いつまで居るつもりなんですか!」

「まぁまぁ、乾杯しようぜ」


「何に乾杯ですか」

「初めての夜に、カンパ〜い」



 近江隆之介は一人でさっさと缶ビールのプルタブを開け乾杯の音頭を取り、マルゲリータピザを口に放り込んだ。



「初めての夜って昨夜もここで寝たじゃないですか」

「ンゴんご」

「ゴックンしてからで良いです」

「ゴックン」

「それは言わなくて良いです」



 小鳥も缶ビールのプルタブに指を掛けた。



「セックスしてねーじゃん」



チリーーーーーーーン



 思わず動きが止まり、時間が凍りついた。小鳥は気を取り直してプルタブを開け、グイグイとビールを流し込むと近江隆之介の真剣な表情を睨み返した。



「初めての夜って、そういう意味ですか」

「それ以外に何があるんだよ」

「何がって」

「ピザ、食わねぇの?」

「たっ、食べます!」



 小鳥はホワイトソースがたらりと垂れたシーフードのピザを手に取った。伸びる伸びる、ホワイトソースの下からチーズがだらりと伸びて、小指にくるくると絡まった。



「ボーイスカウトの合宿でも無いだろ」

「そ、それは」

「男女が一つ屋根の下、が起きない訳が無い」

「そ、そうですが」

「でしょ?」



 向かい合って頷いた2人は缶ビールをごくごくと飲み干した。


 小鳥が洗面所で歯を磨いていると、鏡の中で抱擁妖怪が背後に立った。こんな場所にも出没するのか。



「ンググうん」

「何だよ」



 近江隆之介は小鳥の背後から手を回すと、青い歯ブラシに歯磨き粉をニュルリと絞り出し、頭の上で歯を磨き出した。鏡に映る、トーテムポール状態。無言で奥歯、前歯とゴシゴシ磨く。何なんだこれは。小鳥が口を濯いでうがいをすると、その飛沫が近江隆之介の顔にぺっペッと飛んだ。不満げな顔をしたがそんな事はお構いなしにその場を後にした。



「おま、顔に飛んだじゃねぇか」

「近江さんが後ろに立つから悪いんです!」

「きったねぇなぁ」

「うるさい!」



 小鳥は自分のベッドに腰掛け、近江隆之介は自分のベッドの上で胡座をかいた。壁時計の短針がかちゃ、と音を立てた。



「なぁ」

「何ですか」

「そっち、行っても良い?」

「え、そ、それは」



 近江隆之介は小鳥の返事を待たずに立ち上がると、リビングテーブルを跨いで小鳥のベッドに並んで座った。


ぎしっ

 小鳥のパイン材のベットフレームが軋む。聞こえるのは階下の風鈴の音とエアコンの室外機の羽根がカタカタと回る音。息が止まる。いや、実際、止まっている。



「ぷ、ぷはー!」

「何やってんだよ」

「え、いえ。緊張で息を止めていました」

「別の意味で止めてやるよ」



 近江隆之介の顔が近付いて来る。視線が絡み合う。



「え、ちょ。目、閉じないんですか」

「おまえこそ閉じろよ」

「や、ちょ。いきなり」

「閉じろって」



 両頬を手のひらが包んだかと思うと、近江隆之介の薄い唇が触れ、離れた。



「え」

「何が」

「こ、これだけですか?」



 ニヤニヤと笑う。また何か言い出すに決まっている。



「これだけのわけ、ねぇじゃん」

「ちょ・・・っ!」



 首の後ろと右手首に近江隆之介の手のひらの温かさを感じた。ふと逆光の中、少し冷ややかな目が小鳥を見下ろしている。


 小鳥は羽毛の掛け布団の窪みの中に埋められ、閉じた瞼が近付いて来た。



「ん」



 思わず漏れた声が自分のものでは無く、天から降って来るような不思議な感覚だった。何度も軽く触れる、上唇、下唇と何度も、何度も味わうように繰り返す。



(あ、歯磨き粉の味)



 馴染みのあるミントの香りを口腔に感じ、それが近江隆之介の舌である事に気が付くまでそれ程時間は掛からなかった。舌先から奥まで、舌の上をなぞられる度に後頭部にジワリと痺れるような感覚が滲み、いつの間にか小鳥は近江隆之介の舌の動きに応え、互いに絡めあっていた。



「ん、ん」



 近江隆之介の眉間に皺が寄り、動きが激しくなる。身体の上にずっしりと重みを感じ、息苦しさに跳ね除けたくなるが動けない。いや、動きたくない。その重みを感じていたい。小鳥の両腕は彼の首に回され、自らへと引き寄せていた。


熱い


 どちらかともなく呻き声に近い吐息が漏れ、重なり合った唇が深く互いを飲み込もうとする。どれくらいの間、口付けていたのだろう。近江隆之介が小鳥の唇から離れると涎が糸を引いて、垂れた。



「く、口、赤っ!」

「な、何ですか、近江さんだって、口の周り真っ赤ですよ!」

「小鳥ちゃん、やっぱ情熱的だわぁ」

「や、近江さんだって!」



 瞼が閉じ、再び小鳥の唇に軽く触れるか触れないかの口付け。



「も一回、してもいい?」

「い、良いですよ」

「それ以上はしねーから」

(し、しないのか。)



 小鳥は少し残念なようなそうでもないような微妙な顔付きになった。



「何、残念そうじゃん」

「そんな事は!」

「あれ、買ってねぇから」

「あ、れ」

「そそ、コンドーム」



 小鳥の顔、それそこ耳まで真っ赤になった。近江隆之介はその耳を軽く喰み、舌を首筋に這わせた。


「あ・・・・ん」


 思わず声が漏れ、それを見て近江隆之介がニヤニヤと笑う。



「そうそう、それそれ」

「それ、とは」

「その声だよ、たまんねぇ」

「・・・・・!」



 そして再び唇が重なる、何度か互いの唇を啄んでいると小鳥の身体が天地、ひっくり返った。近江隆之介が力任せに小鳥を自らの腹の上に乗せ、形勢逆転となった。



「な、何」

「小鳥からキスして」

「や、ちょ、何」

「して」



 切れ長の冷ややかな目が真剣な声で囁く。小鳥の背中をぞくりとした感覚が尾骶骨から上に駆け上った。



「して」



 目を瞑り、恐る恐る唇を近付ける。



(あ、間違った)

「ちげーよ、そこ鼻だろ。焦らしプレイかよ」

「や、ま、目測間違いです!」

「頼むよ、もう」

(何が、頼むよ、もう!?)



 鼻先から少しばかり顎をずらしてようやく唇に辿り着く。


ちゅ。

ちゅ。


 恥ずかしさでそれ以上は難しかった。戸惑っていると、近江隆之介は小鳥の首筋に手を回し思い切り引き寄せた。いきなり口腔に差し込まれる舌。それは舌先だけでなく、口腔内の肉壁、歯肉まで丹念に舐め小鳥が応じるのを待っているようだ。


ちろ。

ちろ。


 舌先を動かすと、近江隆之介はそれに吸い付き、舌裏まで味わう。貪欲だ。



「ん、んん!」

「何」

「近江さん、やりすぎ!」

「挿れてぇのを我慢してるんだから、これぐらい良いだろ」

「い、入れ」



 小鳥の太ももに感じる近江隆之介のそれは既に硬くなっている。そっと悪戯心で脚を動かすと近江隆之介の顎が仰け反った。面白い。



「お、おま。今のわざとだろ!」

「え、何の事ですか」

「このやろ、泣かせてやる!」



 近江隆之介は困ったような、嬉しいような笑顔で小鳥を抱きしめベッドの上で転がった。



「こっとり〜こっとり〜」

「またそれですか」

「だって最高じゃん」



 それは甘いあまい同居生活の始まり。

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